遠慮がちな気付け薬
二人で暮らすようになって3年目。
よく言われるのは浮気、倦怠期……。
俺達に限って言えば、そんなことは未だに気配も感じられない。
ただ。熱いときが落ち着いてくれば、互いのいろいろが目に付くというのも本当で。
今回のそれは、気づけば当たり前になっていて、今更止めてと言うのもはばかられるようなことが発端だった。
無くて七癖とはよく言ったもので、彼にそんな癖があるなんて、一緒に暮らしてみて分かったことだったりする。
大抵はどうでもいいことで、特に癇に障ることもないのだが。
それだけは自分に直接関わってくるから困るのだ。
というのも。
朝起きると彼の手が俺の大事な部分を握りしめているのだ。
さほど力を入れているわけではないが、身動きすれば、放すまいと力が加えられる。
キュッと扱きあげられるようにそんなところを刺激されては、俺だって男で、しかもまだ若くて……。つまりは寝た子を起こす結果になるわけで。
握ってれば安心できると言われてもなぁ。
「頼むから、それ止めて!」
彼の手を振り払ってしまうこともしばしば。だって、恥ずかしいじゃん。
いつもは苦笑を浮かべて普通に腰を抱いてくるのに。
今日に限って不機嫌な顔になって背を向けてしまった。
「……龍樹さん?」
彼……桂川龍樹さんは、俺より5つ年上で、体格的にも遥かに俺を上回るサイズの美丈夫だ。服を着てると結構細身に見える筋肉質の身体は鍛え抜かれ、贅肉なんて見あたらない。彫りの深い、全てが精密に計算し尽くされて配置されたような顔立ちは、誰もが振り返るほどの華やかさをもった美しいもの。
落ち着いているときの眸の色は深みのある琥珀色で、光の加減によっては金色に輝いて見えるほど。内部にもつ光は常に理知的だ。
いや、エッチの時以外は。かな。
どうして俺なんかにそんなに性欲を覚えるのかは謎。
とにかく彼は、俺と一緒にいるのが好き。俺の身体が好きで、しょっちゅう身体をつなげたがるんだ。
愛してるからだという台詞は信じたいけど、世の中それだけで成り立ってるわけじゃないことは重々承知している。
だから俺は、彼が俺の身体に夢中になるほどに悲しくなっていくんだ。
そのうち、「俺のことはもう好きじゃないけど、体がいいからサヨナラしないんだ」なんて事になったら……
「捨てないで」って、しょっちゅう言うのって、逆にそういう可能性ありって事じゃん。 ねえ?
龍樹さん、俺の何処が好き?
全部なんて答えは無しだぜ。
必ずきっかけがある筈なんだ。はまるには理由があるはず。
運命の人って、何だか都合のいい言葉だよね。
別れるときは、勘違いだったっていうのかな。
「ねえ……龍樹さん、いつか別れるときが来るのかな?」
ピクッとむけられた背中が戦慄した。
「なに言いだすんだっ?」
次の瞬間俺は組み敷かれてた。
「……君が僕を捨てたくなればね。別れるときは来るかも知れないよ。けど、僕は君を捨てたりしない!!」
早口でそういうと、俺の唇をキスで塞いだ。そのままディープに貪ってきて、問答無用とばかりにギュウウッと抱きしめてきた。
「痛い、痛いよっ。ごめん、変なこと言ってごめん……!」
ぽんぽんと降参の合図を、肩を叩くことで伝えたのに。
龍樹さんは嫌々しながら力を込める一方で、震わせた肩は泣き出してる証拠で。
「龍樹さん……ねえ、悪かったよ。好きなだけ握ってていいから……ごめんね。泣かないで」
でも、許してくれないつもりらしい。
「やだ。君が握って。僕を捕まえていてよ」
甘えるように言いながら押しつけてきたそこは、柔らかく眠っている状態で。
それが、龍樹さんの傷つき方を俺に自覚させた。
龍樹さんは、俺とは違った不安を抱えてる。
俺は理解しているつもりで、ちっとも理解してなかったって事だ。
本気で俺を離したくないって思ってるんだね。
どうすればあなたに分からせることが出来るんだろう。
俺こそが失いたくないという思いに捕らわれていることを。
俺はそっと柔らかい彼を握りしめた。
「ふ……」
耳元を掠める艶やかな吐息。
びくびくっと身震いしながらどんどん堅さを増していくそこは、とても気持ちのよい手触りだ。
滑らかで、心地よい暖かさ。思わず扱いてしまった。
「は……あああっ」
動悸の激しいテンポに合わせたように色っぽい喘ぎが漏れてくる。
ねえ龍樹さん、ホントに色っぽいよ。
そんな風に思えるなんて、俺も随分変わったと思わない?
