龍樹&拓斗シリーズ
優しい毒

 

15

「はああっ!!!」
「っ……痛い……? 苦しい……かい?」
 俺の悲鳴のせいで、龍樹さんの声が心配げなものに変わった。
 俺は痛みに押し出された涙をふるい落とすように頭を振った。確かに痛いのも苦しいのもあったけど、さざ波のように押し寄せる不思議な感覚の方が俺を支配していたから。
 痛みに強張らせた肩に、背に、脇に首……。優しいキスを振りかけられながら囁かれた声音は低く温か。
「拓斗……力……抜いてごらん……そう、もっと……」
 言われたとおりに力を抜いたら、少し楽になった。肌に触れる感触で、龍樹さんが根元まで入り込んできているのが分かるくらいに余裕が出て来て。
「あ……ふ……」
 溜め息みたいな喘ぎが口をついて出て、慌てた。恥ずかしくって、逃げ出したくなって腰を引いたらしっかり龍樹さんに押さえられてしまった。けれど動いた瞬間にまた新たな快感が……。
「あんっ」
「うっ……ん、……いいよ。それでいい……」
 声と同時に龍樹さんが動き始めた。途端に俺の末端の神経まで弱電流が走った。何度も何度も、それこそ寄せ来る波のように。抑えきれない声が歯の間から漏れてしまう。
「はあ……あ……んんっ」
 目眩がする。
 俺は本当にどうかしてる。
 いくら綺麗で俺をドギマギさせても、龍樹さんは男で。俺も、ちゃんとした男で……。それなのに、俺の中には熱く脈動する彼がいる。彼を飲み込んだ俺は新たな快感を知って、受け入れる苦しさを心の隅に追いやってしまった。
 何度も仕掛けられるディープキス。唇と舌で俺をイかせて、あげくに一番憚るような場所にまで舌で愛撫してきて……。恥ずかしさと快感でとろけた俺を俯せにさせて、彼はとうとうその猛る肉杭で貫いたのだった。
 突き入れられ、引き抜かれる感覚は、そのたびに俺を変質させて行くほどの新しい快感で。痛みや重苦しさは最初だけ。心が麻痺していき、俺の喘ぎは甲高い叫びに変わっていく。
「はあんっ……あっあっあっ……ああっ」
 後ろから責められながら、俺自身は龍樹さんの手で優しく弄ばれていて……。体中に与えられる異なった快感が、ぶつかり合い、せめぎ合い、俺の意識を取り込んでいく。
「んっんっ……んくっ……んっんっ」
「あ……あぁ……んんっ……い……いいっ……」
 俺のじゃないみたいな声。甲高く、悲鳴のような声を、龍樹さんのほんの少し苦しげな息づかいと一緒に、酔っぱらっている時みたいな間遠な感触で意識していた。
「拓斗……感じてる? ……僕を……感じてる? ああもうっ……だめだ……っっ」
 言った途端の衝撃。俺の中を熱風が突き抜けたような。押し込まれてくる力が俺の体内ではじけて……。
「っひ…………」
 声にならない悲鳴を上げながら俺自身は龍樹さんの手の中で放っていた。体中が痙攣して……、瞬間龍樹さんの大きさを意識した。
 ああ……、俺、ホントに龍樹さんとしちゃったんだ……。
「あ……あぁぁ…………」
 力が抜けていく。
 俺の中で熱い思いを吐き出した龍樹さんは、一緒に果てた俺と重なり荒い息をついていた。
 やがて彼はふっと深く息をつくと、抜き出される時の名残惜しげな快感を俺に教えて、密着するように横たわった。腕だけが俺を抱くように背中に残され、ゆったりと息を整えるようなリズムで撫でている。
 それがまた心地よくて……。
 満足げに閉じられた瞼には長く自然にカールされた睫。そんな彼を、綺麗というより可愛いと思って見つめている俺がいる。
 これからどうなっちゃうんだろう。
 だって俺は……まだこだわってる。
 龍樹さんは、俺に女みたいな姿勢させて……。そういう風に受け入れさせて……。ほんとを言えば、予定外。男同士ってどんな風にするのか分からなかったけど。俺、男だから……。あくまでも男だからって思うと……なぁ……。
 触られるのも、キスするのも……龍樹さんなら嫌じゃない。でも……、どっか間違ってるっていうか……。
 俺の好きは龍樹さんの好きとは違う筈なんだ。愛してるって思うそばから、それは龍樹さんとは認識の違うもので、後で勘違いだったって思うかもって……。
