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悲しい試薬・第六回
「うおおおおおおおおおっ」
拓斗は、ぐったり崩れ落ちていく龍樹を抱きかかえながら、腹の奥からほとばしり出る咆吼を上げた。
吹き出る血は、龍樹のシャツを赤く染め、拓斗の手をも真っ赤に染めていく。
剥き出しになった素肌がねっとりと濡れていくのも構わず、拓斗は龍樹の胸を必死に押さえた。
「タ、タツキ!」
オロオロと跪いてきたスティーブの腹に、拓斗は頭突きを食らわせた。
「!」
「俺の龍樹さんに触るなぁっ! お、お前なんかっお前なんか!」
死ねばいいと呪いの言葉を吐きつけようとしたときに龍樹がゴフッと咳をした。
「たっ龍樹さんっ? やだっ 死んじゃだめ!」
傍のシーツをたぐり寄せ、ひたすら傷を押さえる。
「とにかく病院へ……」
よろよろと立ち上がった王河は、電話までたどり着くと早口で指示を出し始めた。
苦しそうなしかめ面は、蝋面のような王河の顔には似合わない。
「オウカ……It wasn't intended to be shot! Because Takuto attacked it!
」
(撃つつもりじゃなかった!拓斗が襲ってきたから!)
愚痴っぽく泣きわめくスティーブに、辛辣な視線で一睨みすると、
「Shut up!」(黙れ!)
と、王河は叫んだ。
王河の一喝には、拓斗も顔を上げた。
ビクッと身を竦めたスティーブは、まるで先生に叱られた子供の様。
王河の顔は、言葉とは裏腹に悲しそうに歪んでいる。
「Leave selfishness half done,too.」(わがままもいいかげんになさい)
ハッと瞳を見開いたスティーブを、目元を濡らして見上げている王河は、いつもの能面面をかなぐり捨て、ひどく若々しく精悍に見えた。
「It was you that pulled a trigger.」(引き金を引いたのは君だ)
拓斗は、彼らの表情で、立場が一転したことを知った。
跪いてしまったスティーブは捨て置かれ、火傷だらけの王河と返して貰った服を着た拓斗に付き添われた龍樹は担架に乗せられた。
「すまなかった」
低く呟く王河の声に拓斗はぴくりと肩をそびやかした。
手術中のライトを見つめたまま、耳だけを王河の声に集中させる。
プロビンスタウンで一番大きな病院は、ベッド数が病院規格の最小という代物で。
それでも緊急手術までの手際はよかった。
拓斗は手当も断って6時間ここにへばりついている。
現在処置中の龍樹は部屋の向こうで死に神と戦っているのだ。
拓斗は、ゆっくりと振り返ると王河と対峙した。
王河は火傷がひどかったので、手当を受けていたのだ。
包帯と絆創膏だらけの蝋面は何だかひどく間抜けに見える。
「何に対しての謝罪です?」
辛辣な視線を浴びせながら、慇懃な物言いをする拓斗に王河は瞬間絶句した。
「……スティーブを止めるべきだった」
「そうですね。……あんた達のしたことは無駄なことばかりだ」
「ああ……」
「俺を犬に掘らせようが殺そうが、龍樹さんはあんたの大事な会長さんの元に戻るつもりにはなれないだろうから。……分かってたんでしょう?」
王河は黙ったまま頷くと、フッと笑いを漏らした。
「彼に……諦めて欲しかったのかも知れない。したいだけのことをして、龍樹に振られまくれば……いい加減諦めがつくだろうとね。いくら口で言ったって、彼は自分で悟るまでは認めないから」
「いい迷惑だ…………っ」
拓斗の拳はぎゅっと握られ、肩は震えていた。
慇懃さは怒りを抑制させるためのものだと、王河はそこで気づいたのか、とたんにこびた微笑みを付け加え、拓斗を覗き込んだ。
「ああ、だからすまん。保証は出来るだけする」
王河がそう口にした途端に、拓斗の拳は王河の鳩尾に食い込んでいた。
「……ざけんな……」
低い呟きは龍樹に負けず劣らずの威嚇効果を発揮した。
その場でへたり込んだ王河を見下ろして、拓斗は唾を吐き掛けた。
「金で何でも片が付くと思うなよ。元気な龍樹さんを返せよ。俺の龍樹さんを……返せ!」
堰を切ったように溢れ出る涙をはらはらと落としながら、拓斗は王河の胸ぐらを掴んで殴りつけようとした。
その腕を後ろから捕まえられ、ギッと振り返ったとき。
後ろにあった顔に目を見開いて驚きを示した。
「スティーブ!」
「オウカを……なぐらないでくれ」
おぼつかない発音で、彼はゆっくりと日本語を話した。
真剣な瞳は高慢さのかけらも見せていない。
「タクト、ぜんぶ、わたしがわるかったです。オウカじゃない」
「……知ってる。でも、王河もだ! あんたに荷担したんだからな!」
「……かたん?」
ああもうっ!
