スペシャルな憂鬱・第一回 3 |
徹とは、彼がうちの支店に配属されてからすぐにそういう関係になった。
目で分かるって、よく言うけど、そんなに生やさしいもんじゃない。
徹には奥さんがいる。子供もいるし、今でも奥さんを抱いて寝てる。
俺は徹が男もいけるなんて、ギリギリまで気づかなかった。
新入社員の歓迎会。風邪気味で出席した俺は、いつもより少なめの酒でつぶれてしまった。
気づいたときはホテルのベッド。
徹が俺の上に乗っていた。
家が同じ方向だったってだけで介抱してくれてた徹に、抱いてって俺がせがんだらしい。
ったく、徹がそういうの生理的に嫌いだったら、超やばかったよな。
今度こそ、酒止めようって、その時誓った。
初めての男は大学の先輩。新勧コンパで一気を三回、気づいたら填められてたペニスから三発。ノンケだと思ってた先輩は、俺の尻を潤滑剤無しで思い切りズタズタにし、卒業まで愛で続けたんだ。
覚えてないけど、俺が誘ったらしい。
確かに、俺は先輩に片思いしてたから、ゲットには違いないんだけど。
結局先輩は、ずっと付き合いのあった女と就職してすぐ結婚した。
先輩は、調子のいい俺の尻を愛しただけだったんだ。飽きが来ればさよなら。俺も充分快楽を味わったわけだから、恨み言を言うべきではないだろうけど。
やっぱり俺は、恋人が欲しいんだ。セックスだけじゃない、俺だけの恋人が。
発展場とかには行く気になれなかったな。俺の中で、そこまでセックスは重要じゃなかったから。やっぱりさ、身体合わせるのって、特別な相手とじゃなきゃ……。
徹は先輩に少し似ていた。背が高くて筋肉質。顔はまあまあ精悍で、公私混同はしないバリバリ。
先輩と違うのは、男同士のセックスに慣れていた点。バイって言うのかな?
最中は熱心に愛してくれる。終われば仕事が終わった、て顔で帰って行くんだ。
今の俺って、不倫の愛人て奴?
よく歌われてる女の愛人ほど湿っぽくはないけど、ベッドに取り残された気分は同じだと思う。
熱に浮かされた後だけに肌寒さが身にしみるんだよ。
俺を一番にしてくれる男は何処にいるんだろう。帰る場所を俺と同じ所以外には持たない男は……。
ま、そんなの夢の夢。ヘテロの恋でもなかなか難しいてのに、ホモじゃなぁ。
なのに、また俺は無い物ねだりを始めてる。
「……何……考えてる?」
徹が荒い息の下で囁いてきた。
今の時間、営業はみんな出払ってる。唯一の事務職が荒崎嬢。だから、今日は二人だけだけど、外から見えない便所にしけこんだ。
性欲処理にはお似合いな場所だろ?
「一目惚れって……あると思う?」
脳裏には紅乃みつるのハンサムな顔があった。
徹はフッと微笑んで、俺に優しいキスをする。
「あるさ……。俺はお前に一目惚れだった……。……綺麗で……色っぽくて……。可愛くて……。そのくせ仕事はやり手で……。仕事じゃ隙がないから、抱いてってしなだれてきたときは驚いたよ。話が甘すぎるって疑ったくらいだ」
けど、俺に突っ込んだ夜も、奥さんとやってるんだよね。俺がつけなかったところのキスマークは、すこし不快だったっけ。
この、ねちっこい愛撫を、奥さんにもしてるんだ。耳たぶをかじりながらの囁きも、乳首を転がす舌も。きっとキスマークも奥さんと同じ。
あの人、悦ちゃんとはどんな風にするんだろ……。
俺は、今日覚えた鶴母氏への性欲を思い浮かべ、徹をくわえ込んでる腰を思い切り振った。うっと呻く徹は、まだ堪えるつもりらしい。いいよ。徹のが俺の中で暴れるのは、長い方が嬉しい。
「一目惚れって……性欲だったりして……。やりたいって気持ち……なんだよ、きっと」
俺の呟きは、徹の気に障ったんだろう、乱暴に突き上げられて、俺はあえいだ。
「じゃあ、お前はやりたいだけで俺を誘ったのか?」
「うん……徹のを、俺の中で感じたかった……酒が入るとさ、そういうの、全開になるんだ」
「愛してないと?」
「好きだよ……。誰でもいいわけじゃないもん」
気持ちを込めて、徹の舌を吸い取った。
「ただ、徹は俺だけのものじゃないから……」
「お前とは結婚、出来ないだろ?」
「奥さんが知ったら、どうなっちゃうかな」
ピクって徹が身じろいだ。
このまま萎えちゃうかと思うほどの動揺。
「俺の姉貴も今度結婚するからさ……。旦那になる人が、徹みたいだったら困るなって……」
「同時に二人を愛するってのは、罪かな?」
「俺は知ってて徹と付き合ってる。でも、奥さんは? そういうの、後ろめたくない?」
「……後ろめたいよ。だから余計に優しくなれるんだ」
「徹は家庭の方が大事なんだものね……」
「俺を困らせるなよ」
