龍樹&拓斗シリーズ
優しい毒

 

16

 窓から容赦なく入り込んで来る日差しに瞼がノックされた。
 思わず呻いてしまう程に、瞼を上げることが辛かった。いや、瞼だけじゃない。怠いのは全身。ほんの少し身を起こすだけでも難業だった。
 目を凝らして見つめた壁のからくり時計はひっそりと眠っていて、まだ起きなくていい時間だよと教えてくれた。
 うーん……ここの窓、東向きなのか……。
 肌を滑る毛布の感触が俺が裸だって事思い出させた。それと、腕の重み。背後から腰に巻き付いてきて、俺が一人じゃないことを主張してる。起きあがって、その存在を確かめた。
 ぐっすりと眠り込んでいるギリシャ彫刻。
 満足げで幸せそうな微笑みを浮かべた寝顔。
 彫りが深く真っ直ぐな鼻筋、高い鼻梁。色素の薄い髪と同じ色の眉は綺麗で優しげなカーブを描いている。
 ああ、睫も同じ色だな。
 日焼けの抜けかけた象牙色の温かな肌はシミ一つ無く滑らか。頬骨が高く、厳つくない程度の肉付きの頬。微笑みの浮かんだ口元は、上下バランスの良い膨らみ加減の唇を引き絞り、バラ色の三日月を形作っている。
 昨日の夜、俺はこの人と……。
 そう思っただけで頭の冷えた俺は、全身に羞恥心が駆けめぐるのを意識した。体中に龍樹さんの感触が残っている。それは仄かな甘さをまとった痺れのような感覚だ。
 恥ずかしい声も、恥ずかしい格好も、恥ずかしい行為も。どれも自分でそんなこと出来るなんて思って無かったこと……。
 なのに、俺の恥ずかしいところを見る度、龍樹さんは喜んだんだ。嬉しいって声に出し、口づけと愛撫で言葉以上の気持ちを伝えてきた。
 龍樹さんてば、もともと体調が悪かったのに、あんなに頑張っちゃって、大丈夫なんだろうか。まあ、顔色は悪く無いみたいだけど。
 この満足げな寝顔は、俺がさせたことだよね。そう思っただけで、世の中で一番恥ずかしい奴だって後ろ指さされても後悔しないなって思えた。
 しばらくの間、綺麗な寝顔を堪能してからベッドを降りると、俺は日差しを和らげてくれる筈のカーテンを引いた。
 ベッドに戻ろうと振り返ったとき。
 内股を伝い落ちる感触に慌てた。
 龍樹さんの向こうの箱ティッシュに手を伸ばした。数枚つかみ取って龍樹さんの愛の印を拭い取りながら龍樹さんを眺めてみた。
 穏やかな寝顔のまま爆睡中の龍樹さんは、全然気づいてない。
 不意に龍樹さんの眉が眉間に引き寄せられた。腕が、何かを探すように手探りを始めて。寝顔が泣き出しそうに歪んだ。
 俺のこと……探してる?
 そわそわと手探る範囲を広げ、探すテンポが速まった腕をそっと持ち上げると、俺は龍樹さんの腕の中に潜り込んだ。
 腕は安心したようにそのまま俺を抱き締め、ホッとしたように溜め息をついた寝顔はまた穏やかな微笑みを浮かべた。
 俺はここにいるから。もう龍樹さんから逃げないからね。
 ああ、親父達が帰ってきたとき、大騒ぎだろうな……。息子に男の恋人が出来たなんてさ。
 そういう考えが浮かんでから、龍樹さんとの関係を続けるつもりでいる自分に気づいた。
 龍樹さんとずっと、一緒にいたい。
 今の俺にはそれが真実。
(ま、いっか……)
 胸の内の呟きはそういう自分への赦し。
 それは俺の口癖になった。

END.