拓斗はジェスチャーでやってられないと示した。
王河が小さく「サポート」と呟いた。
ああ! とスティーブが頷く。
そこへカツコツと靴音を響かせて麗花と警察官が駆けつけてきた。
麗花は、瞬間立ち止まって3人の様子を見て取ると、真っ先にスティーブに駈け寄って頬を平手打ちした。
「いい加減大人になりなさいよ! この、バカオタク!」
半べそをかきながらの叫びは日本語で、勿論スティーブにはよく分からない。
だが、表情などがフォローしたのか、スティーブはシュンと項垂れた。
警察官は、麗花を押さえ、ボロボロの3人の男達を見比べた。
「Who shot it?」
スティーブが手を挙げる。
「……you?」
少々驚いたようにスティーブを指さし、警察官はまじまじと見つめた。
スティーブは力無く頷く。妙に殊勝である。
王河ですら、ぽかんと彼を見つめていた。
その視線に、スティーブはほんの少し目元を赤く染めて笑みを浮かべて見せた。
照れくさそうに。
そんな様子が拓斗のカンに障った。
(ふざけんな)
自分たちだけイイ気分になってんなよと言うところか。
少々怒り肩になっていたのを、麗花がそっと肩を叩いて押さえた。
「どうも信用できないから。あたしが立ち会うわ。ちゃんと責任とらせないとね」
「……とりますよ、ちゃんと。今のスティーブなら大丈夫。私が……ちゃんとさせますから」
別人のように柔らかい微笑みを浮かべた王河が、密談に割り込んできた。
「あら、随分な変わり様だこと」
「いいですよ、今日は何でも受け入れます。拓斗、君たちのおかげだから。僕らは多分……今日から始まれるんだと思うんだ」
あまりに晴れやかな言い方で、瞬間よかったねと思ってしまった拓斗は、ぶんぶんと頭を振った。
「……バカ野郎……犠牲大きすぎるだろっ」
(俺の龍樹さんは……死にかけてるのに……)
「じ、自分たちばっか……ひどいよっ」
「ほんとにね。身勝手すぎるわ。龍樹が……」
死んだらと言おうとしたらしい麗花は慌てて口を閉じた。
「……龍樹さんはがんばれる。俺をおいていくわけ……ないもの」
「そう、そうよね。龍樹は大丈夫」
それに応えるように、バアンと扉が開かれた。
ガラガラと寝台車が横切った。
「っ!」
「たっ龍樹さんっ? 龍樹さん!」
看護婦が荒々しく拓斗を突き飛ばした。
邪魔だと言っているらしい。
それでも追いすがろうとする拓斗を、麗花が阻止する。
「お医者様のコメントを聞きましょ。大丈夫、ICUに移るだけよ」
「でっでもっ」
腕を掴まれながらも嫌々をする拓斗の頬を、麗花は軽く叩いた。
「おちつきなさい! ドクターよ」
拓斗は麗花に腕を掴まれたまま、しかたなくドクターの言葉を待った。
早口な英語に麗花が受け応えるのを耳にしながら、ひどく自分の無力を感じる。
意味を捉えることの出来ないコメントよりも、恋人の傍にいたかった。
片時も離れたくなかったのに。
「拓斗、意識が戻れば大丈夫だって。今夜が峠だそうよ。まだ予断は許さないけど……龍樹はとっても体力あるからって」
思わずガクリと膝が折れた。その場に座り込んで肩を震わせる。
「肺の上部を貫通していたって。かえって傷が綺麗に限局しているから、小さくて済んだのよ」
少女のようにしくしくと泣き始めた拓斗を抱きしめ、麗花は囁いた。
「龍樹の傍に行きなさい。ちゃんとあなたがパートナーだと伝えてあるから。この土地は、ゲイには寛容なの。大手を振って、会いに行くといいわ。後はあたしが話し合うから」
「う……ごめ……」
