眸はいつもブルー・第3回
天使が俺を誘った部屋は、全く色味のないモノトーンで統一されていた。
眉をひそめて俺を眺める男は、えらくでかい奴だった。
身長……2メートル弱?
ぼんやり見上げる俺だって、普通に背丈はある。
横に天使が立つと、親子のようにも見える。
男は、よく観察すれば、精悍な顔立ちのハンサムだった。
バシッとイタリアスーツで決めた、後ろにひっつめ結いをしたオールバック。
額は秀ですぎずに理知的。髪も眉も飴色の金髪で、瞳だけが深い青だった。
眉の下にすぐ、細められた瞳がある。
鼻筋はかっきり。定規当てたように直線的。
口元はやや薄い唇が固く引き結ばれている。
顎は気持ち割れ気味の頑固そうな様子。
スーツの似合う逆三角形の体躯は多分「脱いでもすごいんです」な感じ。
ぼーっと見とれていたら、天使がさっと俺の腕を取った。
引っ張られながら男の前に立つ。
男は全く表情をださない瞳で、俺を眺めた。
「カルロ、この人、ハチだよ。カメラマンなの」
天使が甘えるように鼻にかかった声で言ったのを、何故か俺はざらっとした耳障りに感じた。
「今はね、カメラがないからただの人」
カルロの片眉があがった。
「ハチにカメラ、買ってあげて」
ざわざわざわっ
俺の背筋が不快に震えた。
「いっ、いらねえよっ」
思わず叫んでた。
何でだろう。
でも……本当に要らないと思ったんだ。
カルロは両眉を上げて俺を見つめた。
がっしりした腕にはぶる下がるように天使がしがみついている。
「ハチ、無理しない方がいいよ? カメラ無いと困るだろう?」
天使の声は、俺に向けられたときだけは甘く響かない。
それがまた不快だった。
「……なんの気まぐれかな?」
低く響いた声が、カルロのものだと気づくのに、数分かかった。
カルロは、声を発したようには見えないほど微動だにもしなかったから。
「……気まぐれじゃないよう。僕のせいで、ハチのカメラが壊れちゃったんだ。だから弁償したいの」
ち、ちがうだろう?
目を剥いていた俺を見て、カルロが笑った。くすっと。
「君、カメラはどれが欲しいんだい? 遠慮はしなくていい。そういうことなら幾らでも買ってあげるよ」
「ほらね、ハチ、今のうちだよ。欲しいカメラ、言ってみて」
「いっいらないんだ。本当に。カメラがダメになったのは俺の責任だしな」
そうだよ。弁償されるいわれはない。
カルロがすうっと目を細めた。
天使はじいっと俺を見つめる。
「蓮、彼がああいってるんだ。放っておいてあげなさい」
プウッと天使の頬がふくれる。
「じゃあいいや。ハチ、いこ」
い、いこって、どこへ?
天使が俺の手を取るとさっさとカルロの部屋から出ようとする。
「まちなさい!」
「お、おい? おい!」
カルロの声を黙殺し、ずんずん歩き続ける天使に引きずられるまま俺は部屋を出た。
カルロの声は怒っているように聞こえたぞ?
「……いいのか?」
「なにが?」
「あいつ怒らせて」
「いいんだよ。関係ない」
天使の方こそ怒ってる。
「……あのな、本当にカメラのことはいいんだからな」
いきなり立ち止まった天使は、くるんと俺の方に振り返ると、腰に手を当てて小首を傾げた。
「お金無いくせに。なんでそんな意地張るのさ?」
「だからって、施しを受けるわけには行かないだろう? 俺は貧乏人だが乞食じゃない」
「チェー、やせ我慢!」
確かにやせ我慢だった。意地張りだった。だが、どうしても張り通す必要があったんだ。
俺のプライドの問題だから。
「こ、この服だって後で返すからな。クリーニングして」
「いらないよ。ハチのサイズだもん、返されたって誰も着ない」
あーぁ、だから金持ちはイヤだ。
内心でつぶやく。
「僕はハチの仕事を邪魔して、ハチのカメラをダメにするきっかけを作った。弁償は当たり前だと思うけど? 施しじゃないよ?」
俺の内心を読みとったように俺を見上げてきた灰緑色の瞳は、何だか悲しそうな光をたたえてる。
「でも、受け取れない。特に、カルロが出すんならなおさらだね」
天使はああと合点したように頷いた。
「僕が返すのならいいって事?」
なんだ、そんなこと? というように顔を輝かせ、天使はまた歩き始めた。
「じゃあ、行こう」
「……どこに?」
「ハチんとこ」
はあ?
「ハチんとこで、身体で返してあげる」
にっこり微笑まれ、俺は立ちすくんだ。
素材提供:トリスの市場