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悲しい試薬・第一回
夏休み間近の七月の金曜日。
一九〇センチと一七八センチの長身カップルは、色違いのシャツとスーツを着て並び、成田空港のロビーを歩いていた。
龍樹はラフな麻混のスーツのオフホワイトにラベンダーブルー、拓斗はインディゴブルーの綿スーツにカドミウムイエローディープ。どちらもスラリとした細身なのは一緒だが色味がまるで違う。対照的な色の組み合わせは服だけではなく、髪、目鼻立ちまで。全てに色素の薄さを感じさせながらギリシャ彫刻のように整った彫りの深い顔立ちの龍樹。柔らかなラインで形作られ、黒髪黒目のくっきりした可愛らしさが前面に押し出された少年ぽい拓斗。タイプは違えど目立つことには変わりなく。すれ違う女性が瞬間立ち止まる。
「……みんな、龍樹さんを見てるよ」
「何言ってんの。見てるとしたら君のことだよ。可愛いなーってさ」
「俺が男だからそうでもないけど、女だったら、今頃何であんなにかっこいい人があんな女と! なんて言われちまうんだろーなー」
「それ言うなら、僕のこと、あいつ上手いことやりやがって、って思ってる奴もいるさ。あーもう、今すぐキスして僕のものだーって叫びたい」
「まーたまた! 龍樹さんの場合マジだったりするから怖い」
隠すつもりはないが、龍樹の態度は普通のカップルの場合でも恥ずかしいものがある。
「浮かれすぎてると落とし穴に填るかな」
「ありうるかもよ。時間までどうする?」
荷物は預けた。出入国カードも書いた。定刻通りの出発なら後二時間はある。
「混んでるから早めに出国した方がいいけど……出ちゃうとあんまりくつろげるとこないんだよね。あ、免税店で買い物、する?」
「特に買いたいものないけど……」
「麗花に土産……くらいか」
「れいか?」
「あっちで世話になるペンションのオーナー。結婚式の手配も頼んだ」
「……女の人?」
「レズビアンなんだけど、友達。最も安全な宿だよ。君にちょっかいだしてくる奴が最小限になるようにね。すごく気持ちのいい人だから。君もきっと気に入るよ」
「……龍樹さんて、人脈幅広いよね」
「そうでもないよ。……一時間くらいお茶してから行くか。カード会社のラウンジなら混んでないだろう」
人混みを見回して呟き拓斗を誘った。
「そういやプロビンスタウンって、何?」
「ニューヨーク近辺の同性愛者のメッカって事になってる。岬の突端の町で、夏場はみんな一夏のアバンチュール目当てに集まってくるんだ。カリフォルニアほど派手じゃないけどね」
「そういう人ばっかりの町なの?」
「そうなっちゃって嫌だなって思ってる人もいるかもしれないけど、町の観光収入はそれで支えられてるからな……。言っちゃえば、よくあるナンパ橋みたいなもんでさ、ある程度の数集まればそれがまた同類を呼ぶんだな」
「出会いを求めてくる人達か……」
「……アメリカでもゲイは殴られるために存在してるって思ってる奴もいるから。確実な出会いの場所はどうしても人を集めてしまう。……僕が麗花のペンションを選んだ理由、分かった?」
「結婚式出来るって言っても、場所が限られちゃうって事だね。あんまり行きたく無くなっちゃった」
「……大丈夫、僕が守るから……」
「俺のことより、龍樹さんが心配だ。スティーブみたいな人が一杯いる所なんだよね。式だけ挙げて、さっさと誘惑の少ない町に行きたいな」
ポツリと言われて、龍樹の胸はキュウッと搾られるように痛んだ。思わず抱き寄せてしまう。
人目を気にしてあらがう拓斗の瞳を覗き込んだ。
「ねえ、聞いて。ホントの相手に出会えるのって、なかなかないんだ。出会いのチャンスは多いほどいいだろうけど、簡単に見つけようとか、手に入れようなんて考えてるうちは見つからないものさ。やっとの事で君って人を手に入れた僕が誘惑に負けると思う?」
「……分かんないじゃないか……そんなの」
