Heavenly Blue
第三回

 おもむろに拓斗が麗花の頭を撫でた。
「麗花さん、えらかったね」
 子供に言うようにそんなことを。
「……なんのこと?」
「今までのこと。全部、一人で終わらせてきたんだろ? だから……」
「……何にも知らない癖に……」
 呟く麗花の髪に指を絡ませて苦笑する。
「うん。でも、わかるよ。何かを終わらせてきたんだなってことは。俺に何か手伝えることあればよかったんだけどなぁ……ごめん」
 拓斗の優しい眼差しが麗花に向けられているのはあまり嬉しくない。が、誇らしくもある。彼が選んだのは僕なんだから。
 麗花は飛行機の中でも泣いていたのかな。
 ずっと、ずっと泣いていたのかな。
 一緒に住んでいたときに、泣いてわめいて僕に慰めを求めてきたのは誰かに裏切られたとわかったときだったよね。確認して、話し合って、再構築は不可能だってわかってから、麗花は泣いた。僕はただ、彼女の肩を抱いて傍にいることしかできなかったけど。
 それでいいんだって思ってた。
 僕らはただ抱きしめ合って眠ったっけ。お互いの心臓の音を聞きながら……。
 本日のスペシャルであるドライフルーツケーキの紅茶ムースと生クリーム添えを5皿、カウンターに並べながらそんなことを思い出して。
 麗花が僕に電話をくれたわけがわかった。今度は拓斗がとりあえずの役目を果たしたってわけだ。
「5番6番のスペシャル上がりだよ」
 拓斗はすぐに立ち上がると指定のテーブルに運んだ。
「あの子……やっぱり龍樹にはもったいないわね」
 拓斗の耳に入らないところで麗花が言う。笑いながらだから僕は突っかかるのをやめた。
 言い方によってはかなり腹立たしい台詞だったけど。
「……だろ? だから執着してるんだよ。絶対手放せない」
「二度目はないわよ、きっと。大事にしなさい」
「うん」
 麗花は小さく溜息をつくと立ち上がった。
「少し休ませて貰うわね」
「うん、その方がいい」
 客達の視線が麗花の動向に集中した。カウンター奥に入っていく彼女は、確かに好奇の対象だろう。
 今夜は麗花の好きなものを作ってやろうなどと考えながら仕事の手を早めた。
 
 
 
