スペシャルな憂鬱・第九回

 鶴母さんの激しさは、俺の想像以上だった。
 一度出した後の持続時間はかなり長く。
 俺もなかなかイけなかった。悦ちゃんがときおり俺の頭の隅を過ぎったせいかも。
 姉にだけは幸せになって欲しかったのに……よりによって俺……。
「つ、鶴母……さ……もうやめ……」
 後ろから掘られながら、俺は泣いていた。
「余計なことを考えるな……。ほら、もっと僕を捕まえてごらん」
 耳たぶを後ろから咬むようにしながら熱い息が囁いた。ゾクリとするあの声が……こんなに熱く俺に降りかかってくるなんて……。
 半分は不随意に、言われたとおり彼を締めつけた。その瞬間少し大きくなった気がする。
「そうっ、そうだ」
「あっあんっ」
 グリングリンと中で動く感触が、俺の身体を麻痺させていく。
「っ」
 ふいに当たったその場所で、俺はびくんと身体を仰け反らせた。
 ガクガクと腰が震え、関節全部がはずれちゃいそうな気分になって……
「あっひっっ」
 手放しで揺れていた俺の先端から、トロトロと垂れ落ちてきたものを股を覗き込むようにして確かめ、俺は目を見張った。
 でてる……あそこをグイッとされるたびに、ポンプで押し出されるように……
「……ここか……ここなんだな?」
「ああああっ」
 鶴母さんは確かめるように何度もそこを突く。
 気が遠くなりそうになった。力が全部抜けちゃいそうなのに。中でグリグリしてる感触を締め付けようとうねる感覚だけは健在。
「……陽介ッイイッ」
 びくびくと震えてるのは、鶴母さんもだった。
 それでも熱い奔流が俺を内部から殴りつけることはなく。
 押し出されるままに出していた俺は、どんどん空っぽになっていく感覚に半ば恐怖心を抱いていた。
 (俺……人間じゃなくなっちゃう?)
 あり得ない、ホラーな思いつきに、頭半分が笑ってる。
 怖くて……ばかばかしい……。
 何で俺、こんな事してんだろ?
 ハッハッと息荒げながら、鶴母さんのが出入りしている感覚が、他人のもののような気がしてきた。
「……陽介?」
 いぶかしげな声が響いて、掘るリズムも立ち消えた。引き抜かれる感覚が、微かに身震いをおこさせたけど。俺は何も言わず、ぐったりとうつぶせに横たわった。
 びしょびしょのシーツが半ば冷たく俺を包んだけど全然気にならない。
「陽介ッ?」
 反応することを投げ出した俺は、人形のようにされるがままに抱き起こされた。
 眉をひそめてのぞき込んできた美貌は、相変わらずだけど。
 どこかの回線切れみたいに俺はうつろにそれを見つめるだけだった。
 この人が解らない。
 こんなに優しげに俺を心配して見つめる瞳を持っているくせに。
 何も考えなくていいって?