 そんなこと考えてたらいきなり戦慄が走った。耳の中に舌を入れられ、熱い囁きが吹き込まれたんだ。
「素敵だ……、想像していたより、ずっとずっと、素敵だった……。君を……一生離したくない」
 俺を優しく見下ろした龍樹さんは、俺の敏感な場所を唇でたどりながらもう一度と強請るキスを唇に伝えに来た。
 とっさに顔を背けた。
 苦笑の溜め息が聞こえた。
「やっぱり……後悔……したの?」
 悲しい笑みが、瞳に浮かんでた。
 俺の態度が、反応が彼を傷つける。そうして付けた傷が、俺を同時に切り裂いていたのに、それを抉るように龍樹さんが言い出した。
「君のボランティア精神につけ込んで悪かった。……けど、僕が君を好きでいることは許してくれるよね?」
 縋る声に俺は……。更に大きく切り裂かれた。
 戸惑いや、常識や、プライドみたいなもので出来た俺という外殻。切り裂かれたその中から本音が突き上げるように飛び出した。
「ごめん……!」
 俺は彼を抱き締めた。
 引き締まった筋肉の隆起は、滑らかな肌に硬い起伏をつけて、俺の指を食い込ませない。滑り落ちそうな感じで縋った。そうして彼にしがみつけば、俺をまだ欲しがっている熱い彼が俺に触れ……。俺のもはっきり判ってしまうほどに固くなってた。
 俺はもう、この人に捕まってる。とっくに。
 こうして触れ合うことを暗に望んでいたかもと思うほど。
「ボランティアなんかじゃないっ! そんなんじゃないよっ。龍樹さんは……、俺を狂わせる。こんな気分にさせるの、龍樹さんだけだ」
 そう告白した俺の髪にキスを降らせ、俺の耳たぶを咬みながら囁いた。
「初めて逢ったときから……。ずっと君に恋してた……」
 多分俺も……。あの瞳が怖いって思ったのもきっと……龍樹さんとならそうなってしまうだろうと……。
 だから俺は、ためらうのをやめて、俺も、と口づけた。
 龍樹さんの手が俺をまさぐり始めた。指の動きとキスと愛撫。全てが熱い。
「熱……あるのに……」
「汗かけば退くさ。……こんなに感じやすい君を熱なんかのために諦めるなんて、出来ない……。絶対出来ないよ……」
「は……んっ……」
 遠慮を捨てた龍樹さんは、結構強引。さっきまで龍樹さんがいたところに指を入れられて、思わず声を上げ、しがみついてしまった。
「もうっ………………」
 龍樹さんの指は生き物みたいに俺の中で蠢いてる。舌で乳首を転がされて、こんなに感じるものだったのかと改めて驚いた。
 既に何回目か分からなくなってる俺の欲望のたぎり。龍樹さんの愛撫によって引き起こされて、血潮が俺の中心に集まってしまう。
 硬くなった俺を熱く柔らかい湿った感触が撫で上げる度、解放を求めてどくどくと脈打つ。
 龍樹さんが俺のを口に含んで絞り出した。ゾクゾクと背筋を走る快感がそのまま龍樹さんに与えられるもう一つの快感を予想させる。
 俺をかき回す指が増えた。
 無理矢理押し広げられる痛みと一緒にうれしさが身体を走る。
「はあん…………」
「まだ、イっちゃだめだよ……。まだだ……」
「ああっんんっ。お願い……龍樹さん……もうっ」
「だめ……もう少し……」
 俺の喘ぎと鼓動が速度を増して体が熱くなり、感覚を追い求めることだけしか考えられなくなったとき、指を抜かれて戦いた。
 無意識の内に捕まえようとそこを震わせたのに、どんどん指は出て行ってしまって。
「……あっ! やだっ」
 このままじゃ嫌だ。今のままじゃ俺……。
「欲しい?」
 甘く意地悪な響き。優しく舐めてくれていたのに、根元を押さえたままそっちの動きもやめちゃって……。とろけて力の入らない俺は緩んだ涙腺から涙を、龍樹さんに手放された俺自身からは別の涙を漏らして龍樹さんを見上げてた。
 ああ、欲しいよっ!
 途中でやめるなんて酷いぞ。
 そんな悪態を付いてやりたいのに言葉すら出す力を失ってしまって。
 彼は俺に意地悪してるくせに、優しく愛しげな瞳で覗き込んでる。それはあの縋るような色で潤んでる。
「辛い……でしょ。言って、欲しいって」
 俺のこと試してるの?
