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 秋山須臣(あきやま すおみ)が私立栄和学園高等部に転校してきたのは二学期始め。夏休み明けの始業式に、俺達1Aの教室には、机が一つ増えていたんだ。
 先生に続いて秋山が入ってきたとき、息を呑んだのは女子だけじゃなかったな。
 身長180センチの先生を見下ろせる長身は数えるほどしかいない。
 そのスラリとした長身に見合う肩幅の上に、彫りが深く整った美形の顔が乗っかっているとなると、もう希少価値。
 右上がりの大人っぽい綺麗な文字で黒板に名前を書き、ぶっきらぼうな口調で名乗ってから、新しい級友を睨め回した瞳は、頭も相当にいいぞって教えてくれていた。
 その代わり性格は、やばそう。
 それが俺の、秋山須臣に対する第一印象だった。
 栄和って学校は、ありがちな受験校だ。中等部からしかないが、高等部までの六年間を独自のカリキュラムで過ごさせるため、高等部からの入試はない。
 横浜に来る観光客を一手に引き受ける山手地区とみなとみらい地区の中間にあり、つまりは馬車道、関内、伊勢佐木町という昔ながらの繁華街や、野毛の場外馬券売場にだって歩いていこうと思えばいける距離。
 しかし勿論学校帰りに寄ることは校則で禁じられている。
 どっかの様に「清く正しく美しく」なんてものが額にはいって飾られている学校だ。
 大抵の生徒は模試の結果と席次を興味のメインに持ってきているガリ勉で、何かを語らせると理屈っぽくていけない。
 当然のようにクラス分けは成績順。
 何にも考えないまま先生や親に乗せられて、このいけ好かない学校にはいっちまった俺は、ドロップアウトする勇気もなく現状維持。
 秋山須臣は、そんなところに三年と一学期分出遅れて編入してきた。
 しかもこのA組に。この学校でも編入なんて出来たんだって、感心したよ。入学試験だって難しいし、競争率も高いんだ。私立に似合わず水増し入学もさせてないから、後から割り込むなんてよっぽど成績良かったんだ。金もかかったろうけど、金だけで入れるなら、もっとそれらしい奴らがいるはずだし。
 秋山は、背丈のせいもあって一番後ろに用意されていた席に座った。俺のすぐ隣り。
「平蔵(へいぞう)、しばらく教科書見せてやれ」
「へーい」
 親切な俺様は自分の机を寄せて奴の席にくっつけた。
「平蔵って本名?」
 秋山が初めて話しかけてきた台詞がそれだった。まじまじと俺を見つめたあげくだ。
「ああ。姓は長谷川、名は平蔵。生まれたときからこの名前だ」
「……鬼平(おにへい)?」
 以前やってたテレビの時代劇に、その名前は出てくる。渋さで抜きんでた良質の時代劇だった。その主人公が鬼平こと長谷川平蔵なんだ。
「爺ちゃんがファンだったんだ」
 世の中に、長谷川平蔵は俺だけしかいないってわけじゃないと思う。だけど、俺みたいな女顔の高校生で平蔵なんて呼ばれていると、やっぱり違和感があるんだそうだ。歳とりゃぴったりにだってなるだろうにな。
 爺ちゃん、死んじゃったから文句も言えないけど。会えたら一回は恨み言を言ってやりたい。
 爺ちゃんのおかげで俺は何処に行ってもあだ名が鬼平か、ただの呼び捨てのヘーゾウだよ。俺が絶対許してないもう一つのあだ名もあるが、口にしたくない。
「ま、俺様は鬼じゃネーから。こわがんなくても良いぜ」
 そしたら秋山の奴、プッと吹いた。さも可笑しそうにプッとな。
「っ、なんだよっ」
「いや、失敬。とても鬼には見えないから、怖がったりはしないよ」
 なんて、和やかそうに微笑みやがった。今時失敬なんて言う奴、いたのな。
「! 俺が女顔だからか?」
「あ……いや、そんな意味じゃ……」
「秋山くぅん、平蔵に可愛いとかぁ、綺麗とかぁ、そういうの禁句よぉ」
 秋山を遮るように反対隣の相沢由加子がくちばしを突っ込んできた。
「相沢、お前こそ二度と言うなっ!」
 お節介女め。
 成績差別はしても性差別のないこの学校で、席次は俺より上。
 男っぽいくらいかも知れない、さばけた性格。役どころも生徒会副会長ときた。
 副とは言うが、会長が張りぼてみたいなもんだから、影の会長って呼ばれてる。
 きつめの顔立ちだけど、美人の部類に入る相沢に、憧れてる野郎どもも多い。
 けどな。
 俺は苦手だよ。
 俺より背が高くて、頭のいい女なんて、腹立たしいだけだ。しかも、俺に対しては風当たりが強いんだ。
「……似合わない名前よねぇ。鬼平じゃなくて、カマ平って感じぃ?」
「っっ!」
 俺は、女は殴らないことにしている。そんな事するのは男を下げるってことで……。
 だぁが怒った! カマなんて言われて黙ってられるか?