「君に出会ったとき、運命ってあるんだなって思った。初めて目が合ったとき、君はすぐ逸らしてしまったけど、僕は時が止まったような気がしたよ。瞬きする間なのに、僕の目には君しか見えなくなって……周りは色を失った。自分でも何の期待もしてないときにその出会いはあったんだ」
「無欲の勝利って奴?」
「意味違うけどそんな感じ」
「俺の時間は止まらなかった」
「意地悪だね。僕の運命説を否定する気?」
「止まらなかったかわりに、やばい! 怖い! って思った」
「酷い……」
「俺が思い描いてた人生、この人に変えられちゃいそうってね……そういうことだったんだと思う。真っ直ぐだと思って駆け下りた坂に急にヘアピンカーブが現れた感じ」
「だからすぐ目をそらしたの?」
「うん。多分。本能的に……」
「……なんか、こんな所で聞かなきゃよかった……。欲しくなっちゃったよ。嬉しくて」
危うく人気の無さそうなトイレに連れ込まれそうになった拓斗は、脚を踏ん張って愛しい美獣の軌道修正を促した。
「出会いじゃなくて、目的地の話、してよ」
瞬間むくれた顔をして見せ、拓斗の唇を素早く盗み取る。
「!!!」
真っ赤になって立ちすくんだ拓斗をおいて、何喰わぬ顔でまた歩き出した。
歩調を変えないまま後ろに声をかける。
「早くおいで。目的地のこと、聞きたいんだろ」
頬を赤らめたまま追いついてきた拓斗の肩を抱いた。
「場所は大西洋側。夏だけ栄えるバカンス村って感じ。海で泳いだり、森を散策したり。自然がいっぱい、同性愛者もいっぱい。小さなペンションが沢山あって、町のガイドにはGとかLとかマーク付いてる」
「何のマーク?」
「オーナーがゲイかレズか。トラブルを避けたり好みのを選びやすいようにね。もちろん他の条件も載せてあるから。ま、時期が遅いから、君が心配するほど癖のある観光客は既にデータが出そろってるだろう。僕等を祝うつもりで来てくれた人達が集めてくれる筈だ」
「客? 俺達だけで挙げるんじゃないの?」
「うん。だって、神様じゃなく、来てくれたみんなに誓うんだ。みんなは立会人で証人てところ。詰まるところ、君を見せびらかしたいんだな」
「それで俺は龍樹さんファンから恨まれる……」
俯いてボソリと呟かれた台詞に龍樹は眉をひそめた。
「そんな事ないって!」
危ない会話を続けながらラウンジの前まで来てしまっていたのに気づいた拓斗が指を唇に持っていった。
「しっ」
ふと視線を感じて目を遣った先でコンパニオンがさっと目をそらした。
途端に拓斗がもじもじとし始めて。
「やだな、聞こえてたみたい。龍樹さん、くっつきすぎ。変に思われるよ」
腕からすり抜けてしまった拓斗に恨めしげな視線を送り、中を覗き込んだ。
「何だ、混んでるな。満室かい?」
最後の台詞はコンパニオンに向かってだった。
「いえ。大丈夫ですよ」
にこやかに答えた彼女の瞳は、ただただ生身のギリシャ彫刻に見とれていた。
「ご同伴者一名様まで無料ですので。カードをお見せ下さい」
龍樹の渡したカードをサッと端末にかけて返して寄越した。
仕事は手慣れたもので、てきぱきしている。
案内された席に落ち着き、飲み物を注文した。
ゆったりしたソファに身を預けて、運ばれてきたアイスティを飲んで。もうすぐ日本を離れるんだという感慨に浸る。空港というのはそわそわとした気分を高揚させる何かを持っている。
「なんか……さ、この間ドイツに飛んだときとは全然違うなぁ」
「なにが?」
「ワクワクしてる。ちょっと怖くて、いっぱい嬉しいって気分なんだ」
「そりゃ、行く目的が全然違うもの。大体君、あの時は何が何やらってな調子で、見るもの聞くものよく覚えてないんじゃない?」
「まあな……。心肺蘇生法の手伝いしたのは覚えてるよ」
「五〇男の唇の感触?」
「ばっ……! もうっ、しらねー。帰る」
立ち上がろうとした腕をぎゅっと引いた。
「ごめん。冗談が過ぎた。機嫌なおしてよ。頼む」
拓斗はもう一度ソファに身を沈めて、いつまでも握りしめて離さない手をそっとはずさせた。
頬が熱い。困ってしまう。
拓斗はうつむいたままで見える範囲をそっとリサーチした。
