Heavenly Blue
第五回
空港に降り立ったとたんに熱い空気に煽られた。
もわっとした感じは常夏の島ならでは。
「……来ちゃったね……」
呟く恋人はまだ夢見心地のようだ。
うん、と、肯く僕もだけれど。
出発まではあわただしく。
麗花に言われて電話をしたときは、西村さんをあわてさせた。
あまりにも急で、呆れていたようだし。
ダメ元でのお願いに、苦笑しながら確認をとってくれた結果、出発が決まった。
期間が年末年始繁忙期前のブランク部分だったせいか、無茶な旅行計画は電話から2日後に実行されたのだった。
クリスマスイブはモルディブで。
店は麗花のために香奈を助っ人に頼んだ。
開店当時に手伝ってくれていたノンケの女装青年である。
麗花とのタッグだと知ると二つ返事でOKしたのだ。
モデル時代の麗花を知っているらしく、きめ細かなフォローまで約束してくれた。
よく気がつき、小回りの利く香奈が、本気でフォローする気になってくれたなら、安心だ。
「香奈ちゃんと麗花さん、うまくいくかなぁ?」
「香奈は麗花のファンだもの。大丈夫だよ」
だから心配なんじゃないかと呟く拓斗の言いたいことも、まあわかるけど。
「二人とも大人だし。ここまで来ちゃった以上、考えても無駄だよ」
そう。もう、思い切りバカンスを楽しむしかない。
「……ま、そうだな」
そうして、拓斗はやっと晴れやかな笑顔を浮かべてくれた。
「ここなら、龍樹さんが実家から呼び出されることもないし」
そっと手をつないできた拓斗の髪にキスをした。
「一日中拓斗君を独占できるなんて、最高だな」
「俺だって……」
クスリと笑いながらの囁きに、僕は繋いだ手に力を込めて応えた。
首都のある島で入国審査を受け、荷物を受け取ると、ゲートをでて現地係員を見つける。
浅黒い肌に白い歯の目立つにこやかな青年だった。
彼の案内で、僕らは予約してあるホテルの島までスピードボートに乗るために移動した。
イスラム教がメインのこの国の首都では、その教義を尊重しなければならない。
女性は肌をあらわにしてはいけないそうだし、僕らもあまりおおっぴらにいちゃつくことはやめにした。島に着きさえすれば、もうその遠慮はいらない。島全体がホテルなのだから。あと少しの我慢なら、余裕だ。
青い空、白い砂浜、青い海。
どこまでもどこまでも青い水平線がのびる。
「すご。透き通ってるよ、海……」
ボートの縁から水の中をのぞき込み、拓斗が感嘆の声を漏らした。
「色からして違うんだなぁ。すげー」
「ついたら一泳ぎする?」
「それもいいけど、まず部屋と島の探検だな」
ガイドブックでは、島一週二十分程度だとあった。散歩をかねてそぞろ歩くのも悪くないかも。
「ダイビングの予定も確かめないとね。体験ものは指導員がつくそうだから。まずコンシェルジュで予約だな」
「うん!」
うれしそうに肯く彼が、まぶしかった。
散歩の前に、一度抱いてしまおうか……。
使用通価は米ドル。現地の通貨はホテル内ではいらない。
滞在型リゾートでのバカンスは、のんびり時を過ごすのに適している。
先にベッドの寝心地を確かめるのも一興かも。
そんな考えにふけっていたら、拓斗がぎゅっと僕の腕をつかんだ。
「龍樹さん!」
「え?」
拓斗が指さした方向を何げに見て、僕は固まった。
スピードボートがもう一艘。近づいてくる。
そこに乗っていたのは……
「王河?」
あちらも驚いたように見ていた。
気づいたのは同時だろうか?