 俺は喘ぎだけを聞かせてやって、返事はしなかった。
 だって……言いにくいことだよ、それって……。
 入れて、とか、頂戴とか。安っぽいポルノみたいな台詞、言えるかよぉ。
 焦れた龍樹さんはせがむように俺の瞳を覗き込んできた。
「ねえ、言って。君の口から聞きたいんだ、僕のこと欲しいって……。君の中に……入りたい……もう一度……」
 龍樹さん……あんたって人は……。あくまでもそういうことにこだわるんだね。
 そんなに不安……? ここまでしておいて。
 分かったよ。今日は龍樹さんのための夜だもんね。
 恥ずかしいけど頷いた。
 恥ずかしさより何より、今は欲しかった、てのが本音かもしれないけど。
「うん……欲し……い……」
 やっと言えたその言葉。言ってしまえばもう何も考えなくてもいい。
 だから俺も龍樹さんに手を伸ばし、視線を絡ませたまま硬くて大きな彼を握りしめた。
 手の中でビクビクと動くそれは、ギリギリの我慢のあげく漏らし始めたらしい先走りでぬるっとしてて。熱くて動悸が激しくて、俺の心臓と同じリズムを刻んでた。
「龍樹さんが……欲しい。とっても……!」
「拓斗……!」
 叫ぶように名を呼ばれ、腰を持ち上げられた。龍樹さんのじっとりと汗に濡れた膝にひたりと触り、擦れる熱さに俺は喘いだ。
 指の代わりにあてがわれた龍樹さんに貫かれ……。我慢できずに自分の欲望をほとばしらせながら灼熱の脈動に満たされた感動に身震いした。
「ああっ……ふ……うん」
 体の奥まで龍樹さんが満たしてる。不思議な安堵感が俺に吐息をもらさせた。
「気持ち……いい……。君も……?」
 抱えられてる膝の裏にキスされた。
 足を大きく広げさせられる格好のまま龍樹さんを見上げた。声で返事をする前に再び蘇った屹立が素直な返事をしてる。龍樹さんが俺に入ったまま俺の体を撫でていた。手のひらが乳首に触れるたびにぴりりと小さな電撃を食らう。
 やがて龍樹さんが動き始めた。腸の内壁を擦るようにゆったりと。それは何かを探るような動き。
「はあんっ」
 何度も動いて、俺が敏感に反応する場所をペニスで探り当てると、執拗にそこを突いてきた。
「あんっあんっあんっ」
 突き入れられる度に強力な電撃攻撃を受けた気分。瞬間しびれて目の前がかすむ。けれど、その威力が消退しかけると、もっと欲しくて、もどかしい気分になる。
 俺は……狂ってる。
 スパークした意識の向こうで、もっと感じたくて腰を揺すってる俺を見つけた。
 看病にならないのに、龍樹さんは嬉しそうで、確かに元気になってて……。俺がそうさせてるんだって思うと何だかすごく嬉しくて……。愛しいって気持ち、こんな感じかな。
「拓斗……」
 俺を突き上げながら呼びかける龍樹さんを見上げた。額に汗を滴らせ、苦しそうにさえ見える表情で、それでも愛しげな瞳で俺を覗き込んでた。俺を撫でていた手は俺のペニスを握り、そこを最終地点と決めたらしく何度もしごく。やんわりと、そおっと……。
「ああああっ。ま……またい……いっちゃう……ん……」
「だめ、まだだよ。もう少し……。ほんとに……君は素敵だ……。君を……放したくない。君を知ってしまった僕は……きっと……君を独占したがる。君無しじゃいられない……。僕だけの……君でいてって言ったら、怒る……?」
 喘ぎの間から、そんな台詞を真剣に言う龍樹さん、ほんとに可愛いって思える。変だね。
「怒らな……いよ……」
 こんな事他の男となんかできるわけないよ。龍樹さんだから俺は……。
 突き上げのペースが早まった。俺を擦りあげる手もテンポが上がる。
「あっあっあっんんんんっ」
 目の前で火花が散り始めた。視野が真っ白く白んでいく。体中を光のうねりが包んでいくように。それは龍樹さんの吐息と同じリズム。
 こんなの初めてだよ。こんな風に感じるなんて……信じられない。
「龍……樹……さぁん……はああっいいっ…………ん……」
「いいっ……? ほんとに? ああ、拓斗、拓斗ぉっ…………!」
 突き上げながらうわずった声で叫んだ。
「拓斗っ……!」
 呼びかけに答えようにも、俺の方はもう痙攣が来てて……。
「っ……! た……つき……さ……俺……もうっ」
 イくって叫びそうになったとき、俺の中で衝撃が走った。龍樹さんに撃ち抜かれ、同時に俺も……。
「あ……あぁ……あ……あ……」
 開放感と脱力。熱に浮かされているときのような浮遊感。
「愛してる……君をっ……君だけをっ!」
 折り重なった耳元での囁きに、頷いた。
 龍樹さんを知った俺も……、もう以前の俺には戻れない。
 龍樹さんて人が俺の奥深いところまで染み込んでる。
 抱き締めあいながら口づけを求めあいながら、そんな風に感じてた。確信していたと言ってもいい。
 そうしてその夜は、何度も龍樹さんに愛された。俺が意識をとばしてしまうまで……。