視線が集まっている。全ては動くギリシャ彫刻と、自分に向かって。一挙手一投足が観察されているのは気のせいじゃない。
「ねえ、居心地悪いよ」
「そう?」
「みんなが見てるよ。龍樹さんのこと」
「何で? どっか変? 僕……」
自分の体を見回す龍樹を苦笑で見つめた。
(見た目は変じゃないんだけどね……)
幸福感で輝いている生身のギリシャ彫刻は最高に美しい。
「……ここ、思ったより女の人多いね」
「夏休みって事で、恋人や家族連れってのが多いからかな。なんだい、僕といると恥ずかしい?」
「珍獣連れて歩いてるみたいな気分。誇らしくて、こそばゆい」
「その珍獣からいわせて貰えば、君のはたぶんに自意識過剰!」
「……怒っちゃった?」
「怒ってないけど臍がちょっと曲がったかな。後できっちりツケは払って貰うよ」
ツケの払い方はこの四ヶ月ちょっとでみっちり身体に覚え込まされている。
拓斗は一層居心地悪そうに小さくなってうなだれた。
「もうっっ。……龍樹さんて、そんなことばっか考えてるの?」
「考えるように仕向ける人が目の前にいるから。君に関しては僕の中の獣は年中無休なんでね」
「俺……考え直そうかな」
先ほどとは違う真剣な面もちでの呟きに、龍樹がすうっと真顔になった。
「……そんなこと言うと、ここで大泣きして見せるぞ。捨てないでって君の脚に縋ってさ。注目の的だな」
あまりに真剣な瞳で見据えながらの言葉だったので、拓斗は飛び上がった。
「わ、わかった! ごめん。言い過ぎました!」
「分かればよろしい」
言うなり立ち上がった龍樹を不思議そうに見上げた拓斗に、唇の動きだけで「愛してる」とつげた。
赤面しながらも視線を逸らさない澄んだ瞳に微笑みかけ、腕時計を指さして。
「時間。そろそろ行こう。麗花に日本酒と山崎買わないと」
「酒? 化粧品かと思ってた」
「頼まれてないし、好み分からない。酒ならOKなんだ。麗花はウワバミでね」
幾分声高になりながらラウンジを後にした。
◆◆◆◆◆
遠くで波の砕ける音が聞こえる。青い空はどこまでも青く、白い雲に届きそうな高さの断崖は、夏の青葉を山盛りにした突端をこれ以上は無理だといわんばかりに延ばした形でそびえていて。
入り江を挟んだこちら側から見れば、アトラスの腕かしらと思えるのだ。
プロビンスタウンは小さな街だった。メインストリートから放射状に点在しているペンション群。
それぞれのオーナーの好みをはっきり打ち出した前衛的なデザインからクラシックなものまで。
いくつかは既に満室札を出している。ポーチに気怠げに座っている男、外のカフェでストローをくわえている女。
すれ違った自転車の相乗りは毛むくじゃらな太股を出したプエルトリカンのカップル。
種々雑多なデザインと個性のごった煮となってはいても、昼間の街は明るく健康的な光に満ちている。
潮風に吹かれてなびく髪を煩そうに掻き上げながら、龍樹と拓斗は白いアーリーアメリカン調の建物の前に立っていた。
「ハーイ!」
通りかかる男達がそう声をかけていく。
半裸に近い体の線を強調した服。厚く隆起した胸板が自慢らしい。
おざなりに返事をしながら、呼び鈴を押した。
オーガンジーの白カーテンを揺らしながら扉が開いた。
「ハイ!」
艶やかで柔らかい響きの高めのアルトが降り懸かってきて、拓斗は思わず見上げていた。
一七八センチの自分より頭上から降り懸かってくる女声。
見上げた先には頬を包むように切りそろえた漆黒の髪のボブカットの美人が微笑んでいた。身長のせいで確かに全てが大作りだが、柔らかい曲線のみで形作られた優美な容姿は人工的に作られた部分が全く無いとすぐに分からせるだけの自然さを持っている。
「やあ、麗花。予告通り世話になるからね」
珍しく女性に対して優しげな声音を使い、龍樹が手を差し出した。
しなやかにそれを握りしめた麗花は、そのまま龍樹を引き寄せ頬に口づけする。ヒールの靴を履いているせいで龍樹よりほんの少し低いだけの身長の女性。どちらも美しく、なんて似合いなんだろうと嫉妬を感じて、拓斗は少し悲しくなった。
「あなたが拓斗? 想像以上に可愛らしいわね。待ってたのよ」