拓斗は教えられたとおりに龍樹のいる場所に向かった。
深夜のため、ひっそりとした廊下は先ほどの看護婦のように突き放してくる。
廊下を突っ切り、明るい照明が漏れる室内が目指す場所だった。
ガラス張りの室内は、機械が詰め込まれ、広さが半減している。
ドアには入室不可と思われる札が下がっている。
「……面会謝絶って奴か?」
拓斗はそっと覗き込んでみた。
沢山のコードを張り付けられた龍樹が、その中にいた。
マスクでほとんど顔が見えない。
拓斗は、辺りを見回すと、おそるおそる中に入った。
「龍樹さん……」
拓斗は横たわる青白い無表情な顔を見つめた。
整いすぎている。こんな風に動かない彼は本当にギリシャ彫刻みたいだ。
病室で死んだように横たわる彼の、バイタルサインをきざむオシロスコープの波だけがまだ命を繋ぎ止めていることを教えてくれている。
高い電子音のリズムテンポが弱々しい。
抱き合って感じ合う時よりもずっと弱い。
それに記憶の中の銃声が重なった。
耳鳴りのように銃声が何度もリフレインする。
拓斗を貫くはず弾丸を龍樹が背中で受けた。
縋るように崩れ落ちていく龍樹の弱々しい微笑みが胸を突く。
「ごめん……俺の為に……。俺がバカだから……こんな事になっちゃって……」
青磁のような頬にそっと指を滑らせた。ひんやりした生気の薄い頬……。
ぽたりと滴が、その滑らかなカーブをなぞって落ちた。
「あ……」
自分の頬を伝って落ちた涙を拓斗は見つめた。
堰を切るように嗚咽が溢れ出る。
「やだ……っ! 起きて! 龍樹さん、起きてよ。俺を……おいていかないで……!!」
(大丈夫……大丈夫だから……。君を一人になんかしないよ)
穏やかで誠実な響きの囁きが脳裏を過ぎった。
「う……嘘付いたら絶対赦さないんだから……!」
輸液の針を付けた痛々しい腕をさすり、ぐったりとした手を握りしめた。
「俺も……連れてって……。行っちゃうんなら……連れてって……」
止めどもなく流れ落ちる涙でベッドの端が染みになった。
「どんな形でもいいんだ。俺の側にいてよぉ……。俺……なんでもする。龍樹さんと一緒にいられるならどんなことでも出来るから……!!!」
どんなに語りかけても龍樹の整った面には表情がない。本当に彫像に話しかけているような気分になってしまう。
「龍樹さんに捨てられたら……生きていけない……」
ぐずっと大きく鼻をすすってから龍樹の手に頬刷りした。
いつも優しく包んでくれる手が反応してくれない。それだけで突き放された気分になる。
落胆とも絶望とも付かない気分に落ち込んだまま血の気の薄い手を頬に当ててベッドに伏せていた。
どのくらいの時間が過ぎたのか。白い病室の床に窓枠の陰が長くのびてきたのを目にして、眠ってしまったのを知った。朝日が目にしみる。
ゴシッと目元を擦りながら立ち上がった。
涙の跡がパリパリしている。
相変わらず弱い電子音の中にゆらゆら漂っているような気分だった。
跪いていた身体は冷え切って軋む。
龍樹の表情を確認し、動かないことに落胆し……。
もう一度傍らに跪いて。
微かな温もりを頼りに龍樹の手に頬を当てた。
静かな涙が再び溢れ出ては流れ落ちる。
「今夜が峠って言ってたのに……龍樹さん……帰ってこないの? 俺……待ってるのに……」
どうか龍樹さんに届いて。帰ってきてくれますように。
祈りを込めて龍樹の指に指を絡めた。
動きのない指は、本来優雅な動きで拓斗を魅了したものである。
「帰ってきて。俺の傍に……」
呟きを込めて、掌に口づける。
ふと唇の先で感触が動いた。
(……!)