「すごく……色っぽいね……」
俯いたまま枕を噛みしめて喘ぎを漏らす恋人の耳元に、そっと吹き込んだ。
「あ……?」
ごくっと喉仏が動いて、俺の方を見上げた瞳は、泣き濡れて血走っていたけど、縋る輝きが俺の保護欲をそそる。守ってあげたいなんて、恐ろしく思い上がった考えだけど。
この人の弱さは、俺だけが知ってるんだ。俺だけに見せるそんな表情が俺を虜にする。
「……龍樹さんのそういう顔は、俺だけの楽しみだよね」
腫れた瞼にキスをした。くすぐったそうな表情が嬉しそうに輝きを増す。
わななく唇をそっと捉えれば、もっととお強請りするように舌が誘ってきた。
「俺はさ、捨てられたくないだけ。この素敵な恋人に飽きられたら、俺、どうしたらいいか分かんない……」
大きく育った彼のそこを、そっとなでさすりながら、ぴくぴくと震えて尖ってきている先に爪を立てた。
「あっんんっ」
「だのに、この恋人は、俺の気持ちを疑ってる。どうしたら信じてくれる? ゆったり安心して眠ってくれるんだろう?」
今度は爪ではなく舌先を差し込むように真っ赤に燃える亀頭を嬲った。
「……ああ……拓斗……」
「こっちだけじゃダメなのかな……」
俺は龍樹さんの膝裏を押し上げて、髪と同じに淡く光り輝く茂みを辿り、ピンク色にうごめく秘部を探し当てた。龍樹さんの竿は手で愛してあげながら、軟らかな肉の窄まりを舌で辿った。
それは、当初龍樹さんにされたときに俺が一番嫌がった行為だ。排泄する器官であるそこをあえて舌で愛撫する。
ペニスとアナル、どちらを選ぶかっていえば、ペニスを選んでしまうくらいに通常苦手な場所で。
今までは抵抗感があって、そこに触れたことはなかった。
「可愛い……俺が舐めるとピクピクするよ……」
してみれば、龍樹さんのそこは愛おしく感じるから不思議だ。
「拓斗……ダメ……」
「どうして?」
「ああ……ッ、どうしてって……ふあっ」
「俺のは、そうできることが嬉しいって言ってたくせに……」
「だ、だって、君は汚いって……言って……」
「……龍樹さんのは汚くない。龍樹さんのだから……愛しい……」
更に舌先で中をうがつ。ちょっぴりしょっぱい、独特の匂い。言葉と裏腹に、もっと中へ入ってきてと誘うそこは、微妙な動きで恥じらいと喜びを表現しているようだ。
「あ……あ……拓斗……笑わないで……僕……」
「うん……龍樹さんが、こっちも好きだっての、何となく気づいてた。俺のために……タチ役してくれてたんだろう?」
だから……今日は俺が……。龍樹さんに教わったテクばっかりだけど、出来る限りのことをしよう。龍樹さんが悦びに打ち震えるまで……。
「俺ので龍樹さんが満足するかは不安だけど……。俺も、龍樹さんを味わってみたいよ……」
「ほ、本当にしたい……?」
「うん。いっぱいしたい……」
指をそっと差し入れた。ぬめりと息を詰める龍樹さんの呼吸が連動してる。
「……濡れてるね。ここ、俺を待っててくれるんだなぁ」
「すごく……久しぶりで……。嬉しいけど、ちょっと怖いよ……」
「ん、ちょっと硬い。濡れてる癖に、きついや」
痛くなんてしないよ。俺にしてくれた優しさ、全部覚えてるから……。
ぬくぬくと指を動かしながら、そっと探り続ける。膨らみきった男根の方は、今にも破裂しそう。手放しでいたのに、俺のもドクドクと痛いくらいに動悸してる。
「龍樹さんが色っぽいから、俺……出ちゃいそう……」
「だめだよ。僕の中に出して……」
「ん、俺もその方がいい……」
「い、入れてもいいよ? 痛くたって、すぐよくなるもの……」
「だぁめ」
指を増やして何度も貫きながら、身を乗り出して彼の唇を捉えた。
舌先を捉え合って、何度も吸い上げる。彼の感じる舌下と犬歯の裏をつつきながら、クイクイと指先を曲げてみた。
「はあんっ」
ぐちゅぐちゅと湿った音が大きく響く中、龍樹さんの声が裏返ってほとばしり出た。舌先が震えながら差し出されて空を切る。
立ち上がった乳首は、咬んで摘み上げてというように熟し切ってる。
そこに指先が当たるたび、ガクガクと全身を震わせながら、漏れ出る先走りが大きな粒になってこぼれ落ちる。