髪と同じように漆黒の瞳をもつ切れ長の目が優しく細められ、見上げたまま見とれていた拓斗に慈しむような微笑みとなって注がれた。
「あ……初めまして。その、よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀した途端、ギュッと抱きしめられた。
「龍樹にはもったいないほど可愛いわ」
甘い香水の香りでむせそうになる。酸欠になりそうなほど柔らかな胸に顔を押し付けられた拓斗を、ひったくるように龍樹が救い出した。
「麗花っ!」
目を白黒させている拓斗をもう一度ひったくり返すと、真正面から瞳を覗き込んで麗花が言った。
「いい? 拓斗。龍樹が浮気したらすぐ言いなさいね。私が懲らしめて上げる」
「浮気なんかしないよっ。拓斗に変なこと吹き込むなよっ」
「いやーだ、珍しくムキになってる。本当に特別なのね」
高らかに笑い声を上げながら、麗花はフロントカウンターに二人を誘導した。
「うちで一番良い部屋を用意したわ。気に入ると良いけど。後でお客に出す料理の打ち合わせ、しましょうね」
宿帳を書き込んでいた龍樹の手がピクリと止まった。
「まさか、僕に作れなんて言わないよね?」
「あらっ、作らないの? 料理目当てで来る人達の方が多いのに」
「よしてくれよ」
「龍樹のホームパーティの再現だってみんな喜んでるのに。期待を裏切っちゃいけないわよ」
「今回はホームパーティじゃありません。一生に一度の結婚式なのに、何で主役の僕が料理用意しなきゃいけないのさ。ケータリングが普通でしょう?」
「龍樹さん、龍樹さん」
「なんだい?」
チョイチョイと袖を引かれ、思わず満面の笑みを浮かべて恋人を見下ろした。
「俺、龍樹さんのホームパーティの料理って食べてみたいな。どんな物作ったの?」
瞳を輝かせて真っ直ぐ見上げる愛らしい恋人のおかげで曲がりかけていた臍は素早く正常位置に戻った。ほんのり目元まで赤らめて拓斗をうっとりと見つめる。
「大したもんじゃないよ。披露宴の料理とはほど遠い。……本当に食べたいの?」
声の甘さは隠しようもない。
「うん。俺も手伝うから……」
「じゃあ作ろうね」
ぶははははと遠慮のない爆笑が炸裂した。
麗花が涙を滲ませながら腹を抱えて笑っている。
「し、信じられない〜。あのクールビューティがデレデレ〜」
「クールビューティ?」
会う人毎に表現される龍樹という人間像は、あまり拓斗の知っている龍樹とは重ならない。
「来る者拒まずなくせに、絶対自分の中に踏み込ませない奴だったんだから。本気で惚れたら必ずふられるっていうヤな奴だったのよ。多分、本気の恋愛なんてしたことなかったのね。結婚するって連絡受けたとき、どんな相手なんだろうって心配したわ」
「あの……?」
「龍樹はビギナーなの。あなたが初めての相手だって事、分かってやって」
麗花の真剣な瞳に拓斗ははんなりと優しく微笑みかけた。
「……俺もそうなんです。だから最初は信じられなかったけど、今は信じてます。龍樹さんは俺だけのものだって」
拓斗の言葉を耳にした途端に龍樹の瞳は潤み始めてしまって、更に麗花の笑いを誘った。
「うわぁ、あっつい! さっさと部屋にぶち込んじゃわなきゃ」
いいながら鍵を取ると二人の先頭に立って歩き出した。
二階の奥まった部屋の扉を開け放つ。麗花が譲ったドア口に一歩踏み込んで、拓斗は感嘆の溜め息をついた。
「すご……。窓の景色が全部絵みたい」
「岬は左手。海も綺麗でしょ。ここの下は崖だけど、少し歩けば海水浴場もあるの。散歩コースにもよくってよ」
「後で散歩しようね拓斗。麗花、お土産」
拓斗と麗花の間に入り込むように、龍樹は買ってきた酒をつきだした。
「あら、あたしの好物覚えていてくれたの?」
嫉妬による行動だと分かっていても、麗花は嬉しそうに微笑んで酒を受け取った。
「今日はこれに合う夕食にご招待するわ。拓斗君、お酒は大丈夫?」
「……少しなら」
答えた拓斗をほんの少し恨めしげに睨んだ途端に頬をぺちぺちと叩かれた。
「ああ、龍樹、そんな顔しないの! 使いものにならなくなるほどのませたりしないわ。七時にダイニングに来て頂戴」