「愛してるなんて、言わなければいいのに」
そうだよ。エッチだけの関係なんだから……。
俺のことは二番……いや、子どもの次だから、三番目以下の奴だし。ちょっと寂しいけど、それでも誰もいないよりはいいから。
俺は行為に集中しようとした。
「は……っ」
徹がしてくれないから、自分で自慰をしながら、彼の感触を味わった。
ああ。紅乃みつるのアレ……。もっとおっきいかもしれないなぁ。
あの人の股間のストイックな膨らみを思い出しながら、俺はイッた。すかさず徹は俺のを紙で包んで汚れないようにする。
「ああっ陽……介……っ!」
徹のイッた声。ドクンと俺の中を吹き荒れる熱い衝撃。
でも、心は冷や水を掛けられた気分になった。唐突に、徹と別れなきゃって……。
荒い息でのデュエットすら不快。
こんな俺、嫌だ。
そう、徹のことが嫌なんじゃない。抱かれながら他の男のことを考えるなんて、失礼だよな。
「……徹……」
「どうした?」
汗ばんだ額にかかる髪を掻き上げながら覗き込んできた瞳は、まだ余韻のために優しげだ。
「俺達、お終いにしない?」
徹が固まった。キョトンとした目つきが、意外すぎて理解できないって言ってる。
俺にしても、用意のない言葉だった。
終わりが来る関係だってのは分かってたけど、だからって、こんな唐突に断ち切るつもりじゃなかったのに。
「陽介……。いきなり何?」
冗談だろって言った徹の顔は、とってつけたような引きつり笑いが張り付いてる。
確かに、徹のを深々とアソコで銜えたまんま話し合う内容じゃない。
俺は身をよじって、萎えた徹を吐き出した。つるんと出ていった後、じわりと出ちゃった徹のラブミルク。泣いてるみたいだ。
「今日のお前、変だ。何があった?」
真剣な瞳になって、俺の顔色から真意を伺おうとする徹は、別人の様だった。
「別に何も……」
「じゃあ何でいきなりそんなことを口走る?」
「……巧く言えないけど……。嫌になったんだと思う」
「何が? 俺の何が嫌になった?」
徹の膝にまたがったまま肩を揺さぶられ、俺は飛び退いてドアにぶちあたった。
下着が汚れるのは避けたいけど。つかみ取ったペーパーの固まりを押し当て、俺は身仕舞いをした。
「……義理の兄貴にでも懸想したか?」
低く呟かれ、ドキッとした。俺の顔色を見て取った途端、彼はそう決めつけてしまった。
「図星かよ……」
俺はただ頭を振った。
そんな単純な事じゃない。
「ノンケの男に惚れたって、しょうがないじゃないか。それとも、酒の力を借りて、兄貴を誘惑するつもりか? 姉貴に恨まれたいのか?」
「ちがっ!」
「ふざけるな!」
頬が鳴った。瞬間熱いと思った感触は平手打ちのせい。
拳固じゃないところが徹だ。
勘が良くて、理性的。
「徹には奥さんがいるだろ? 俺、なんか、悪いなって思ってさ。俺が誘ったりしなければ、徹を浮気亭主にしないで済んだんだ……。余計に優しくなれるなんて、酷いこと、言わせずに済んだんだよ」
「今更、何言い出すんだ? あいつは気づいてもいないのに」
「奥さんが、徹と同じことしてたら? 嫌じゃない?」
これは禁じ手だって分かってる。
徹は脱力して、俺をトンと突き飛ばした。
「随分親切なこった。会ったことない女に同情して、俺を切り捨てるって言うんだな?」
「徹、俺……」
「はっきり言えよ、俺に飽きたんだろ? 次の男に目を付けたから、俺を捨てるんだ」
怒ると思ったら、悲しい顔をするんだ。
「……辛くなったんだ。徹は奥さんと子供のものだもん。俺のものじゃないもん」
「ああ、そうだよな。俺とは身体だけなんだから」
「身体だけってのが嫌んなったから、終わりにしようって言ってるんだ!」
「俺はお前を愛してる。それだけじゃ不足か?」
「俺の求めてるものとは違うって、わかったんだよ。それとも、奥さんや子供を捨てられる?」
徹が妻子を捨てて俺をとるなんて、九十九パーセント無いだろうけど。
「……捨てれば、俺のものでいてくれるのか?」
真剣に見据えられて、俺は戸惑っていた。
そんな、奥さんに恨まれるようなこと、本気でしたくはない。
つまり……。
「いや、だめだろうな。修復不可能」
本音を口にした途端、ガコッと殴られた。今度はグー。
一発で済んだのは、けたたましくなる電話のおかげ。
徹は俺を便所に転がしたまま慌てて出ていった。
「最低だ」
徹の呟き。
ああ、最低だよ。
徹の言うとおり、俺は義理の兄さんに心を移したんだ。
今までよりもっと辛い、表に出しちゃいけない片思いに……。
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