ああ……この人は、こんなに色っぽい人だったんだ……。この人の中に俺の楔を埋め込みたい。埋め込んで、俺を流し込んで、全部を俺色に染め上げたい……。
色白の肌が上気して薄紅色になってる。涙を浮かべた瞳は金色。唇はよだれを滴らせて淫らなバラ色に輝いている。
指をもう一本突き入れても余裕なほど、ゆるゆるに滑らかな感触になってるのは、先走りが滴るままに伝い落ちてきてそこを濡らした結果だ。
きゅきゅっと締め付ける力が俺を扱くときの龍樹さんの指先を思い出させる。
俺のものも、同じように先走りを漏らして、限界を訴えてくる。
この人が欲しい……。
「こういう気持ち……だったのかな。俺を初めて抱いたとき……」
「え……?」
「龍樹さんの中に入りたいよ。俺のを、銜えて欲しい……ここで……」
「ああっ拓斗……して……僕を貫いて!!!」
俺よりも大きくて逞しい身体。何処までも筋肉だけで出来上がってる、綺麗で強靱な身体が、俺を求めてる。
俺を身も世もないほど狂わせて、支配していたこの人が……俺を求めて体を震わせている。
「……入るよ」
一言声を掛けると、喘ぎ混じりの返事は大きく首を振ってのうなずきだった。
ぐっとそこに押し当てた。俺の、最大レベルになったもの。
柔らかく受け入れ態勢になっていても、抵抗感は大きかった。ぐぐぐっと押し込むと、緩やかなうねりが俺に絡みついてきた。
熱く、柔らかく、力強く……
「すげー、龍樹さんの中……気持ちよすぎ……」
気が遠くなりそうなほどの快感で、俺はすぐにイきそうになった。
ぶるぶるっと震えが来たのが、彼にも分かったらしい。
「ダメ、拓斗、まだイッちゃダメ……」
ああ……そうだね。龍樹さんは俺の中で散々暴れてくれたっけ……。
あの、特別感じるところを探さなきゃ……。ゆっくりと挿入を繰り返す。ちょっとずつ角度を変えて突き込んで。あっちかな、こっちかなと考えることが余裕に繋がるみたい。
龍樹さんが我慢せずによがり声をあげるたび、嬉しくなってイきそうになるけど……。
「あああっいいっいいーっ!」
娼婦のような台詞に笑う。本気の言葉だから、微笑ましく。
だってさ、龍樹さんたら先に出しちゃったんだよ。トロトロと出続ける精が、言葉の本気を裏付けてるよね。
ヒクヒクと不随意に動く腰の動きが、また俺を誘う。
「龍樹さ……、俺、イッてい?」
返事を待たずに彼を思いっきり突き上げた。もう限界。パツパツと尻を殴る勢いで俺は腰を打ち付けた。
ドピュッと出した開放感は、圧迫してくる肉の中では更に密度濃く感じられる。
「はあああああっっ」
頭の隅が真っ白に燃えただれ、崩れ落ちいく感じ。
未だに垂れ流し続ける龍樹さんのペニスをそっと撫でた。ああ、なんでこんなに可愛いんだろう。
俺の楔を受けたまま、びくびくと痙攣してる逞しい身体。泣き出しそうに歪めた顔は、俺をじっと見つめていた。縋るように、恥じらいを込めて。
彼の瞳が今必要な言葉を教えてくれた。
「素敵だった……」
俺は彼に昔言われた台詞を振りかけながら、震える唇をついばんだ。
「……俺の……よかった?」
何も言ってくれないから、追い打ちを掛けた。舌を導き出しながら。
「もう一回……していい?」
言った途端に舌が停まり、それから激しく俺を貪りだした。
俺を締め付けるそこはものすごい勢いで緩急を繰り返す。
「ッ……」
もっと……もっとして……喘ぎで掠れた言葉が頭の中で響く。
俺はあっという間に追い上げられ、抜かずにそのまま突き上げを繰り返した。
腰をひねりながら、彼の脚をぐっと押しつけ、彼のペニスを腹に感じながら届く範囲にキスをする。
「大好きだよ、龍樹さん。他の人となんて考えられないくらい……大好きだ」
いつか別れることになったとしても、ここまでに思える人はいないだろうな……。
だから。
「ずっと俺と一緒にいてね」
ああ、不思議だね。出しても出しても物足りない。よくってよくって、身体はとうに悲鳴を上げているのに……。
「ずっと繋がっていたい……」
言葉はシンクロしてお互いの口から漏れた。
そういいながらもへばり込んだ俺のが抜けてしまったとき。
龍樹さんはそっと俺を抱き臥せたんだ。
「僕のも食べてくれる?」
ああ……俺のじゃ満足できないから?