「身内っていないの?」
 風呂上がりの上気した頬が可愛い拓斗がいきなり言う。バスローブを着込んで、タオルを首にかけたまま冷蔵庫のビールを手に取った。
 とっくに風呂を終えてパジャマ姿になっている麗花に一缶渡し、拓斗は自分も美味そうに呑み込んだ。喉の動きが扇情的で、麗花だから安心という思いとは裏腹にバスルームに行くのが躊躇われ、僕は二人の様子を見つめていた。
「伯母が北海道にいるわよ。でも嫁入り先だしね。転がり込むには不向きかなぁ」
 のんびり缶を見つめながら麗花は苦笑した。
「そんなに親しくないしね。ずっと連絡してなかったもの」
「あ、そういう意味じゃないんだけど。久しぶりに帰ってきたばっかりだし、連絡とかしたのかなって……」
 拓斗が真っ赤になって言い募った。
 あんまり僕が迷惑そうな顔したから、麗花も考えちゃったのかなぁ。
「あなたは親族居ないんですってね」
「……うん。まあ、遠縁とか辿ればいるのかもしれないけど。積極的に探そうって気にはなれないな。じいちゃんの葬式とかでも、親族って言う親族居なかったしね。うちって早死にの家系なのかも」
「しっ。誰かさんがよけいな心配し出すわよ」
「あっ」
 麗花の目配せで二人の視線が僕を見、拓斗の大きな黒目が見開かれた。
「……いたの? 風呂は?」
「……これからはいる」
「あのさ、龍樹さん、俺は大丈夫だからね。医者と一緒にいるんだし。事故だって多分一緒の時だよ。俺がやばいときは助けてね」
 にっこり。
 そりゃあそのつもりだよ。僕に出来ることなら何だってやるよ。
 でも……
「来て。拓斗君……」
 両手を差し出し、彼を求める。
 困ったように麗花を横目で見て、それでも彼は僕の腕に収まってくれた。
 麗花は笑ってる。
「さすがに私、疲れたわ。先に寝るね」
 手をひらひらさせて毛布をかぶった。空調はやや暖かめ。
「お休み……」
 僕は部屋の照明を落とし、拓斗を脱衣所あたりまで連れ込んだ。
「俺、もう一度風呂はいるのは……」
 抱きしめて、口づけをした時点で彼は僕の腰を抱いたまま困ったようにつぶやいた。
 バスローブ越しの彼の肉体の感触は暖かく柔らかく……
「そうじゃない。そうじゃないんだ……」
「龍樹さん、俺、そばにいるから。おいてかないから……ね?」
 彼の家族が事故で突然この世からいなくなったとき。彼も僕にしがみついていた時期がある。
 僕は怖い。この人を失うのが……怖い。
 拓斗の家族の様にこの恋人が突然いなくなってしまったら、本当に気が狂ってしまうかも知れない。それとも、喪失感でふぬけになるか……。
 いずれにしろ、まともな人生を続ける気も起きないだろう。
 もう一度強く抱きしめる。頬をすり寄せ、彼のぬくもりを確かめて、僕はつかの間の安堵感にため息をついた。
「ベッド、先に暖めておいてくれる?」
 拓斗がホッと吐息して、僕にちゅっと口づけてきた。
「寝ないで待ってるからね。早く来てね」
 バスローブ越しに腰を抱いてみて、彼が下着をつけていないのを知った。
「いいの?」
「うん。大丈夫。後でって約束したじゃん。普通に……しようよ。ね?」
 可愛くのぞき込まれて、きゅんと身体が締め付けられる。風呂なんてどうでも良くなってしまったのを見て取った拓斗はくすっと笑った。
「後で入ることにする? それでも俺はかまわないよ」
「……僕、揚げ油くさいのに。いいの?」
「龍樹さんだもん。なんか……やっぱ待てないかも……」
 彼はいきなりバスローブを開いた。バランス良く筋肉の付いた裸体が惜しげもなくさらけ出されて、思わず僕は生唾を呑み込んだ。
「た、拓斗君?」
「俺が背中流してあげれば、一石二鳥でしょ?」
 ふるんと勃起しているそこが僕を手招きし、色っぽく唇をなめる様子に、僕の理性は霧散した。
「のぞむところだ」
 堰を切ったように拓斗は僕のジッパーを下げ、シャツを引き揚げる。お互いのそこを見やってくすっと笑う。
 先走りで濡れ光る状態なのはお互い様で。服を剥ぎ合いながら先をぶつけ合って、危うく出してしまいそうになった。もつれ合うように浴室にはいる。
 裸の拓斗を抱きしめ、がっちり堅くなったそこをぐりぐりとこすりつけながら、手探りでシャワーを出した。
 ほんの少しだけ温度を上げる。
 拓斗が手を伸ばしてボディシャンプーを取った。
 僕の身体をなで回すように彼が洗ってくれる。
「んっ」
 ゾクゾクと身体を走る電撃は、彼の手に感電させられたもの。
「拓斗、拓斗! だめ。先に……一度……」
 僕は彼の背を伝って望む場所に指を忍ばせた。柔らかく、また、力強く僕の指を包み締め付ける彼の秘部は、三本目を挿入したときに熱くうねった。
「ああ……!!」
 僕を迎えようと振り上げ絡ませてきた足を支え、一気に挿入する。
 ぐぐっと突き刺すように入れても、彼は嬉しそうにうめいてくれた。雄弁に快楽を望むそこは僕を掴み取るようにウネウネと揉みしだいてくれる。
「い……いいっ! すごい……龍樹さんの……すごいよぉ」
 その言葉に僕はさらにゲージが上がってしまって。
「あああぁっんんっ。お、おっきくなったぁ!!!ダメ、今動かないで! あたってる。そのまんまあたってるよ。俺、俺、いっちゃうよぅ」
 その言葉に僕は思わず彼の根元をギュッと握った。
「あうっ」
 どくどくと膨らみ脈打つそこを堰き止め、突き上げる。
「ひいいっ!! やだぁ、まだだめぇ」
 びくびくと戦慄する身体を壁に押しつけ、言われたとおり突き上げない代わりにぐりんぐりんと腰を回した。
「ああっああっ!っっだめっそれもだめっ」
「ダメじゃないだろう? そんなによがってるくせに。君、すごい勢いで僕を絞ってるよ」
「だ、だからぁ! ゆっくりしてってば。キス、キスしたいっ」
 むしゃぶりつくように僕の髪を掴み取り、唇を併せてきた。舌をのばして僕を求める。
 ああ、なんて君、素敵なんだ。
 初めての時の初な君も、今の淫らな君も、大好きだ。
 思わず手を離して彼の頭を支えた途端に、腹に圧力を感じた。
「あ……あ……あ……」
 瞬間僕をきゅうっと絞って弛緩していきながら、彼は申し訳なさそうに僕を見つめた。
「出ちゃった……ごめん……」
 僕はシャワーの水で薄まった彼のミルクを指で掬い取ると舐めて見せた。
「まだ……いけるでしょ?」
「……明日……学校だよ……」
「だっこしてってあげるから」
 言いながらもう一度腰を回した。
「あんっ」
 鼻から抜けるような声音に同意をかぎ取った。
「僕をイかせて。君の、ここで……」
 雁が顔出すギリギリまで引き出して、彼の肉が追ってくるのを確かめると、もう一度ずんっと突き入れた。
「ば、ばか!」
 とろけた瞳で恨めしそうに言う様子が嬉しくて、額にキスしながら宣言した。
「もう、ダメじゃないだろ? 思いっきり動くよ」
「あああっ!」
 ビクビクと次第に立ち上がり始める拓斗のそこを盗み見ながら、僕はピストン運動を開始した。拓斗は、片手で僕にしがみつき、片手で自分を握ると、自ら堰き止めるように手を止めた。
「熱い……あそこが熱いよぉ。龍樹さんっ龍樹さんっ少し、ゆっくりにして……」
 うん。今度は言うこと聞いてあげる。君のうねりを感じるには時々休まないとね。そっと彼のうなじや肩に唇を這わせながら考えた。
 明日……学校……ね。
 鎖骨に歯を立てた。
「うっ、痛……」
 君は僕のもの。誰にもやらない。分けてもあげない。
「いててっいたいってばっ」
 ぽかっと頭を殴られた。
 同時に強く締め付けられ、顔をしかめてしまう。
「拓斗……キツいよ」
「俺の方が痛いっ。ひどいよ龍樹さん。血が出ちゃったじゃないか」
 涙目で睨まれ、降参。
「ゴメン……ごめんね」
 傷を何度も舐めながら、突き上げた。
「あっふ……。何で大きくしてんの?」
「君が色っぽいから……」
「あんっ」
 甘い声音と一緒にもう一度頭をはたかれた。
「てっ。ひどいなぁ」
「くさいこというからだ……」
 愛しげな口調でそういいながら僕を強く絞る。
「っううっ」
 断続的に僕を揉みしだくそこは、肉襞の全てが僕にからみついてくるようで、くらくらするほどの快感。
「大まじめなのに……。僕の体の反応、判っててそんなこと言うなんて、君は意地悪すぎるぞ」
 ぐんっと引き出してから、もう一度貫いた。
「うあっ」
「お仕置きだからね」
 拓斗の前立腺を押し出すように突き上げる。
 びゅるっと何度も吹き出す白い噴水に気をよくした。
 喘ぎは悲鳴混じりのよがり声となり、甲高くなっていく。
「あああんっ! い、いいっ龍……樹……さっ……いい〜〜〜っ」
 つま先が僕の背中をひっかきはじめた。
 拓斗の指先も僕をかきむしる。
 押しつけられた男根からは、たらたらと出水制限中のように弱々しげに白濁液を漏らし続けている。何度も押しつけるように腰を揺らし、ひくつく肉襞を僕にこすりつけ……。
 仕舞いには全身が痙攣し始めた。
 きゅううっと強く絞られ、観念して自分を解放すれば。
 ぐったりと力が抜けていく拓斗は既に失神していて。
 ずるずると僕の腕から抜け落ちていく彼を抱き直すと、湯船に浮かべた。
 油くさい髪の毛はやはりシャンプーしておかねば。
 全てを処理してから、僕は彼を抱き上げた。



