冷たい媚薬・第九回
【3】

 バカみたい。簡単に他人を入れるなんて。
 この人はホントにあの人が好きだったのかしら?
 ホントにバカみたい。プライベートなエッチ写真を壁に貼ってるなんて……。
 あの人もバカだわ。こんな写真撮らせるなんて……。
 そうね。この時はきっと互いの思いが永遠だと思ったんでしょうね。
永遠なんてないのに……。
 ちょうどいいわ。少しだけあの人に意地悪しちゃいましょ。
 赤い血……、ちょっとべとついて気持ち悪いけど、字は書けるわ。
 
 
 思わぬ夜間デートを経験した龍樹は、翌朝目覚めたくない夢から、延々と鳴り続けるインターフォンの呼び出し音によって容赦なく現実に引き戻された。
「龍樹! 龍樹?」
「……なんだ、紫関。朝っぱらから……」
 目をこすりこすりドアを開ける。
 紫関は横幅のある身体をするりとドアの中に押し込んできた。
「おまえっ、あの後どうしたっ?」
 かじりつくように揺さぶってきたので、龍樹もやっと紫関の異状に気づいた。真剣な瞳には真剣に応えようと思う。
「帰ったよ。まっすぐ」
「それ、証明できる奴、居る?」
「家までは拓斗君と一緒だった。コーヒー一杯つきあって貰ったから……」
「……とうとう落としたのか?」
「いや。普通の話をしただけ。お前がそんなことに興味あるとは思わなかった」
 苦笑混じりに言ってみれば、紫関も大きな溜息をついた。
「落とせてないって事は、あの子、家に帰ったんだよな。何時頃だ?」
「……そうだな……一時……過ぎてたかな」
「その後はずっと一人?」
「うん。すぐ寝たよ」
 尋問みたいだと、眉をひそめた。紫関の口調は、まるで拓斗が一晩泊まっていった方がよかったというような調子。同性愛を否定的な紫関にしては変だ。
「何か起きたのか?」
「あの男……。お前の最初の相手な。死んだよ」
 龍樹は瞬間絶句した。紫関の用事が仕事だと言うことが、はっきり判る。
 龍樹も容疑者の仲間入りというわけだ。
「手口は?」
「殺しだとは言ってないぞ」
「お前が僕のアリバイを聞いてきたってだけで判るだろう?」
「……あいつと喧嘩してたよな」
「紫関、僕を疑ってるの? 友達甲斐がないなぁ」
「疑いたくないから確認してる」
 気が滅入る、と、吐きつけるような調子で付け加えた。
「僕はやってない。誰も証明できないけど、拓斗君を送り出した後、一人で家にいた。長谷部を殺しても、あんまりメリット無いんだけど」
「しつこく復縁を迫られたとか」
「そうでもない」
「あいつの部屋にはお前の写真がいっぱいあった。ポルノまがいのもね」
 思い当たるものがあったので、カアッと頬が熱くなる。親友に濡れ場の写真を見られたなんて。面白がって撮らせるんじゃなかった。
「……若気の至りだ。現在のはなかったろう?」
「ポルノはないが隠し撮り風のはあるぞ」
「そうなのかっ?」
「遠目のが多い」
「ふん……。それだけで僕を犯人扱いかい?」
「あいつはタツキって書いて死んでたんだ」
「ダイイングメッセージって訳?」
「ああ」
「僕のアリバイは確定しない。どうする? 任意同行でもする?」
「いや。一応あの子にも確認するけど、俺はお前を信じてるから」
「ありがとう」
「じゃ……」
「待って、長谷部の部屋って、僕にも見せてもらえないかな」
「現場だから、無理だろうな。関係ないって判ったら、お前のやらしい写真は出来るだけ処分してやる。外に漏れないように」
「……それ、動機になるよね?」
「弱いけど、全然ならないとは言えないな。例えば、長谷部があの子に写真を見せようとすれば、お前は阻止しようとするだろう?」
「当然だ」
「ま、案外綺麗なんて評価を受けるかもしれないがな。奴はあれで、写真の才能があったみたいだ」
「お前……見たんだな……」
 紫関は困ったように苦笑いしながら頭を掻いた。
「イヤでも目にしちまうわな。大切そうにしまってあったコレクションて感じだったぜ。犯人の目星をつけるためには仕方ねーよ」
「……一日も早く忘れてくれたら嬉しい」
「言われなくても……な」
 今度こそ、じゃあ、と結んで紫関は帰っていった。
 龍樹は憂鬱な溜息を一つつくと、ドアに鍵をかけた。
 写真を撮られたときのことを思い出す。互いを貪り尽くしたあげくに、長谷部はポラロイドを撮りだしたのだ。
 二人が繋がった部分や龍樹のとろけた表情を撮影したり、大きく足を開いて男を求めるポーズを龍樹にさせたりした。
 二人で楽しむだけだからと、笑っていたが。
「動機……大ありかもな……」
 昔をほじくり返されたくない自分にとっては、脅威の写真だ。
 それにしても。
 龍樹と書いてあったというのは?
 長谷部は何が言いたかったのだろう?
 真顔でやり直したいと言った長谷部の表情を思い出す。胸の痛みに、それでも愛じゃなかったという自覚を持った。
「ごめん、恋人としては泣いてやれないよ、穣……」