Heavenly Blue
第八回
……事故じゃない可能性の方が高い。
なぜ?
誰が?
何のために?
「……こわかった?」
部屋に戻って、彼を抱きしめながらシャワーを浴びた。しなやかな体が手の中でしなった。柔らかな唇が、僕の胸に押しつけられる。
「龍樹さんがいたから、そんなには……。ちょっとびっくりしただけ」
唇が薄く僕の胸をなでる。
「……事故じゃないよね」
ぽつりと呟かれた不穏な台詞。
「ああ……」
緩やかに抱きしめ合いながら熱いシャワーの下で身を揺すった。
「狙われたと考えて、周りに注意するとしよう」
「用心するに越したことはないって事?」
「何のためかってのは、判るときが来れば判るものさ。ただ、一つだけ判ってることがある」
「なに?」
「君が悪いんじゃないってこと。誰がなんと言おうと、それだけはたしか」
ギュッと腕に力を込める。
そう、もし何か僕らに原因があるとしたら、僕のせいだろう。
僕自身を攻撃するよりも、それは効果的だから。
「君だけは僕が守るから」
呟いた唇を、拓斗のそれが塞いだ。背伸びをしながら僕に抱きつき、そっと舌先がノックしてくる。
「ダメ。俺が龍樹さんの盾になるんだから」
見交わした瞳が真剣だった。
「もう、二度と龍樹さんの死にそうな顔なんて見たくない」
「ごめん……」
彼を心配させた事件を思い出す。洒落にならない台詞を吐いてしまった自覚に、思わず謝っていた。
「とりあえず、明日は……どうする?」
彼の熱い太腿を股間にねじ込まれ、息を詰める。もちろん、誘いには乗るつもりだ。
たまらない。こんな素直なお誘いに、理性なんて持てるわけ無いだろう。
「予定通り、漁民の島に行こう。動きがあるかどうか、周りに注意しながら、ね」
甘い彼の柔肌に、しっかり跡をつけながら口づけた。
「……スパイ映画みたいじゃん」
「楽しむしかないだろう? せっかくの旅だもの」
「その前に、今は……」
「うん……」
互いの体を楽しもうってね。
昼食は、恋人を食べてから……だ。
部屋付きの電話がけたたましく鳴り始めたのをしおに、僕は拓斗の上からどいた。
結局昼を抜いたままベッドで過ごしてしまったのだ。
ゆっくりとむつみ合う時間は、やはり貴重だったもので。
鳴りやまない電話に舌打ちしながら近寄る。
「Hello」
疑問符を込めて言ってみた。
相手側は交換手で、日本からの電話だった。誰かと思えば、香奈である。
念のために電話番号などは置いてきたけれど、本当にかかってくるならやめれば良かったと、ちょっと後悔した。
「マスター! マスター! 大変だってば」
繋がった途端に叫ぶ香奈のハスキーボイスは、絶対いい知らせではないと思わせる。
「麗花がどうかした?」
「ちっがーう! 麗花さんは元気だわよ〜。この電話だって、麗花さんが手続きしてくれたんだからぁ」
その後、香奈は想像だにしなかった用件を早口で述べ、僕に一つのURLをメモさせると、電話を切った。その後即座に僕はコンシェルジュに電話をした。
「……何、何の電話?」
ずるずると拓斗がシーツを引きずって受話器を置いた僕の側に寄り添ってきた。
「今、ネット環境を持ち込める様に頼んだところ。服着て。オフィスに行かないとダメなんだって。行ってインターネットにつないでみないと何とも言えない。香奈が変なこと言うんだ。僕らの写真が公開されてるって……」
「え……?」
拓斗はどんな写真かすぐに想像出来た様だ。
「それって、やっぱり恥ずかしい写真なんだろうね」
青ざめた顔を俯かせてぽそりと呟いた。
「普通のバストショットとかだったら、あんなに香奈があわてふためくわけ無いしね」
二人で盛大なため息をつきインターネットを覗ける場に急いだ。
「これって、おとといの……?」
拓斗が呆然としてコンピューターの画面を見つめていた。
そこには、デジカメで撮った写真をほとんどサイズ直しもせずにアップしたらしい画面いっぱいの僕らが写っていたのだ。
ワインレッドの海パンは、こちらに来て購入したものだし、それを絡ませたまま接合してるのは紛れもなく僕らで……僕が拓斗を貫いている秘部もむき出しで。
口づけし合ってる横顔は、目元がしっかり写ってしまっている。椰子の葉陰も、全く隠してくれてはいないし……
脱力しきって、僕はキーボードに突っ伏した。
念のために人払いしておいて良かった。とは言っても、オフィスのパソコンを無理矢理使わせてもらっているので、同じ部屋に人はいる。遠目で判るだろうし、かき捨ての恥が増えたが致し方ない。
「なんだよ……これ……」
わなわなと震える拓斗は泣き出しそうに顔をゆがめている。
このサイトは、素人投稿サイトだが、かなりの規模でリンクされている写真配布サイトでもある。そんなところで公開されたなら、世界中に僕らのむつみ合う姿はばらまかれてしまった後で……。幸い一般大衆向きではないゲイサイトではあるが、リアルでの知り合いが見れば、恥ずかしい限りである。
いくら何でも惚気気分ではいられない。
このての写真はお互いの秘密の宝物であってこそ、嬉しいものなのだから。
「とにかく、早く公開をやめさせなきゃ……」
投稿者が誰か、調べて、訴えてやる……!
