龍樹&拓斗シリーズ
優しい毒
8
ほっぺたに小さな衝撃を感じた。瞼を開けた途端に第二弾。
水…………?
体を起こそうとして縛られているのを知った。
身動きした途端に食い込んできたロープが擦れて痛みが走った。
「うっ……つう……」
目の動かせる範囲で周りを見渡した。
埃かぶった酒瓶の棚。積みあがった木箱。
天井にはパイプが走っていて、その表面に汗がついてた。どこかでピチョンと水の滴る音がした。俺を起こしたのはあれらしい。
倉庫かなんかか?
天井に近いところに細長い小さな窓。明かり取りとしてもおぼつかないくらい小さい。煉瓦積みの壁は埃かカビか、独特の色を失うほどくすんで見える。
首だけ巡らそうとして、後頭部に痛みを感じた。鈍く続く潜在的な痛みが自己主張したかのようにジーンと……。
ああ、葉山さんに殴られたんだっけ……。くっそう、何使って殴ったんだろ……。スパナとか、金槌とか? めっちゃ硬い物だった気がする。
畜生、馬鹿になったらどうすんだよ。あ、これ以上ならないか。
馬鹿な俺、馬鹿な俺。
紅林さんが死んだときのこと考えりゃ、分かりそうなもんだよな。殺されたんだとしたら、葉山さんなんて、すごい怪しいじゃないか。一緒にいて毒盛れるなんてさ、あの人が一番チャンスありそうだもんな。『El Loco』でコーヒー飲んでたっていうけど、龍樹さんが毒盛るわけないし。ナイフ男にだってチャンスはない。
あの茶封筒。手がかりだなんて言ったから……。
本当に馬鹿だよ。俺ってば……。
こんな所に縛っておいて、俺をどうする気だ?
もしかして、死ぬまでこのまんま?
……餓死させられちゃうのかな。それって、俺にとっちゃ一番残酷な手じゃない?
どーせなら龍樹さんが美味しく煎れたコーヒーに、味の変わらないタイプの毒でも入れて欲しいもんだ。それも、たらふく食った後で飲ませてくれっての。
考えながら、俺ってこんな時でも食い気なのな……って、情けない。
でも、紅林さんの殺され方って違うよね。俺に対する乱暴さから比べると、優しくない?
……なんで殺したんだろう。
かたんと音がして俺の考えは遮られた。油差した方がいいぞっていう耳障りな音でドアが開いた。
「目が覚めた?」
「……今、何時ですか?」
「変なこと気にするのね。自分の状況分かってるの? ……六時よ。朝の」
葉山さんは言いながら俺に近づいてゆっくりと起こしてくれた。後ろ手に縛られた腕も、がっちり戒められた脚もそのまんまだったけど、違う体勢にして貰えるのは有り難い。でも、体中が軋むように痛んだ。
「……道理で腹減ったと思った。俺、どうなるんですか?」
「さあ。決めてないわ」
「決めてないって……」
「あなたが変なこと言わなければ、こんな事しなくてすんだのよ」
ほんとだよ。こういうの墓穴堀りって言うんだよな。
「反省してます」
「手がかりって、何だったの?」
「え?」
「一昨日持ってた物よ。何であれが手がかりなの?」
「……紅林さん、マスターの名義で貸金庫借りてたんですよ。一昨日は会えなかったから看護婦さんに預けただけで。見せてもらいに行く途中で葉山さんが……」
そうだよ。あんたが邪魔したんじゃないか。
俺達は同時に溜め息をついていた。
葉山さんはすっと立ち上がった。
「見なくても、大体分かるわ。綾芽は、死んでもあたしを自由にしてくれるつもりなかったんだ……」
そのままふらりと出て行ってしまった。
俺、卒業式も欠席かな……。いや、入学式も永遠に無理かもしれない。どう考えても、俺のこと生かしといてくれるとは思えない。
せっかく早光大に受かったのにさ……。
俺、龍樹さんにひどい事したから罰あたっちゃったんだね。きっと……。