Heavenly Blue
第十回

 今日も連れの姿は見あたらない。相変わらず盗撮マニアをやっているのか。拓斗の級友の水野君をワイルドにして日焼けさせた感じの彼女は、黙って立ってれば際だった美人だ。
 ゲイに張り付いて何が楽しいんだか。だいたい、僕が言うべき台詞を横取りして、拓斗を赤面させただけでも腹立たしい。
 ピックアップ時には見かけなかったのになぁ。
 ぎりぎりで合流したのか?
「よけいなお世話ですよ」
 さあ行こうと拓斗を促し、女性に背を向けた。
「あら、ほめたのに怒らなくてもいいじゃない」
 小走りに僕らに近づいてきて同じ方向を歩こうとする。
「た、龍樹さん……」
 僕のとがった態度に、拓斗はオロオロとするばかり。
 全く人がいいんだから。
「拓斗、君は馬鹿がつくほどのお人好しだな」
 拓斗がむっとして口答えする前に、僕は女に目を向けた。
「僕らは二人だけで睦み合い、旅を楽しみたいんだ。邪魔は無用ですよ、清水真沙子さん」
 ぴくりと女が肩をそびやかし、拓斗はあんぐりと口を開ける。
「あなた、清水亮さんとどういう関係ですか? 僕らのセックスシーンをネットにあげるほど、ゲイが憎いって事ですかね? それとも、欲求不満?」
「……憎い訳じゃないわ。頼まれただけだもの」
 ぶすくれた表情を作って、呟いた。否定するつもりもないらしい。
 何なんだ、この女。つまり、本当に清水真沙子な訳だ。
 他にらしい人間がいないからそう言っただけなんだけれど。
「僕らの写真を撮る様にですか? ネットに18禁画像を上げたのも仕事の一環と言うこと?」
 彼女は肩をすくめた。
「写真を撮ったら人に見せたくなるでしょう?」
「……ものによるじゃないですか。僕らの肖像権は、考慮してもらえないのかな?」
「だって、そう言う条件だもの。聞いてないの? 旅行のプレゼントに付加された条件」
「はあ?」
「あなた達の写真、ついて行って撮るはずだったのよ?」
「……清水さんが?」
「ええ、そう。あなた達の予約が入ったら、スケジュールを合わせる予定だったのよ。なのに、早すぎ。あの人、仕事を抜けられなくて」
「仕事……?」
「彼、本業は商社マンだもの。急な休暇は取れないわよ」
「……ネットに上げるのも彼の指定かな?」
 だとしたら、僕は清水さんに対する認識を改めねばならない。
「綺麗に撮れてたでしょ? 綺麗なものは共有しないとね。話に聞いてはいたけど、こんなに綺麗なカップルだとは思ってなかったから……」
「共有なんて、する必要ありません! そんなこと、僕ら本人が許すわけないでしょうがっ」
 何か変だ。どうも、ずれを感じる。
 この女、僕らとは常識の種類が違うらしい。
「清水さんは、写真をどうするつもりだったんですかね?」
「観賞用……か、おかず……かしらね」
 肩を竦ませて言う。
「あたしの知ったこっちゃ無いわ。あたしは写真を撮るだけ」
「だから、ネットに上げるのは仕事じゃないわけですね?」
 今度は無言で肩を竦めて見せた。この時点で、僕の中でどこかがプチッと音を立てて切れた。
「あんたね、どれくらい僕らが迷惑被るか、考えてはくれなかったですか? 実際、僕らがあの写真が公開されてることを知ったのは日本からの電話ですよ。知人が、何人僕らの秘め事を目にしたことか。いくら、一般的でないサイトだとはいえ、僕らが道を歩けば、知ってる人間はあの画像を連想するに違いない。僕の恋人を欲しくなる奴だって、いるに違いないんだ。彼に何かトラブルが降りかかったら、どう責任とってくれるんですか?」
 早口でがなり立てれば、唇をとがらせた彼女は少しだけひるんだ様子を見せた。
「そんな……事……」
 考えてなかったってのか?
「信じられない女だな……」
 話にならん。ぼそっと呟き僕は黙って聞いていた拓斗の腕をとった。
「行こう、拓斗。すべては日本に帰ってからだ。清水さん、あなたの住所も何もすべて割り出してある。場合によっては法的な手段をとる。写真に関しては、一切僕らは契約を交わしていない。旅行条件だなんて、知るかっ。肖像権が僕らにはある。以後勝手な撮影はひかえていただきたい」
 彼女はもう追いかけてはこなかった。
 腹立たしくて。ただ、腹立たしくて。
 黙って僕に手を引かれていた拓斗をのぞき込めば、少し瞳が潤んでいた。
「拓斗……?」
 プルプルと頭を振り、彼が微笑みかけてきた。
「龍樹さん、あの人を殴らなくて良かった」
「手を出したら、こっちの負けだからね。一応女性だし」
「龍樹さん……よく我慢したね。ちょっと惚れ直しちゃった」
 拓斗が僕を抱きしめてきた。心地よい体温が、僕に染みこんでくる。
「……清田みたいにボコボコにすると思った?」
「ちょっと」
「あの女にそんな事したら、こっちが訴えられちゃうじゃないか。復讐はもっと違う形を考えようかなぁ。もっと、ずっと陰険に……」
「た、龍樹さん……、そんなこと……」
 途端におろおろした拓斗を抱きしめ返して、額にキスをした。
「すべてがわかった訳じゃないのに、今はそんなこと考えないよ。君と過ごす休日が優先だもの。すべては帰ってからだ」 
 そう、彼女に喚きちらしているうちに、自分で口にしてみて気づいたことがある。
「全く……先が思いやられる……」
 拓斗の頭を胸に抱き込んで、僕の怒りにゆがんだ顔を見せないようにした。
「龍樹さん?」
「拓斗、変なところに行っちゃだめだ。やたらに他の男の親切を真に受けちゃだめ。君の博愛主義は出来れば廃業して欲しい。君のあの時の色っぽさを他の奴に知られてしまっては、君自身が気をつけてくれないと守りきれない……」
「……それは俺の台詞だと思う……」
 服越しに乳首にかみつかれて、僕は小さくうめいた。
「龍樹さんのあれ、感じたいと思う奴の方が、断然多いと思うもん。俺の中にしか、入れちゃだめなんだからね。どんなに誘われても、絶対、絶対なびいちゃだめだからね。浮気したら許さないから……」
「いっただろう? 僕は君以外には起たないって」
 ゆらゆらと体を揺すり合い、僕らはしばらくそこで抱き合っていた。
 島を観光することよりも互いのぬくもりを味わうことを選んだから。
 そうしながらも、僕は考えていた。あの女と清水さんの関係を。
 何か引っかかる。なぜだろう……?
 清水さんの希望じゃないネット公開。
 綺麗に撮れた写真を公開したかったなんて、ホントの理由とはとても思えないからだ。
 僕らに恨みがあるとしか思えない。初対面の僕らに……。
 なぜだろう?



  

素材:トリスの素材市場