ガバッと身を起こして優美なまま固まっていたはずの手を見つめた。
指が微かに動いている。
酸素吸入器で半分隠された顔に目を遣った。
柔らかく閉じられていた瞼がヒクヒクと動いた。
「たっ龍樹さんっ? 龍樹さん! 龍樹さんっっ!」
琥珀の瞳が虚ろに開かれた。
「だ、誰か! 意識戻ったよっ! 龍樹さんが目を開けたよぉっ!」
拓斗はナースコールを押しながら喚いた。
「拓斗……」
くぐもった声が漏れて。
「泣かないで。男はやたらに泣くもんじゃない」
微笑みを含んだ声が弱々しいながら拓斗の心を愛撫した。つううんと鼻の奥に痛みが走る。
「……龍樹さんに言われたくねーよっ!」
ごしごしと袖で涙を拭いながらうそぶいた。
「君が……あんまり泣くから……。お父さん達に叱られた」
「親父……?」
「君を一人にするなって……。こっちへ来るなって、突き飛ばされた……」
「……親父ならそうするだろうな……。挨拶の時の台詞。ちゃんと聞いてたんだ」
手と手を固く握り合い、微笑みをかわした。
「早く元気になってよ。待ってるから……」
肩を掴まれて龍樹から引き剥がされた拓斗は、大人しく医師と看護婦に場所を譲った。
一週間後。尿カテーテルも外され、龍樹は自力でトイレに行くまで回復していた。化け物じみてると影で囁かれるほどの回復ぶりである。
日参する恋人が刺激になっているのだ。
「あ、だめだよ龍樹さん!」
この土地では未成年者にしか見られないだろうあどけない微笑みを浮かべる、ほっそり優しげな恋人は、股間に触れようとする手を避けるように飛び退いた。
「じゃあ、せめて見せて。君の体が見たい。お願いだから」
「俺、浮気なんかしてないよ。体なんか見せなくても……」
「そんな心配してるんじゃない。欲しいんだ。言っただろう? 君を前にすると僕の獣は年中無休だって」
「医者のくせにそんな無茶していいって思ってんの?」
「……君が騎乗位でやってくれればそんなに無理じゃないはずなんだ」
勢いで言ってから、拓斗の顔色をうかがって、慌てて続けた。
「でも、見るだけ。見るだけでいいから!」
「もうっ信じらんない。こんなスケベな恋人持ってるやつ、他にいないんじゃない? ……見るだけだからねっ」
それでも拓斗は病室のドアを閉め、ベッド周囲のカーテンを引いた。
ゆっくりとシャツのボタンをはずしていく。じっと見つめる熱い視線を痛いほど感じて、拓斗の呼吸が自然と荒くなっていく。
ただボタンをはずす動作をしているだけなのに、頬が上気してきて艶やかな表情が扇情的だ。
しかし、上着を脱ぎ捨て、乳首が赤く立ち上がっている胸を露わにし、ベルトとジーンズのボタンをはずした時点でピタッと手を止めてしまった。
「拓斗?」
「龍樹さんの視線、いやらしすぎ。……見られてるだけなのに、犯されてるような気がしてきた」
「いやらしくて当たり前だろう? 触れたい、キスしたい、舐めたい、入れたい……、ぜーんぶ我慢してるんだから……。下も脱いで。早く」
拓斗は困ったように眉をひそめた。
「やだ。体によくないよ。もう、やめよう」
「拓斗、お願い。意地悪しないで」