「なになに? 何であの人がここにいるのさ?」
「知らないよ。知りたくもない」
いくら何でもこれは偶然だろう。
幸い途中から方向は変わった。つまりどこか別の島に、彼の目的地はある。
「あの人一人って事……ないよね?」
確かに。王河が一人でリゾートに来るとは思えない。
「……そういえば、スティーブってダイビングもしてたような……」
拓斗が頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「なんか、すげーやな予感……」
「大丈夫。別の島だもの。僕らは初心者だし。ダイビングのポイントだって、重なる分けないよ。案外、彼らのハネムーンだったりして」
そうだよ。王河はやっと手に入れたんだ。あの複雑な暴君を。
どんなに似合わなかろうが、蜜月はあの二人にもあるだろう。
黒目がちの瞳にほほえみが浮かんだ。
「気にしない方がいいか……」
「そうそう、僕らは僕らの蜜月を楽しもう」
1時間ほどでホテルの島に着く。
ビアドゥは、ダイバーが好んで使うホテルだそうだ。
麗花も言っていたように、ダイビングのポイントが近間にたくさんあって。
日本人スタッフは居ないものの、日本人慣れしたスタッフは多くいる。
自然をそのまま残しておこうとする作りは、椰子に覆われたジャングルのような小道など、光を遮りすぎる場所もあるけれど。
ひんやりした床材に、ひたりと足をつけると、ああ、リゾートに来たんだなと実感する。
裸足で、素顔で、ゆったりと。
「うひゃー、このベッド見て」
先に奥に入っていた拓斗のうわずった声に、寝室への歩を早めた。
「ダブルだよ。新婚仕様だよ〜〜〜〜」
泣きそうな赤面顔で言われて、僕も絶句する。
キングサイズのダブルベッド一つの寝室は、至る所に花を飾られ、白いシーツの上には、紅い花が模様を描くように置かれていた。ウエルカムフルーツと、歓迎を表すスタッフカード。僕らはそんな指定はしていないので、これも旅行社が勝手に指定したものだ。
いや、清水さんの仕業か?
下調べした段階で、モルディブがゲイのカップルでも蜜月を楽しめるところだとは知っていたが。ちょっと、これは恥ずかしい。
「な、なんか、みんなが俺たちの関係知ってるって事? いやだ〜!」
おたおたと僕を見上げ、拓斗が叫ぶ。
最近ではだいぶ居直りを見せてくれていた彼だが、やはり、辛いのか。
「……もう一部屋あるか聞く?」
伺うように見つめて、切り出せば。
彼はきりりと眉を上げた。
「ごめん!」
いきなりそういうと抱きついてきて。僕の胸に顔を埋め、呟いた。
「俺、舞い上がっちゃって。龍樹さんとのこと、恥ずかしい関係だとは思ってないよ。ただ……」
僕は彼のさらさらの黒髪を指に絡めながらベッドを見つめた。
紅い、紅い花……。
処女が流すと言われている血のようだ。
僕の拓斗にはそんな思いさせないように気を遣っていたので、血を見たことはない。
それでも、その光景は、あの時の苦しそうな彼の表情を思い出させる。
初めての時、どんなに馴らしていても異物感は否めず。痛みは付き物だから。その痛みをこらえ、泣きながら受け入れてくれたあの時を、僕は一生忘れない。
「……龍樹さん……?」
黙っている僕を、怪訝な顔で見上げたところで、唇を奪った。
荒々しく、貪るように。
初めて彼の舌を捉えたあの時のように。
「な、なに?」
とまどいを息継ぎの間に伝えてきた彼を、黙ってベッドに押し倒した。
置かれていた花が微かに音を立てる。
「龍樹……さん?」
僕は彼の呼びかけを無視した。
カッターシャツを押しのけるように脱がせ、ベルトを取り去る。
性急に彼の中心を握り出し、乳首にキスをしたまま扱いた。
「や……」
弱い抵抗は、とまどいに促されただけ。
僕を押しのけようとする腕を封じながら、僕は彼の視線を捉えた。
困ったように見上げる彼は、ほんの少し怯えたような目をしていたので、安心させるために微笑みかけてみる。
「……拓斗が……欲しくなったんだ。君だって、この恥ずかしいベッドを、さっさと滅茶苦茶にしちゃいたいだろう?」
瞬間黒目勝ちの眸が大きく見開かれた。
すぐに微笑みを浮かべ、猫が気持ちいいときにするように目を細める。
たおやかな腕が、僕の髪にからみついた。
「……そうだね。早くこのベッドにマーキングしちゃおう。今日から7日間。俺らの愛の巣だもん」
積極的になった拓斗のキスに主導権をとられまいと僕は握っていた指に力を込める。