「陽介!!」
 ああ……そうだよな……。
 考えたくないよ。これからどうするか……悦ちゃんに顔向けできないことして……
 どうなっちゃうのか……
 身体は限界に来てたんだろう。
 俺は意識を投げ出す気になった。
「陽介っ!」
 遠くで鶴母さんが叫んでるけど、どうでもいい。
 そうやって、そのまま闇に飲み込まれた。



 肌寒さにくしゃみがでた。
 張り付いてくるシーツは冷たくて。
 肌かけが巻き付いてるところだけが暖かい。
 ちゃんとくるまろうと引っ張って、その重みに気づいた。
「陽介?」
 深みのあるバリトンが俺の名を呼んで、ぎくっとした。
 服を着た鶴母さんが俺をのぞき込んでる。肌かけは、彼が上に座っていたから重かったんだ。
 身を起こすと、当たり前のように抱き寄せられた。
 ちゅっと俺の額に唇が触れる。
 まるで……恋人みたいな扱い。
 ずきっと心臓が引き絞られるようにいたんだ。
「……だいじょうぶか? いきなり寝ちゃったから、焦ったよ」
 俺は返事をせずに首を巡らして壁の時計に目をやった。
 午前0時。シンデレラの魔法が解ける時間だ。
 なのに。
 鶴母さんはここにいる。
 俺のベッドに。
「……鶴母さん……?」
「ん?」
 のぞき込む瞳は何の邪気もない。綺麗な……俺の憧れたもの。
「……何でここにいるんですか?」
「何でって……」
 ほんの少し赤みが差した頬が、なんだかひどく不釣り合いに見える。
「君が心配だったから……」
 ぽそっとぶっきらぼうに言われ、また胸が痛んだ。
 した後に、こうやって俺を抱いてくれた人はこの人だけ。
「……腹減ってないかい? コンビニで適当に買ってきたんだけど。食べられる?」
 俺にシャツを渡しながら目線を送って、テーブルの上のコンビニの袋を指した。
「食欲……ないです」
 本当に食べる気しなかった。
「……こんな時間まですみません。俺、もう大丈夫ですから。悦ちゃんが心配してる……」
 言いかけた口をキスが塞いだ。
「悦ちゃん悦ちゃんでうるさいぞ。シスコン」
 すねた顔してそんなことを言う。信じらんない……
「何言って……」
 鶴母さんが俺の鎖骨に噛みついた。そのままゆっくりのしかかってきた彼は、やっぱり腹が空いてないらしい。いや。腹が空いてるから、俺を食べようとしてるのか?
 ぐったりしたままのペニスを握られた時点で、俺は彼を押しのけた。
「……んで……」
「え?」
 絞り出す声は自分のじゃないみたいに嗄れている。
「何で俺を抱くの?」
 悦ちゃんがいるのに……もうすぐ結婚するのに……
「君が……好きだからだ」
 鶴母さんはきょとんとした顔で、しれっと言った。
「……悦ちゃんと……結婚するんでしょ?」
 鶴母さんは、なんだそんなこと? と、言うようにため息をついた。
「約束だからね」
「どういう意味っ?」
 それって……悦ちゃんとは仕方なく結婚するって言ってるみたいだ。
「……何も聞いてないのか?」
 鶴母さんは眉をひそめて俺をのぞき込んできた。
「……君とは結婚できないだろう? だから……」
 ……徹と同じこと言うんだね……
「姉弟どんぶりですか?」
「っ、そんなのありかい?」
「……ないです。だから……俺はいやです。貴方と悦ちゃんの結婚は認めないし、貴方とは二度と」
 言いかけて、わななきが言葉をかき消した。
 好き……。
 何でもどうしてもなく……。
 こんな人なのに……俺はまだ好きなんだ。
 だから会わないって言葉を飲み込んだ。
「陽介……」
 したたり落ちる涙を鶴母さんの綺麗に筋張ってる大きな手がすくい取る。
「……どうして……結婚するの? 悦ちゃんのこと……愛してないのに?」
「彼女の希望だからね。結婚の形をとるのは」
「鶴母さんの気持ちは? それでいいの?」
「僕には好都合だよ。彼女のような人は貴重だもの」
 なんだよ、それえ。
 こいつ最低……
 俺は、現実と夢のギャップに打ちひしがれた気分だった。
 紅乃みつるの作品にはこんなやつでてこない。せいぜい脇の悪役に時々……
「……君っていう弟がついてるし」
 俺の中でその瞬間に何かが切れた。ブチッと音すらした気がする。
 次の瞬間拳に痛みが。
 がしゃんと音がして、コンビニの袋を尻に敷いた鶴母さんが壁により掛かってた。
 俺の拳、鶴母さんの目にヒット。
 人殴ると、自分も痛いんだ……。それが俺の、初めての殴打経験。
「……最低……」
 一発で気を失ってる鶴母さんを見下ろし、俺はずっとその言葉を繰り返してた。
 心を冷やす呪文のように。