麗花が笑いながら出て行って、ドアが閉まった途端に溜め息が漏れる。
「ずけずけ言うのは相変わらずだ……」
「お姉さんみたいだね。龍樹さんのこと、弟扱いしてるって言うか……」
「その通り。モデルだったんだけど、ちょっとした事故にあってね。ウオーキングは出来なくなったから。……僕の患者だったんだ。でも、ホント、お姉さんて感じ」
「龍樹さんがビギナーだなんて、面白いこと言うよね」
「的を射てるよ。今の僕は毎日が手探り状態なんだから。君に関してはね。君を怒らせたくない、どうすれば微笑んでくれるかなってそればっかり」
拓斗の腕がゆっくりと龍樹の首に絡まった。吐息がかかるほど近くに顔を寄せて囁かれたのは甘い誘い。
「キスして。愛してるって」
感激の瞳で拓斗のふっくらとした唇を貪り、熱く舌をからめ取った。
「麗花さんと龍樹さんの並んだとこ、すごく綺麗で似合ってて、ちょっと妬けた」
息継ぎの合間に呟く拓斗をそっとソファに落とし込む。
「君が麗花に見とれてた時、どんなに僕の胸が痛かったか解る?」
「……焼き餅はお互い様?」
「それに精力剤でもある。成田でのツケ、今払って貰うよ」
「あ、……ち、ちょっと……んんっ」
龍樹にかかれば拓斗はすぐ裸に剥かれてしまう。甘いキスを求めた以上、その展開は拓斗も望んだものとして認識されてしまい……。
海への散歩は後日の予定に持ち越されてしまった。
◆◆◆◆◆
「なれそめは?」
乾杯の後の麗花の第一声がそれだった。
「僕の店の常連客。初めて来たときから一目惚れ。怖がらせない様に近づいて口説き落とすまで時間かかったんだ。泣き落としまでした……」
龍樹の気恥ずかしげな感慨を含んだ声音と台詞は拓斗を赤面させた。
「拓斗はなんで落ちたの?」
「さあ……? なんでだろ。……いつの間にかこの人が一番大切って思うほど好きになってたんです」
「ゲイになるほど?」
拓斗は芯から困ったように俯いた。
やがて顔を上げ、口を引き結んだ表情は、毅然として決意に満ちていた。
「ゲイになるって 今一俺の中ではよく解ってません。俺、龍樹さん以外の男はだめだから。でも、男の龍樹さんと恋人だから、ゲイなんですよね……」
「あんまりこだわる必要ないかもね。お互いにそういう気持ちであれば、この際性別は関係ないわ。……ちょっと、羨ましいかな」
「あの……?」
「あたしはそういう出会い、いっこもないもん。今度こそって思って、やっぱり違って。この間まで付き合ってたフィリーは三週間でだめになっちゃった。テキサスの石油成金と結婚だって」
「なに、バイだったの?」
「らしいわね。それともお金と結婚したのかな。どっちにしろ、あたしよりもいいってことよね」
「麗花は運命って信じる? 赤い糸みたいな」
「……龍樹は信じてるの?」
「うん。今は信じてるよ。拓斗に出会って、運命感じたから」
「あーやだ、何でものろけネタだわ」
「でも、本当なんだ。違うんだよ。今までと全然違う。麗花にもそんな出会いがきっとあるよ」
「……これからかなぁ」
「うん」
「素敵な出会いだといいな」
「そうだね」
◆◆◆◆◆
麗花の振る舞ってくれた晩餐を美味しく終わらせたあと、二人は散歩に出かけることにした。
部屋にこもってしまうにはもったいない星空が広がっていたのを窓越しに見た拓斗の主張による。
「ここなら二人で手を繋いで歩いていても、誰にも文句言われないんでしょ?」
「……別に、日本でも文句は言われないと思うけど、気兼ねないのは確かだね。ほら、こんな事しても誰も気にしない」
言いながら拓斗を抱き寄せた。ウエストから腰に手をはわせ、ぎゅっと身体を密着させて歩く。すれ違う人々が、普通に「こんばんは」を言って去っていく。
「二人三脚してるみたいだね」
拓斗の手が同じように腰に回されたのを感じて龍樹は照れた笑いを漏らした。
「そうだな、一生こんな風に二人三脚で暮らしていけたらいいね」
「うん」
ひんやりした夜風に吹かれながら、互いの温もりを大切に思う幸せを、二人は噛みしめていた。