「はうっ」
僕の口腔を荒らしていた舌が止まる。
「拓斗……僕の、拓斗……」
彼の感じるポイントを一つずつ崩していき、羞恥も追いやるほどに高ぶらせる。
上気した頬と、荒い息。潤んだ瞳は僕を欲しているのを隠さない。
「ね……早く……」
大きく足を開き、僕を迎え入れようとした。
腹に着くほどに勃起した中心からは、すでに透明な液体が溢れている。
液が伝い落ちた先には彼の秘部が息づいている。
袋をやんわり揉みながら、そこに指を突き立ててみれば。
ビクビクとのけぞり足を跳ね上げ、悲鳴のような喘ぎを漏らした。
グチュッと音を立てるそこは、僕を迎え入れる期待に濡れているわけで……。
「龍樹さん、来てよ。大丈夫だから……。おっきいの、入れて……」
僕に指を絡ませながら、彼は小刻みに腰を揺らした。
「これ……これが欲しい……」
あわててコンドームを装着しようとしたら、手で遮られた。
「生でしたい……。今日は、生の龍樹さんを味わいたいんだ」
身を乗り出して、僕を銜えた彼は、しゃぶりながら僕を上目遣いで伺った。
「俺がヌルヌルにしてあげるから……早く入れてね。いっぱい突いてね」
舌が話すたびに僕の先端を叩く。
「あ……ああっ拓斗……」
ゾクゾクと背筋を走る快感に、僕の理性ははじけ飛び。
僕をほおばり、舐め続ける彼を押しのけた。
そのままのしかかるようにして彼の足を持ち上げ、柔らかく僕を招く蕾をこじ開ける。
「お望み通り、生で、入れてあげる……」
グイッと彼を貫いた。
「ああっ!」
痛そうな悲鳴に、ほんの少しばかり申し訳ない気もしたが。僕はさらに腰を進めた。
僕だってきついのだ。拓斗のそこは、何度貫いても、最初がきつい。完全に繋がるためには、念入りにほぐす必要があるのに。
「君が……急がせるから……。ほら、もう少し力を抜いて」
慰めのキスを与えながら、彼の限界までふくらんだ怒張をやんわり握った。
「ああっふ……う……。龍樹さんの、おっきい……」
泣き笑いの瞳に、クラクラする。
かわいくて、綺麗で……、怖いくらいに大切で。そのくせ、壊してしまいたいくらいに純で。
「拓斗のここは……狭くて、気持ちいい……」
何度か出し入れしながら根元まで押し込んだ。
「全部、入ったよ……」
持続のためのインターバル宣言をそう伝えた。
「……うれしい……」
堅く背を抱きしめてくれる腕に、脚に、僕の心が戦慄する。
単純な神経単位の快感ではない。僕を受け入れて、抱いてくれるこの腕が、秘部が、愛しくて、うれしくて。
熱い肉襞が、うねうねとからみついてくる。
「ああ……いい……」
「そろそろ動いていいよ?」
頬を染めて、誘う彼に口づけた。舌を絡め、甘く甘く彼を味わう。
ゆっくりと腰を揺らした。グチュ、ヌチャと響く音が淫猥で。拓斗の締め付けがリズミカルに僕を絞って。
「拓斗……君のここ、すっかり僕を覚えたね」
耳を甘噛みしながら囁いてみれば。キュウっと拓斗の秘部に力が込められた。
「龍樹さんの形しか、ここは覚えてないもの。龍樹さんだけ……だよ?」
黒い瞳が僕を眺める。
信じてないの? 信じてるの? そんな風に、揺れて。
「君と僕は鍵と鍵穴の関係だね。他のものじゃ合わない……」
何度か抜き差ししてみる。熱くからみついてくる感触が気持ちいい。拓斗のアヌスは本当に、僕にぴったりなんだ。
くすくす笑いながら拓斗が腰を揺すった。
「俺が鍵穴だね?」
「言ったでしょ? どっちでも良いって。……してみる?」
冗談でいったのに、拓斗は真顔になってしまった。
「……だめだな。俺、龍樹さんをよがらせる自信ないもん」
「よがらせてるじゃない、十分に……」
一瞬自分を引き抜いて、彼を僕のアヌスにくわえ込んでやろうかと思ったけれど、思い直して深々と突き込んだ。
「あひぃっ」
ヒクヒクと痙攣する様子では、延髄まで犯し切れたか。
「君は、君だって言うだけでどんな事しても僕をよがらせることが出来るんだよ。わかった?」
瞳が陶然として焦点を結ばなくなっている彼の根元をぎゅっと握りしめ、せき止めた。
「ねえ、わかった……?」
深い突き上げを繰り返すことで返事を求める。
「ああ……も、もうっ……!!」
僕の背に爪を立て、しがみつきながら泣き出した。
「わ、わかったから……ああ……ううっおねが……い、いかせてっ」
熱く熱く彼を犯す。
少し意地悪しすぎたかな。
でも、イイだろう?
