スペシャルな憂鬱・第八回



ホントに、このワンルームはばつの悪い思いをさせられる。
 玄関に仁王立ちの鶴母さんは、ベッド脇で座り込んだ怪しい格好の俺を複雑な目の色で見つめ続けてて。
 俺は羞恥と一緒に、その瞳に煽られた欲望をどう抑えようかと必死に頭の中で考えていた。超絶バカだよな。
 すごく恥ずかしくて、それこそ穴があったら当分は入って出て来たくないはずなのに……。俺の身体は鶴母さんの視線を浴びているという事実だけで欲望が浮き足立ってる気分。
 どんな理由であれ、あの人が俺だけを見つめてるんだもん……。
「陽介君……」
 重々しい声に、いっそう縮こまりながら……呼ばれた名前が嬉しかった。
 バカヤロ、俺!
 現実を見つめろ。
 嫌われてもしようがない状況だぞ?
 とにかく、早く帰って貰わなきゃ。
 まずは……とりあえず視線をそらせて……
「……すみません、と、取り込み中なんで……」
 かすれた声でやっと呟いた。
 目線を床に落とした途端、キシッと床が鳴った。
 鶴母さんが……近づいてくる気配……。
 ど、どうしよっ。
「……君は……僕の名を呼んだでしょ?」
 ぎくっ。
「そ、それは何かの間違いで……」
 畜生。ここって安普請過ぎ。
「済みません、済みません……あの。何でもないんですっだからっそのっ」
「甘い声音だった……」
 吐息混じりのバリトンが、かなり近くで聞こえて、ふわりと俺の頬を熱が撫でた。
「なっ……」
 熱く柔らかいものが俺の言葉を吸い取った。
 鶴母さんの唇が……俺のを塞いでる。
「!!!!」
 堅く抱きすくめられ、そのままベッドに二人なだれ込んでしまった。鶴母さんの重みが、俺にしっかり覆い被さってきて……。
 めいっぱいの抗いも、彼の腕の強さには勝てなかった。
 たくましい腕は、けして見た目だけのものじゃなくて。
「やっ……」
 唇が離れた瞬間に声を上げる。でも、すぐ塞がれてしまった。今度は舌まで挿入され、糖蜜のような唾液が俺のと絡まった。
 ああ……ダメ……なのに……
 俺は場違いな陶酔に引き込まれていく。
 あの鶴母さんが俺にのしかかってるんだよ?
 俺にキスして……俺の抗いをものともせずにまさぐってくるんだ……
 悦ちゃ……ごめ……俺、負けちゃう……
 意志の弱い腕が彼の背を抱きしめた。淫乱な舌が彼に応える。
 彼の服越しに、熱いしこりを感じて、俺の体は歓喜に震えた。
 ……鶴母さん……ホントに俺が欲しいの?