「昨夜はすごかったわね〜」
 麗花の一言が何をさしているかは言うまでもなく。
 朝食の席での発言に、僕らはただ顔を見合わせて赤面するだけ。
「いつもああなの?」
 麗花……お願いだから。
「いつも……じゃありません」
 拓斗がコーヒーをすすりながら答えた。
 耳たぶまで真っ赤にした顔は、昨夜の淫らな表情とは別人の様。
 それがゆっくりと頭を下げ、消え入りそうな声音が発せられた。
「……睡眠のじゃましてすみませんでした」
「あはは。拓斗君の声、凄く綺麗だったからつい。変なつっこみ入れてゴメンね」
 大まじめに謝られて、揶揄するつもりも萎えたらしい麗花は、一緒になって赤面してうつむいた。
 食器のかち合う音や咀嚼の音だけが聞こえる食卓に、僕は鬱々となる。
 空気が重たすぎるのだ。それも、これも、昨日僕が羽目を外したせい。
「あの」
 3人の声が重なって、また沈黙。
「コーヒー……」
 また重なって……。
 ぷっと拓斗が吹いた。
「へ、変なの……俺たち……」
 あっはははと麗花も笑う。
「気が合う証拠かな」
 なんて、僕もつい口に出し。
「コーヒーおかわりいる?」
「頼もうと思ってたとこ」
 拓斗と麗花が声をそろえて、また笑いが湧き上がる。
 何だか好きだな、こういうの。
 そう思いながら追加のコーヒーを煎れた。
「龍樹、店、手伝うわね」
 いきなりの発言に、え? と、手が止まる。
「どうしたの? いきなり」
 尋ねながらも何となく想像はついた。 



  

素材:トリスの素材市場