Heavenly Blue
第六回

「よこしなさい!」
 逃げ出そうとする彼女の腕をつかみあげた。
「いったーいっ」
 彼女の叫びに周囲の視線が集まる。
 あわてて飛んで来たホテルの従業員に、彼女の行為を訴えた。
 肖像権の侵害などは、多分日本より他国の方がうるさいはずで。
 当然のごとく、彼らは彼女より僕の味方に付いた。
 僕はその場で彼女のカメラを取り上げると、フィルムを取り出した。
「あっ、ひどいわ」
「挨拶抜きで人を写真に撮るからでしょう? 大事なフィルムならこんな遊びに使い回さなければいい。写真が、一つ一つ二度と同じショットは撮れないのは解っています。だからこそ、こんな真似は二度として欲しくないですから。覚えていただくためにお仕置きですよ」
 その場でフィルムを引き出し、感光させてしまう。
「あっ」
 その声は女性とともに拓斗の声が重なって。
「龍樹さん、やりすぎ……」
「君を青ざめさせた罰としては、軽すぎるくらいだよ」
 困った様な、情けない表情で拓斗が僕を見つめていた。
 女性は有無を言わさずホテルの警備員に両サイドを拘束され、退場を促された。
「龍樹さん、ごちそうさまにしていい?」
 女性が去ったあと、周りの観察の視線は向けられたままで。
 拓斗はすっかり食欲を無くしてしまったらしい。
 彼の皿は、まだ三分の一ほど料理が残っていた。
「今ある分は片づけられる?」
「ん……」
 肯いて食べ始めた拓斗は、幼い頃から手をつけた料理は平らげるというしつけを受けていたのだ。食べられない様なら僕が引き受けるつもりだったのだが。
「じゃあ、ちょっとまってて」
 僕は料理の並ぶバーに向かい、近間のボーイにチップを握らせた。
 パンを数枚切ってもらい、オードブル系を中心にサンドイッチを作る。
 拓斗の夜食用である。通常、料理の持ち出しは禁じられているだろうが、先ほどのトラブルを見ていたボーイは黙認してくれた上に、使い捨ての紙皿まで用意してくれたのだった。
 後はなるべく早く冷蔵庫へ。ナプキンをかけた皿をボーイに預けた。他の客の目には余り触れたくなかったから。
「部屋に戻ろうか」
 小さく肯いて立ち上がった拓斗を促し、出口で預けておいた先ほどの皿を受け取り、レストランから出た。
 
 
 