「意地悪じゃない! 龍樹さんが元気になったらいくらでも付き合うから。今はエッチなこと考えないでよ。やっと命拾いしたのに、また具合悪くなったりしたら……俺……」
唇を震わせて見据える拓斗を、叱りつけられた子供のように見上げた。
「……愛想……つかした……?」
拓斗の返事は大きな溜息。
しょうがないなと頭をなでられ、くすぐったさに肩をすくめる。子供扱いでも触れられるのが嬉しいのだ。
「大丈夫だから。俺、待ってるから。早くよくなることだけ考えてよ」
「……うん」
逆らえずに頷いてみれば。
聖母の微笑みを浮かべた拓斗が額に口づけしてから、こつんと己の額をぶつけ、いたずらっぽく瞳を輝かせた。
「いい子だから抜くだけ抜いてあげる。上手く出来るかは自信ないけどね」
「え?」
おもむろに毛布の中に潜り込まれ、既に勃起していたペニスを握り出されて。
「あ?」
熱くしめった感触に龍樹は慌てた。
「た、拓斗……」
股間の刺激はやわやわと龍樹を追いつめる。
「こんな事、龍樹さんじゃなかったらとてもする気起きないよ」
ピチャピチャと舐める音をさせながら呟く声に、脱力して天井を見つめた。
「ああ、……神様……」
「だめ。俺の名前、呼んで。ヨかったら……俺の名前を叫んで」
くぐもった毛布越しに切れ切れの声が聞こえ、股間の熱さを増長させる。
「あ……あ……んんっ……拓斗……拓斗ぉ……!!!」
ぎゅっと毛布を握りしめた。
「あ……出る……出ちゃうよ……」
「いいんだ。我慢しないで」
拓斗の声は不明瞭に響いた。先をくわえたまま話しているらしい。喋る度に舌が嬲ってくるので、龍樹は思わず息を詰めた。
ビリビリと戦慄が走り、稚拙な舌技にも関わらず、程なく龍樹は拓斗の口の中に放出してしまった。
ごくりと飲み込む音と咽せて咳き込む音が立て続けに聞こえてくる。脱力した四肢をもどかしく思いながら、思い人が毛布から現れるのを待った。
「苦いんだね。俺のもそうなのかな……」
むくりと毛布が動いて、唇を拭いながら拓斗が身を起こした。
紅潮した頬と、濡れた唇が果てしなく色っぽい。
「龍樹さんは、この苦いのを飲むのが嬉しいの?」
嫌そうな物言いに思わずムッとしてしまう。
「……苦くて悪かったね。僕は君のだから嬉しいの。嫌なら無理しなくたってよかったんだ」
寝返りを打って拓斗に背を向けた。クシャッと髪を梳かれるだけでピクッと感じてしまう自分の体が、今は恨めしい。
「拗ねてる龍樹さんはかわいい」
耳元に息がかかってそっと口づけられた日には拷問にかけられた気分になる。出したばかりのそこがズキズキと拍動痛を訴えるのだ。
「俺のフェラじゃ下手くそだから満足できないよね。練習いるな……」
「練習なんてどこでする気さ?」
「ここで。他の男のなんてくわえたいわけないだろう? 毎日してあげるよ」
「いいよ。そんなことしてくれなくても」
「何で。してあげるって。」
「……かえってきついよ。抱きたくて気が狂いそうになる」
本当は拓斗が捧げてくれたリップバージンには感激していたのだが。存分に行為できない今は、もどかしさばかりが先に立ってしまうのだった。
「一回じゃ足りないか……」
ふう、と溜息をつくと、バッと毛布をたぐった。
