眸はいつもブルー・第4回


「ハチ〜、お腹減った」
 甘え声で訴える天使を、俺はにらみつけた。
「なんにもねえよっ」
 この金持ちな天使は、俺の部屋に着いた途端に冷蔵庫にあった最後の食い物を全て片付けたんだ。
 まあ、ろくなもの無かったんだが。
「コンビニいこ? コンビニ。今頃新しいお弁当が来てるんじゃない?」
 この……クソがきゃ。
 なんとコンビニを知らなかったのだ。このお天使様は。
 身体で返すという理由をつけてカルロや柳沢の制止もきかず家を出たその日。
 安アパートという俺の根城に行く途中のコンビニに目をつけた蓮は、即座に駆け込んでしまった。
 とりあえず何でもそろうこの店の、弁当類に目が行く。
 これは何? アレは何なの?
 そう尋ねながら、レジ脇のおでん鍋の前まで来るとテコでも動かない状態になった。
「あれ食べたい」
「自分で買え」
 天使はあれそれと指さしながら注文を始めた。
 いざ支払いの段になって、クレジットカードを出す。懐から無造作に出されたのはプラチナカード。 本物、初めて見た。
 幾つかの容器に分けられたおでんをぶる下げ、その夜は食うだけ食うと俺のベッドを占領して寝ちまった。
 えっらそうにスプリングが悪いとかぬかしやがって、敷き布団を増やさせたあげくだ。
 俺はといえば、狭い部屋の空いた場所に冬物の掛け布団を敷き、毛布にくるまって寝た。
 そう。身体で返すというのは、けして時代劇で良く出る借金の形に女がやらされるようなアレではない。どうやって返すつもりかは知らんが、全くそんな気配はなく1日が終わった。
 俺は蓮というプラチナカードを持った居候を抱え込んだに過ぎなかった。
 で、朝から「腹減った〜」となる。
 毎日毎日。
「……お前、いつまでここにいる気だ?」
「え?」
 きょとんと俺を見つめる瞳には全く邪気がない。
 天然ボケかもしれないがそういうの程イライラを募らせるものなんだと俺は学んだ。
「身体で返すって、お前、何してくれる気なんだ? 今の状況じゃ、お前はタダの【やっかいな居候】だぜ?」
 途端に天使は表情を固めた。威圧感のある初めてまともに対面したときのように。
「ハチは僕に何も要求してないじゃない。一緒にいてくれるだけでイイという人もいるんだよ?」
 冷たく、悟りきったような言い方だった。
 お前も同じようなことを望んでるんだろう? と。
「……それとも黙って脱いで、ベッドに横になればよかったの?」
 ええと。それって。
「……何で脱ぐんだよ?」
「そんな風にじれて…僕を抱きたいんだろう? やっぱりハチも同じなんだ。他の奴と……」
「はあっ?」
 てーことは何だ。こいつ、やっぱ時代劇の方法をしに来たつもりだったのか?
「バカ言うな!」
 俺の裏返って素っ頓狂な声に天使は何故かびびって後退った。
「そ、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないか!」
 え?
 俺、怖い顔してた?
「……お前が変なこと言うからだ。普通身体で返すって言って家まで付いてきたんなら、それなりにかいがいしく動いてみろってんだ。お前のやってきたことと言えば、コンビニで買い物して、それを自分で食い、俺のベッドを横取りして冷蔵庫を空っぽにしたことくらいだろう? 何を返したってんだよ?」
「じゃあ、要求すればいい。ちゃんと言ってくれなきゃわからない!」
 怒ってるのは俺の方だっての。ギャンギャン声でそんなこと言われたって、俺には何も……。
「お前のビジョンを聞かせて見ろよ。身体で返すって言い出したの、お前だぞ? 俺は最初から……」
 天使の顔がまた変化した。おぼつかない表情で俺を見つめる。
「……僕は要らない?」
「そうは言ってない。身体で返すってんなら返してもらおうじゃないか」
「どうやって? ……する?」
 おいっ。
「なんでそうなるんだよ? お前も働け。バイトだ、バイト。カメラ買えるまで、バイトしろ。ただし」
「ん?」
「プラチナカードも、カルロへのお願い電話も、売りも無しだ」
 本気で金を渡して欲しい訳じゃない。ホンの、いたずら心。
 この金持ち小僧に、労働者の気分を味わあせてやりたいと思ったんだ。
 プラチナカードなんかで買い物するいけ好かないガキへの妬みとか羨望もあったかもな。
 多分、あのカードで、俺の必要なカメラ機材は簡単に買えちまうんだろうから。
「売りなんて、しないよ。そこまで好き者じゃないもの」
 フッと笑った天使の顔は、妙に大人びて見えた。
「そういや、お前いくつだ?」
「……十五」
 うーん。じゃあ、高校生バイトあたりがやれる仕事しかねーな。
「……学校は?」
「家庭教師がいたもの」
 過去形かよ。
「スキップして学位取ったからもういいの」
 ………………。
「踊って取れる学位って、何学だ?」
「ばか。飛び級だよ。学位は経済学と色彩学、その他諸々。……ハチって変なの」
「わざとに決まってるだろ? お前だって変な組み合わせ」
 わらっちまう。とんでもなく変な組み合わせだ。
 お互い指さしあって笑って、ハアとため息をついた。
「そういうの、日本の学位じゃないだろ。飛び級制度ないもんな。てことは、お前はここでは高校生がやれるバイトくらいしか職がない。やれるか?」
 厳しいと有名な某ハンバーガーショップにでも行かせようかな。
「やってみる。おもしろうそうだし」
 そりゃあそうだろう。
 普通なら、一生そんな経験無しで生きてく様なおぼっちゃまらしいしな。
 そんなわけで、天使は俺のところに居着くことになってしまった。


  


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