Heavenly Blue
第四回

 麗花は居場所を探してるんだ。
 店を手伝うのは、僕のところを宿にしているから。
 宿代代わりではなく、存在価値をアピールするため。
「手伝ってもらえるのはありがたいけど、麗花は何もしなくてもここにいて良いんだよ?」
 旅疲れだって残ってるだろう。
 いろいろ考えを積むのに、時間は必要だ。
「……何もしないでいい期間も、あって良いはずだと思うけど?」
 それに対する応えは、くすっと唇をゆがめてのため息混じりな笑みだけ。
「麗花?」
「何もしない期間て、あまり長くてもダメなのよ。腐っちゃうもの」
「だって、麗花さん、あっちでずっと仕事してたんでしょう?」
 拓斗が不思議そうに尋ねた。
 そうだよ。僕らが世話になったとき、バカンス客でほぼ満室だったはずだ。そうでなければ、母を自分が使っていた部屋に通すわけがない。自分はメイド部屋へ移り、母を泊めたのだから。
「夏が終われば、暇にもなるしね」
 秋だって良い場所なのになぁ。
「火事って、いつのこと?」
「……先月あたま」
「一ヶ月以上も前じゃないか!」
 なんですぐ知らせないんだ? なんて僕が顔に書いていたからか、麗花はまた寂しそうにくすっと笑った。
「遠くにいる人にまで知らせて騒いでも仕方ないわよ」
「だって……」
 泣いていたのに……。
「ぁ。火事のせいで泣いてたんじゃないからね」
「……うん。だよね」
 そうだな、麗花はそんなことでは泣かない。
 かえって頑張っちゃうタイプだもの。
「火元は何だったの?」
「うーん、多分客の寝煙草……だわね」
「素敵なペンションだったのになぁ……」
 ポツッと呟いた拓斗は、僕らの思い出の場所が、一つ消失したことを惜しんでいるようだった。
「あのさ……」
「ん?」
「なんで泣いてたのか……聞いちゃダメ?」
「ダメ」
 唇をとがらせて即座に答える麗花は、強固な鎧を着込んでいるようだ。
「……人に話せるほど、整理できてないの。悪いけど」
 苦渋に満ちた言い様に、僕と拓斗は顔を見合わせる。
「ま、まあ……そうだよな」
 とってつけたような口振りの拓斗に、僕もうなずきあわせて、とりあえずは麗花の希望を叶えようと思った。
「……何かしていた方が気が紛れるというのなら、店、手伝ってよ。麗花ならお客も大歓迎かも」
 気遣わしげなほほえみを浮かべた拓斗もうんうんとうなずいた。
「ごめんね。心配してくれてるのに」
 麗花のほほえみが弱々しいのには閉口する。
「いいよ、べつに。麗花が元気になってくれれば、良いんだから。話した方が、元気になるときが来たら教えてよ」
 軽く目配せをして、麗花に微笑みかけた。
 こういう瞬間にほんの少し拓斗は泣きそうな顔をする。焼き餅……なんだろうな。
 彼にストレスをかけて居るんだという自覚はあるけれど、やっぱり妬いて貰えるのは嬉しいものだ。もちろん、後でフォローはしておこう。一番近くにいて欲しいのは、彼なんだから。
 麗花はそんな僕らの気持ちを気づいて苦笑した。
「全く、どこまでも妬けるわね〜。ちょっとむかついてきた……」
 言いながら、テーブルの隅に置いてあった手紙を手に取った。
「あ」
 拓斗が小さく叫ぶ。
「なにこれ? 旅行の招待?」
「あ〜、うん」
「いつ行くの?」
「……まだ決めてないよ。ハネムーンの時の長期休業で懲りちゃって、休み取りにくいんだよね」
「モルディブかぁ……いいなぁ。ビアドゥって、ハウスリーフ持ってたわよね。近まで綺麗なお魚、見れるわよ〜」
 拓斗の鼻先で旅行社の手紙をヒラヒラさせてウィンクする麗花の様子は、まるでいたずらっ子だ。
「麗花さん、行ったことあるの?」
 好奇心でキラキラした拓斗の瞳って、本当に綺麗で。拓斗にこんな顔をさせることが出来るのなら、即旅行に……などど思ってしまった。
 ああ〜〜、本当に休みたい。
 麗花は、クスッと寂しげに苦笑して、首を横に振った。
「ここのカレー、美味しいんですって。前につき合ってた人がダイビング好きで教えてくれたのよ。一緒に行こうねって言ってたんだけどね……」
 う。僕の知ってる限りで、ダイビング好きとつき合ってたなんて、聞いた覚えがない。
 定期的に送られてくるメールでは、常に恋人関係についての報告が書き込まれてたのに。
 一度も目にした覚えはなかったのだ。
「麗花……それって何時の話?」
 マズいという顔で口を引き結んだ麗花は、グイッと僕に手紙を押しつけてきた。
「いつでも良いじゃない。それより。行って来れば? 私がいるうちに……」
「え?」
 きょとんとした拓斗が僕を見た。困惑してる。
「店、休まなきゃいいんでしょう? 私がその間やっておくわよ」
「だ……だって……」
 龍樹さんの味が……と、拓斗が呟いた。
「たーくーとー、あたしの料理食べたことあるのに、そう言うこという?」
「コーヒーだけは、麗花さんと龍樹さんだと味違うもん」
 必死に言う様子は、僕を幸せにした。
 僕が一番だと、言ってくれてるんだね。
 うっとりと彼を見つめ、一瞬状況を忘れる。
「龍樹、何テント張ってんのよ、いやーね」
 麗花の声で、気づきハッと顔を上げたとたん、ぱかっと小突かれて慌てる。
 麗花の横の、拓斗の呆れ顔に僕は縮こまった。
「乙女の前で朝っぱらからさからないでよ。本当に困った子達!」
「たったちってなんですかっ? 俺は別にっ」
「テントの原因はあなたでしょう? だから連帯責任よ」
 ううーっと唸り、真っ赤になってしまった拓斗。
「ていうか、麗花、乙女はちょっと……にあわな」
 今度はグーで殴られた。
「うるさい! 行くのっ? 行かないのっ?」
 避けようと思えば避けられるけど、こういうときに殴られてあげないと、麗花はよけいにいきり立つから。
 僕は拓斗に伺いを立てた。
「……どうする? 学校、休み取れるかな?」
「で、でも……」
「今から連絡して、多分向こうが空いてれば即行手続きできるはずよ」
「え、そうかな?」
 モルディブってビザ要らないんだっけ?
「パスポート、期間残ってるんでしょう?」
「う、うん……。10年ものだから……」
 麗花に気圧されたまま、ぼそぼそと返事をする拓斗は、目が回ってしまったと言わんばかりの態度だ。
「今からすぐなら、学校だって休みじゃないの? どうせ、拓斗なんて、学校の友達との予定なんて入れてないんでしょ。龍樹がうるさいものね」
 ううっ。
 歯に衣着せない麗花の言い様は、でも、図星。
 確かに、拓斗は結局最終日である今日を欠席し、冬休みに入っていた。年末年始とゴールデンウィークは除くと言う話だが、今からすぐなら、その期間にも引っかからない。
 案じていた店番は、最強の助っ人。
 これは、もう、もう、行くしかない?
 僕は早速封筒を手に取った。
「電話してみる」
 がばっと拓斗が僕を見上げる。
「賭けだね。電話して、出発可能なら、「行くべきだ」と神様が肩を押してくれたんだと思おう」
 拓斗の瞳に微笑みが浮かぶ。
 そう、僕らは行きたいのだ。結局は。



 

  



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