俺の拗ねた心を読みとったかのように、微笑みを浮かべた唇が、俺の瞼を吸った。
「君のここを……僕もしたい……」
クイッと指を忍ばされて呻いてしまった。
「同じだけ……したくなっちゃうんだもの」
囁きで青ざめた。
つまり……それって……
「あああっ龍樹さんっ今日はもっ……!!」
キスでふさがれた口は、喘ぎしか発声を許されないらしい。 間断なく全身を責められて、俺は余裕を無くした。
ああ、やっぱり龍樹さんには勝てない……
龍樹さんの太いので串刺しにされた俺は、もう出ないと思ってたそこを勃起させて悦楽の声を漏らす。
グッグッとやばい場所を圧迫する手管は、もう慣れたもんで。
「拓斗……、どっちの君も素敵すぎて、限界を超えてしまいそうだよ」
互いにイッた後だから、快楽を貪るのに余裕ありすぎて……
俺は延々とやられまくって……手放してしまいそうになる意識を繋ぎ止めるのがやっと。
ああ……もう、感覚が全部麻痺してるよぉ……。
「もう、だめっ」
死んじゃうよぉぉぉ………………。
明け方の鳥の声は、何だかちょっとむなしく聞こえる。 また眠れなかった。
相変わらず龍樹さんは俺のを…………
「?」
あれ?
俺の手にあるのは……?
龍樹さんの腕……………………???
まるで俺のペニスを握らせようと導くように握っている。
「わぁっ」
全身から汗が噴き出してきた。
「ど、どういうことっ?」
俺が手を離した途端にぎゅっと抱きしめられた。
「おはよう」
穏やかな囁きは、いつもよりクスクス笑いが強い。
「……君が先に始めたイタズラだったんだよ? それ……」
「え……?」
「可愛い癖だから、なおして欲しい訳じゃないんだけど。僕の気持ちも分かって欲しかったんだ」
「ええええっ?」
「君に刺激されて、でも獣みたいに扱われるのは時々辛くて……。お客さんにまで、愚痴ったでしょ」
責める口調とは裏腹に、チュッ、クチュッと顔中にキスの雨を降らされた。
「君が導くそこは、僕にとって大事なところの一つだけど。僕は……君の心の方が大事」
優しい腕と、この囁き……。
俺が勘違いで邪険にしていた間も、彼は俺を思っていてくれたんだ……。
「そういえば、お客に愚痴った俺に、元はと言えばって……」
龍樹さんは黙って頷き、もう言わないでいいって、キスをくれた。
「君が恥ずかしがるだろうって、手をはずさせた僕がいけない。手放した後、握りしめていたのは確かに僕の意志だしね」
ああ……どうしよう。
届かない腕をめいっぱい伸ばして、彼を抱きしめた。
とりすがるようにしか見えないよね。
「したい……」
「拓斗……? 今は無理だよ」
狼狽しつつ嬉しそうな声が気持ちいい。
「抱っこしたい。キスしたい……触りっこしたい……入れたい、入れられたい……」
柔らかく眠ったままのそこを両手で包み、龍樹さんの高い鼻を舐めた。
「獣でいいんだ。俺、龍樹さんの前でだけは獣になるんだからね」
「ああ……」
俺の指を舐め、脚を絡ませ、じっとり汗で濡れたシーツの波の中にまみれて。
大好きな恋人の感触をゆっくり味わった。
填めるだけがセックスじゃない。
でもさ、いろいろやればやるほど、最終的にはそれを欲しくなるって感覚、あるよね。
俺達にはそれが出来るから。
俺は彼の柔らかい耳たぶを咬みながら囁いた。
「今夜もしようね」
したいだけしよう。ねえ、龍樹さん。
一晩でするにはしきれないって程……。
その日俺は学校を、龍樹さんは店を臨時に休んでしまった。
たまにはいいよね。こじれそうになった人間関係を修復する方が大切だもん。