 目で尋ねれば、まるで待っていたかのように視線を合わせて俺を覗き込んできた。
「会うたびに僕の意志は突き崩されていく……。君は……どうしてこんなに可愛いんだろう……」
 こつんと額をぶつけられ、またキスをされた。
「……僕を好き?」
 うん……うん……。
 問いかけは、甘すぎて、俺に頷くことしか許さない力がある。
「……してもいい?」
 ……きかないでよ……こんなにしてて……
 俺は、鶴母さんのやけつく肉棒に手を伸ばした。
 クッと吐息が漏れる。チーッとジッパーを下ろし、ボタンとベルトを外した。
 下着をかき分けて、それを直に握り込むと、一際大きな喘ぎが、色っぽいバリトンで飛び出した。
 欲しかったんだ。本当に欲しかった……
 悦ちゃん、ごめん。今だけ……今だけ鶴母さんを貸して。ちゃんと返すから……
 俺は、鶴母さんと扱き合いながらキスを続けた。鶴母さんに触れられた途端に、一回彼の手を汚してしまったんだけど……。
 彼は気にせず俺を扱き続けて、俺自身が驚くほどの勢いでもう一度育て上げた。
 ……これは夢にちがいない。
 あんまり欲しくなってたから、こんな風に幻覚が…… 
「鶴母……さんっ鶴母さん!」
 我慢できずに雄々しい彼を口に含んだ。滑らかで、熱く動悸したそれは、大振りなせいもあって、顎がはずれそうなほど。
 歯を立てないように角度を変えながら唇と舌と口蓋、頬肉を使いながら扱く。
 先輩の時は、ひたすら掘られ続けただけだったから、このテクは徹に習ったもの。
 上手に出来ると、後でいっぱいしてくれるから、一所懸命しゃぶったんだ。
 鶴母さんの喘ぎは切ない声音で、響いた。
 俺のテク……気に入って貰えたかな? 極上とは言えないんだけど……
 精一杯、鶴母さんを味わいたい。
 きっと最初で最後だから。この人は……悦ちゃんのものなんだから……
 鶴母さんのほとばしりをわざと顔で受けた。
 熱くて、とろっとした感触が顔中に広がり、したたり落ちていく。
 ああ……あ……イイ……。すごい……いっぱい出たね……
 これを体の中で感じたかったなぁ。うん。やり過ぎちゃった。
「陽介……君は……」
 うっとりした余韻を残しながらも、鶴母さんの声は戸惑い混じりに聞こえた。
 俺が変な格好してたから、鶴母さんも変な気分になっちゃったんだね。
 でも……嬉しかった。俺のこと、嫌いじゃないよね?
「……あきれた? 俺、我慢できなくて……鶴母さんの……ずっとこうしたくて……会うたびに……欲しくて困ってたんです」
 鶴母さんは黙って俺の顔を舐め始めた。これ以上美味いものなんて無いような顔で。
 やがてその舌は、俺の全身を舐め始めた。
「あ……ひあぁっ」
 乳首を執拗に転がされ、ガクガクと体が震える。
「熱い……からだが……焼けただれそう……」
 崩れ落ちるのが怖くて、しがみついた。そっと手をはずされ、瞬間突き放されたのかと追いすがると、そっと唇に軽いキスをされた。欲しがる舌先をチュッとついばんでから微笑みかけられ、俺はうっとりと硬直した。
「服、脱ぐから」
 の言葉で、赤面。
 今更だけど、俺……自分のしたことが怖くなった。
 まだアナルは与えられるものを期待してヒクヒクしてる。
 あの人を感じたい。それだけでいっぱいいっぱいなのに。
 覆い被さってきた裸身は逞しく均整がとれていて、美しいのに。
「やっ」
 だめだ。
 これ以上は……。
 悦ちゃん、ごめん。鶴母さんは悦ちゃんのものなのに。
 彼は痛熱く復活したものを今度こそ俺の中に潜り込ませるつもりだったようだ。
「……どうした?」
 嫌々をする俺を押さえたまま、不思議そうに覗き込んでくる瞳は、まだ欲情に支配されてる。
「ダメ……やっぱ俺……やめましょうよ、こんな事」
「……悦子のことで?」
 急に不機嫌な声が低く響いた。
 う……。
「平気だよ。気にしなくてもいい」
「!!!」
 語尾の発声と同時に突き込まれた。
 いきなり根元まで一気に。
 ズリッズリッと抜き差しされ、俺は摩擦の焼け付く感触に声のない悲鳴を上げ続けた。 待っていたものがこんな形で訪れるなんて……
 痛みは、体よりも心の方が強い。
 なんで気にしなくてもいいんだよ?
 悦ちゃんのこと……愛してないの?
 溢れる涙が、視界を歪めて、鶴母さんの真意を読みとることさえ出来ない。
「陽介……」
 甘く囁かれて涙を吸い取られた。
 ……まだ俺は嬉しいと感じてる。バカな俺……