 翌日は、観光客らしくスノーケリングだ。
 多少の初心者向け講習はあるが、マスクとフィンとスノーケルの3点セットのみを身につけ、浅瀬で水中を楽しむ。
 スキューバダイビングほどの敷居の高さはない。
 拓斗と二人、スポットの地理や生物の説明を受け、白砂とブルーグリーンの境界に足を踏み入れた。夢中になっていると、背中だけ酷い日焼けをするとガイドブックに書いてあったが、正しい。
 潜水する様に泳げば、海中も楽しめる。何もかもが初心者な僕らには、十分新鮮なイベントだった。
 水面から見上げる空や陸。
 水の動きににじんだ風景が、優しく目にしみこんでくる。青、緑、茶色、ベージュ、白……突如として、ワインレッドが僕の目の前を覆った。
 拓斗の海パンの色。ゴボゴボと水がにごり、僕はあわてて立ち上がった。
 拓斗との接触で、僕よりも拓斗の方があわてたみたい。お互いにゴーグルで狭められた景色に夢中になっていた様だ。
 拓斗を抱きささえ、ゴーグルをむしり取る。
 首だけ海面から出した状態で、スノーケルも外し、見つめ合った。
 マウスピースをかみしめていたせいか、顎が疲れている。
 これを癒すには特別なクスリが必要だ。
 拓斗も御同様だったのか、地に着かない脚を僕に絡めながら、唇をうっすらと開いた。
 当然の様に僕の舌は、そこから侵入していく。
 唇を重ねることにも慣れた僕らだけど。シチュエーションて大事だな、なんて思った。
 水は水面はほの温かいくらいだけど、底に向かうほどに冷たい。
 冷えた体を重ねると、くっついたところだけがカッと熱くなる。
「龍樹さん、今、俺の考えてること、分かる?」
 悪戯っぽい瞳が、のぞき込み、体の中心には別の主張が押しつけられた。
「考えはともかく、君の体の状態は把握できたよ」
 海パン越しに感じるのは温かな堅い感触だ。僕の、大好きな感触。
 拓斗の欲望の印だから。
「あのさ、ちょっとだけ……しない?」
「ここで?」
「入れるのなしで。だめ?」
「君からの誘いを断れるわけ無いでしょ」
 拓斗の股間がしっかり僕に合わさる様に抱き変えた。
「あっ」
 せっぱ詰まった喘ぎは、僕の状態をその身で知ったからだろう。
 水に熱を奪われながらも、僕らのそこだけは、熱く熱く燃え上がっている。
 互いに腰を揺らしながら擦りつけ合った。
 最大限に膨張した僕の亀頭は名の通りの様子で海パンから顔をのぞかせてしまった。
 ビキニタイプだから、仕方がないのだが。
 拓斗は片手を僕の首に回しながら、もう片方の手で僕のビキニを押し下げた。
 睾丸部分から膨張した部分だけがむき出しになった上、ビキニの締め付けが睾丸を押し上げる。
「恥ずかしい恰好にするなよ……」
 拓斗の悪戯な手を戒めて、僕も彼のビキニに手をかけた。
 本当は、こんな恰好させたくなかった。こんなに色っぽい男を、他人に見せるなんて危なすぎるし。だからこそ、バミューダパンツばりのを買い与えたのに、彼は売店で僕の分までビキニを買いそろえたのだった。
 曰く、僕には似合うから。彼には僕とおそろいだから。
 結局、これがしたかったのかと、今になって納得だ。
「拓斗のエッチ。僕をこんなにして、後で怖いぞ」
 片手で彼を支えながら、二人分の欲望を握りしめた。
「はん……」
 肩に爪を立てる様にしがみつく彼の頬は真っ赤になっている。
「君も、握って……」
 長く膨張した僕らの、根元を僕が握りしめ、拓斗が亀頭に指をかけた。
 縦に摩擦。横にこねくり回す拓斗の指は、一本ずつ鈴口に潜り込まされている。
 とがった先をいたぶられると息が詰まる。
 生唾を飲み込む喉仏を、拓斗の舌が這った。
「熱くて……冷たい……ああっ……んっいいっ」
 たどたどしい言い方で、彼が悦びの声を上げた。
「拓斗……、いいっ、君の感触……すてきだよ」
 袋を指で刺激しながら、キュッと握りしめた。どくどくと浮き出た血管の圧力も互いのが混ざり合ってどちらのものか分からなくなる。
 腰をぶつけ合いながら欲望を限界に追い上げる。
「はぁッはぁッ龍樹……さんっ……も……ダメ……」
「うっうっんくっ、拓斗っ、い、イク?」
「んっんっうううっんんっ」
 頭の隅で、まずいかもとふと思ったが、やめられるわけがない。
 互いの熱を放出する瞬間の快感に、僕らは大きく息をついた。
 ゆっくり残りも絞り出す。二人の手で、扱きながら。
 水面に目をやり、周りにまといつく様に揺れる白濁液に、苦笑が漏れる。
「……ああ……すげー。こんなの初めて……」
 僕に抱きついてもたれた彼は、大きく息をついてから僕に口づけた。
「龍樹さん……ありがとう。ごめんね。ビキニなんて履かせて……」
「じゃなくて、ビキニなんて履いて……だろ? 君のお尻は、僕にだけ見せればいいの」
 尻肉を揉みながら囁いた。
「ごめん……」
 嬉しそうなほほえみを浮かべた拓斗が愛しかった。僕の独占欲を、受け止めてくれる彼は、自分で思っている以上に懐が深いと思う。
 こんなお子様ランチだけではすませられない。即座にどこかで彼を抱きたかった。
 先ほどふとよぎった懸念を理由に使う。
「移動しよう。ザーメンが髪に絡みそうだ」
「えっ? うわっ」
 体を跳ね上がらせて、拓斗がわめいた。
「やあっ」
 真っ赤になって僕をにらむのだが、僕は彼の尻肉を揉むのみ。
 やがて、彼も僕の手の位置を思い出し、おそるおそる自分の胸を見下ろした。
 乳首に小さな魚が吸い付いていた。
「げっ」
 吸い付いていたのはそれ一匹ではない。
 快楽の余韻を残す鈴口に、何匹かが群がっていた。