「とりあえずサイトマスターにメールだ」
こういうとき、ブラウザメールは便利だ。
新たな設定なしにパスワードとIDのみでどこでも自分のメールボックスが開けるから。普段大して使いもしないアカウントだが、取得しておいて良かったと思える。
サイトマスター以外にも役立ちそうなアドレスを見つけた。
スティーブである。
王河があの場にいたのならスティーブもしかり。
どうせ専用クルーザーに仕事場も持ち込んでいるだろう。
あの仕事中毒は、コンピューターと結婚した様なものだ。
王河はさしずめ一番愛用の周辺機器だろうか。
「えっ。スティーブにもメールしたの?」
とがめる声音は、彼らに会いたくないと明言している。
「ここのシステムじゃ、使い勝手悪いからね。彼らなら蜜月だろうが僕に必要なシステムはそろえて持ち込んでるはずだ」
「でも……」
「拓斗、スティーブ達は、こういうときはかなり頼もしいお友達だよ。喜んで協力してくれるはずだ。嫌みの一つも我慢して聞いてやれば大丈夫」
まだ不服そうな拓斗にそっと囁いた。
「この恥ずかしい写真、ずっと垂れ流しておきたい?」
グッと押し黙ったところで、早速メールが新着である。
「うわ、相変わらず即レスだなぁ」
と思ったら、中身は王河の手によるものだった。
「今から迎えに来るってさ」
「ええっ?」
「豪華クルーザーにご招待。システム搭載の小さな要塞だ。ああ、泊まってるのはクルンバだって。空港近くの島の様だ」
僕らがいるのが南マーレ環礁で、彼らは北マーレに落ち着いているわけだ。
「なんだかなぁ」
拓斗の呟きは、まあしょうがない。
彼からしてみれば、敵としか見えない男達だから。
でも大丈夫。あの二人は変わった。いい意味で。
画面を見て、スティーブがまず吹いた。
王河は無表情を決め込んでいるが、小鼻が微かにひくついている。
「やるねえ、君たち。これで君らは一躍ネット上のポルノスターに仲間入りだ」
事実なので黙って耐える。屈辱はこんな嫌みよりも彼らの手を借りることの方が大きいと、拓斗が僕をにらむ視線で語った。
「サイトマスターの返事は、きたか?」
「ああ。とりあえず画像は下げてくれた様だけど、また出ちゃうんだろうなぁ。うわ、教えてくれた投稿者のIPが生みたい。日本のプロバイダのようだ。ノートと衛星携帯でも使ったんだろうな」
「ド素人か……。道理で簡単に教えてくれたわけだ。仲間じゃないって言いたいんだろうな」
僕を押しのけて即座にキーボードを操り、スティーブはいくつかの画面を提示した。
ハッキングであるが、個人情報を吸い出して携帯の持ち主が割り出される。
漢字の読めないスティーブは、途中で僕に席を譲ってきた。
「清水真沙子……?」
誰それ?
「住所は杉並区……?」
「知らない奴か?」
肩越しに覗き込んでいたスティーブに、思わず困惑の視線を向ける。
即座に僕の肩に置かれた拓斗の手に力が入った。ぎゅっと握りしめられて、僕は呻いた。
素材:トリスの素材市場