ほら、苦しいくらい我慢して、解放したときの安堵感と言ったら……。君の弛緩した体を抱きしめて、汗で貼り付いた髪をすきあげて……見つめていられる幸せは、誰にも譲れない。
「龍樹……さん……」
すがる瞳で僕を見上げた彼の額にそっと口づけた。
「ごめん、ひどくした……」
冷静になってみれば、謝りたくなるような惨状を、拓斗は呈していたから。
彼のそこは、傷つき、真っ赤に充血していた。
「ひりひり……してる?」
「大丈夫。俺が望んだんだから」
そんなに優しく微笑まないで欲しい。また酷くしてしまいたくなる。
「それでも、理性をとばしちゃった僕が悪い。大事にしたいのに……僕は、馬鹿だ……」
「龍樹さんの感触意識したまま歩くのって、ドキドキする」
拓斗の脚が絡んできた。痛みを感じるほどに酷使した腰は大丈夫なんだろうか。
「お尻がジンジンしてるのが嬉しいんだよ」
僕の心配を汲み取った台詞を囁きながら、悪戯っぽい笑みで、僕の頬にキスをして。
「……だっこ」
だるそうな腕がからみついてきたので、望み通りに抱きしめる。
「次は、お風呂にマーキングだよ」
「中出しした分、お風呂で洗わなきゃね」
拓斗を抱き上げて、口づけ、囁いた。
「僕にやらせてね。痛くないようにするから」
ああ……ずっとキスしていたい。唇が腫れるくらいに、いっぱい……。
お互いの体を知り尽くしながら、まだ足りない、もっともっとと心の奥が騒ぐのはなぜだろう?
酷くして、傷ついたそこを触れることも快感なのだ。
僕が作った、傷だから。
危ない考え方なのに。
彼の呻きを楽しみながら、肉襞をかき回した。
僕のラブミルクが出てくるたびに、にやけてしまう。
「龍樹さん……変態くさいよ、その顔。綺麗だけど……」
鏡に映り込んだ僕を、拓斗が観察していた。僕は鏡に向かって微笑んでみせる。
「君のお尻から、僕のが出てくるところをじっくり観察するのが嬉しいんだもの」
「ばか……」
鏡に映った拓斗の顔は、卑猥なほどに甘い表情をしていた。
誰にもみせられない。こんな拓斗は、門外不出だ。絶対に。
「君の、そのエッチな顔が治まるまで、少し休もうか」
きれいに洗い流してからバスローブでくるみ込んだ。
バスタオルを敷いて、汚れたベッドに倒れ込む。
一休みしたらシーツを取り替えてもらおう。
チップは少し多めに。
僕らの幸せ気分を少しだけお裾分けだ。
その日の夕食はカレーがメインのバイキングの日。
様々な香辛料や素材のカレーは、インド料理屋などで見かけるスタイルだ。
「麗花さんが言ってたやつってこれかな?」
「たぶんね。その日その日で、スタイルは変えてるらしいし。ほら、食べる客はほぼ同じなわけだから、同じメニューにならないように気を遣ってるんだよ」
「ふうん……。じゃ、今日のカレーは二度食べれないわけだね。心して味わっておこうっと」
拓斗は手ぐすね引いて料理の山を見回した。
元気だなぁ。さっきまでヨロヨロしてたのに。
「拓斗君、あんまり辛いの選ぶと、後で辛いよ」
そっと囁いてたしなめる。今日は僕が傷つけてしまったから、辛いものは禁忌なのだ。
「お尻……出すときにひりひりするからね」
ウッと顔を真っ赤にして硬直した。
かわいいんだから、もう……。
「僕がお毒味役になろうね。ちょっと待ってて」
そうして料理を一周した。拓斗には、見るからに辛みとは関係なさそうなものだけを自分でとらせて。
テーブルで、確認しながら教えていく。
二度目は自分でとってきて楽しんだ。
ほろ酔いになる程度のカクテル。
さわやかな辛さのカレー。甘いフルーツ、バランスの良いデザート……。
欧米の人たちが多く訪れる楽園は、食に関しては欧米化されていた。
欧の影響が強い方が、味の感覚としては歓迎できる。
濃いミルク味のジェラートを口に含んで、拓斗がうっとりと笑う。
卑猥な、甘い顔で。
「拓斗君、それ、ちょっとエッチな絵だな」
「だって、おいしいんだもん」
フフフと微笑みあっていたら、小さな音が聞こえた。
パシャッっと。フラッシュはあちこちでたかれていたし、きっと誰かの写真の音。
しかし。
二回目にフラッシュが光ったときには、僕は立ち上がっていた。
確かにそのフラッシュは僕らに向けられていたからだ。
見知らぬ日本人女性がカメラを構えて僕らを見つめていた。
「君、断りもなく写真撮るなんて、失礼じゃないか」
拓斗はもう俯いてしまっている。
さっきまであんなに嬉しそうだったのに。
心持ち顔色も青ざめていた。
「フィルム、よこしなさい」
女性はごまかし笑いをしながら後ずさった。
素材:トリスの素材市場