 辺りを見回すと、色とりどりの魚が、密度濃く僕らの周りを泳ぎ回っている。
「いっ」
 これは、僕の悲鳴。黄色くとがった口をした魚が僕の亀頭を軽くかじったのだ。
「うっわ、やっばーっ、食われちゃうよっ」
 ザーメンが餌になった様だ。僕らは都合良く縮こまったペニスをビキニの中に収めると、スノーケルを銜え、マスクをつけた。
 まとわりつくザーメンに誘われた魚の攻撃をかわしながら、そこを泳ぎ出る。
 数メートル進み、水中をのぞくと、僕らのいたところに、まだかなりの魚がいた。
 しかも、そのスポットに何人かの女性の団体が泳ぎ近づいていくのが見えた。
「……間一髪……」
 拓斗が立ち上がって僕に目配せする。もう陸に上がろうという合図に見えた。
 彼女たちは、僕らが誘い集めた魚たちを前にして、大はしゃぎだ。
「……いいことをした後は気持ちいいね」
 拓斗の笑い混じりの言葉に、何とも言い難い目を向けることしかできなかった。
 こんな事、信じられない。
 いつも僕が迫って、恥じらいながら彼が周りを見回して、外ではキスがやっとだったのに。こんな、他人がいつ来るとも思えない場所で、大胆な……。
「俺たちのことを、誰も知らない。ここでは、ホテルの人も俺たちが恋人同士だって認めてくれてる。なんか、嬉しくて……。恥ずかしいなんて言ってたら、罰が当たるんじゃないかなって……」
 僕の気持ちを汲み取ったかの様に彼が言った。
 ゆっくりと砂浜までを歩む。
「昨日の写真だって……。笑って撮ってもらえば良かった。俺らの記念写真……誰かに惚気たところ、撮ってもらえれば……」
「ああ……」
「俺が恥ずかしがったから、龍樹さんは怒ったんだよね。あの人に、悪いことしちゃった……。俺の自慢の恋人とのツーショット、撮りたいならフィルムいっぱい撮ってもらえばよかったんだよなぁ」
「過剰反応だと思った?」
「ちょっと……」
「でもさ。やっぱりああいう失礼は、ちゃんと抗議しておかないと。撮ってくれるって言うなら、僕らに声かけてからシャッター押してくれる人に撮ってもらおう。それに……」 3点セットを返しながら、インスタントカメラを買った。
「思い出は、自分で撮ればいいさ。ツーショットは、頼めば撮ってもらえるし」
 早速その場で売り子に撮ってもらった。肩を組んで、微笑んで。ビキニ姿の、彼と僕。 ぴったり寄り添うことも、ここでは赦されるらしい。
「えへへ……」
 嬉しそうな笑みが漏れてしまう。
 とろけてしまうほど、嬉しいのだ。
「これって、蜜月の醍醐味だよね」
 また起っちゃいそう……。そう囁くと、彼は身じろぎした。
 部屋に戻る間もない。ジャングルの様に椰子や樹が茂る一角に手をつないで走った。
 拓斗が、僕を誘ったのだ。大きな葉をかき分けて、外が見えない様な葉陰を見つけて。
「しよ」
 さっきのじゃ足りない。
 彼の瞳が欲情して潤んでいた。ビキニを少しだけずらし、ひくつく秘部を見せつける。 僕はそんな彼を仰向けに椰子の幹に押しつけた。
 そっとビキニを押しやる。脱がせてもいいけれど、のびる材質のそれは、押しのけておけば大丈夫そうだった。彼の屹立したペニスと、少し柔らかくなった睾丸をぷるんと片足の環からむき出しにする。
 ゆっくりと銜えて嘗め回した。先ほどの行為で敏感になったそこは、すぐに先走りを溢れさせる。
 拓斗の脚を、片足だけ押し上げて、睾丸裏側から秘部をのぞいた。
 ぱくぱくと呼吸するそこは、まだ赤みが残っているが、健康そうな肉の色をしている。
 先走りをすくい取って、塗り込めてみた。つぷりと指を潜り込ませ、ぐりぐりとほぐす。
 僕を押し出したいのか、くわえ込みたいのか、ものすごい力で絞るそこは、熱くて弾力に富み、すぐにとろけた。快楽を知って、性器と化したそこは、欲しくなってくると潤ってしまうほどなのだ。僕の肉棒という刺激を求めて、誘う様に分泌するそれは、解剖学で習った粘液腺の仕業。誰もがなる状態ではないけれど、拓斗は確かに僕のためにそういう素質を持って僕の前に現れたのだと思える。
「ああ……んっ」
 可愛い喘ぎが口をついて出た。うねる肉襞が僕の指を三本飲み込み、ギュウギュウと捕まえようとする。やめられない……。この体を、放すことが出来ない……。
 売店や、シャワールームからさほど離れていない物陰である。
 僕は彼の口をキスでふさぎながら、僕の屹立を扱きあげた。
 己の先走りでよくぬめらせ、塩や砂はこそぎ落とす。
「拓斗……、入れるよ」
 大きくうんうんと肯きながら、拓斗の濡れびかったアヌスが口を開いた。赤い肉襞が見える。僕を招く様にうねる。
 硬く育て上げた僕を差し入れた。
「うっんっ」
 笠を入り込ませるときは、さすがに拓斗も苦痛の表情をする。どんなにほぐしても、その瞬間だけは避けられず、己の大きさを恨んでしまうのだ。拓斗が言うには、その雁首がそのまま動かずとも好いところに当たっているのだそうで。絞って捕まえるにも丁度いいのだからと慰められたことがある。ぬぷりと関門を突き抜け、彼が安堵の表情を浮かべると、僕もほっとする。二人繋がって、お互いにくるまって。
「ああ……これ、最高」
 彼の腕と脚が僕にからみつき、吐息混じりの囁きを吹き込まれ、僕は更に膨張した。
「あ……すごい。大きくなった……」
 上気した頬で嬉しそうに微笑み、キュッと締め付けられた。
「はあっ」
 僕の声を、今度は拓斗が塞いだ。
 そのまま腰をくねらせて、僕らは互いの熱を感じ合う。達するまでの間、僕らは我を忘れて互いをむさぼった。
 それが、後でトラブルの元になったのだから、困ったものである。





  

素材:トリスの素材市場