「龍樹さんのってデカイから、深くくわえようとすると反射的に吐き気しちゃうんだよね。反射だけは愛じゃ越えられないや」
下着を膝上までおろしてプリンとむき出した男根を愛しげにやんわりしごいた。
「はっ……!」
拓斗の手を払おうとして逃げられて。
「……龍樹さんはこんなことしてたっけね……」
起用に龍樹の手を避けながら根元の裏筋に舌を這わせた。
「ああっ。っ……よしてくれ……」
「こら、暴れちゃだめだ。抜き取るだけなら体力いらないだろ? おとなしくしてよ。それとも、俺がしゃぶるんじゃいや?」
にじみ出た涙で歪んで見える拓斗の顔が、真正面からのぞき込んでいた。
「……君の気持ちはすごく嬉しい。けど……今の僕には刺激が強すぎる。ドキドキで心臓が止まりそうだよ。僕を殺すつもりじゃないよね?」
「悩殺……したい……」
抉るように舌を差し入れてきた。渋みが生々しく情欲をあおる。思わず応えながら恋人を見据えた。
「……今日の君は悪魔にみえる……」
「龍樹さんが俺を変えたんだぜ。……我慢してるのは龍樹さんだけじゃないんだからね……。だだこねた罰だよ」
「拓斗……許して……」
真剣な瞳で叱りつけられて泣き出しそうになった。
「おとなしく治療に協力して、早く良くなってくれれば許してあげる」
にこっと笑った。あどけなく見えるほどの邪気のなさで。
「龍樹さんが側にいないとホントに寂しいんだから。愛しちゃってるからね」
「……っ」
「泣くなよ。男はやたらに泣いちゃいけないんだろ? 愛してる。大好き。龍樹さんが良くなるんなら、いくらでも囁いてあげる。浮気なんてしない。寂しくたって我慢する。 龍樹さんはどうする?」
「……我慢する。治療に協力する」
うむと頷くと拓斗は額にチュッと口づけた。
「で、やりかけのこれ、やってもいい?」
萎えかけたペニスをきゅっと握られ、息を詰めた。
「……いいの?」
「いいの!」
「アッ」
素直に身を任せた結果、龍樹はすぐに達した。持続させる努力をしない射精はあっけなかったが、拓斗にされたという幸福感が子供のように微笑ませた。
「ありがとう……」
「看護婦に見つかったらお出入り禁止になっちゃうな」
うふふと笑って拓斗は上着を取り上げた。
「もう……帰っちゃうの?」
「龍樹さんのお母さんがもうすぐ来るから。麗花さんが迎えに行ってる。ロビーまで迎えに行ってくるよ」
「母さんが?」
「そんな嫌そうな顔しないの! 龍樹さんのこと、すごく心配してたんだ。もっと早く来たかったろうに、泉さんの方もいろいろあったらしくて。笑顔で迎えてやりなよ。親不孝息子!」
手を振りながら立ち去る拓斗の、キュッと締まった細い腰を見送った。
初めて会ったときよりも格好いい。
浮気をしないと約束してくれても心配でしようがなかった。
あのしなやかな体をねらう男に力ずくで押さえつけられたら……。
「大丈夫かなぁ……」
拓斗が戻ってくるのを廊下を見つめながら待つ。やがて、カツカツと忙しげな足音が聞こえ、龍樹は眉をひそめた。
聞き覚えのある、片足を微かに引きずるような足音は麗花。のんびり跳ねるようなテンポは拓斗。そして、アップテンポの小走りなヒール音は、母だ。