 殴るっ! ぜってー殴ってやるぅ!
 なのに、立ち上がろうとした俺は、椅子から出られなかった。
 秋山の奴が、俺の額を押さえていたんだ。軽い力なのに、立ち上がれなかった。
「相手にしない方がいい」
 低い囁きは吐息がかかるほど近くで、俺の耳に忍んできた。
「乱暴なだけが男の象徴じゃないだろう?」
 ギクッとした。
 俺が荒っぽい言葉遣いや態度をあえてとっていること、秋山は気づきやがった。
 俺のコンプレックスは、年を一つ取るごとに大きくなってる。
 どんなに焼いても上気するだけで色素が定着しない色白の肌は、女達から見れば、金出してでも手に入れたい肌理の細かさを持っているんだそうな。一応気をつけて運動してるんで、筋肉はついてるんだけど、そんなのはたっぷりした学生服に隠されて見せようがない。骨が細いのか、撫で肩のせいなのか、華奢な感じが消えないんだ。
 顔は母さんそっくりの、お目めぱっちりバラの唇って奴。眉毛なんて、整えたこと無いのに、剃ってんのか? なんて訊かれちまう。
 で、今でも私服の時は女と間違えられるときがある。
 そんなとぼけた真似してナンパなんかしかけてくる奴は、残らず俺の鉄拳でボコボコだ。
 とにかく俺は、女の子みたいって言われたり、そういう扱いを受けるのが、もっとも嫌いなんだ。
 平蔵って名が嫌なのも、イメージじゃないって言われるから。ホントはね、この名前自体は爺臭いけど嫌いじゃない。
 鬼平のキャラクターなんて、渋くて憧れてるくらいだしな。
 畜生、十年後を見てろよ。
 俺はまだ成長途上だ。身長だってこの半年で十三センチ伸びてる。夜寝てるとき、関節が軋んで痛くなるくらいの勢いだ。
 大人の体型に落ち着くまでアンバランスに見えるかも知れない線の細さだって、体を鍛えて克服してやらあ。
 俺の闘志を見て取った秋山は、額を押さえていた手で俺の髪をグシャグシャやってから解放してくれた。
「……無理して自分を作ること無いよ。君は君にしか成れないんだからな」
 ニッて笑うと、授業を受ける態勢に入ってしまった。
 俺は毒気を抜かれた形で、秋山を観察した。
 横顔はあくまでも理知的。間違った角度なんて構成要素には一つもない。
 そんな端正な顔が、俺のすぐ真横にある。
 大人の横顔って感じ。なんでだか、幼さとは無縁の顔に見えた。何年か留年でもしてるんだろかって思うほど。背の高さも、色の浅黒さも、筋張って引き締まった首筋も。学ランが似合わないくらい。そうだな、背広だ。胸板の厚さや落ち着いた雰囲気も、同じ制服なら企業戦士の制服の方が似合ってる。
 俺がこうありたいって思う全てを、秋山の容姿は備えていた。
(良いなぁ。あんな風に生まれたかったなぁ……)
 俺もその時、確かに秋山に見とれてた。
 だが、恋なんかじゃない。俺の理想の具体化した形だから見てただけだ。それだけさ。
 ふと秋山の横顔の向こうの、相沢由加子に目が行った。
 相沢は秋山をボーっと見てた。
 目元がほんのり染まって、俺とは違う意味で秋山に見とれていたんだって、すぐ分かった。
 ズクッて心臓が波打った気がした。
 相沢の目は秋山しか見てなくて、無防備に気持ちを曝してた。
 初めて見る目の色だ。相沢の、女の色。
 俺に絡んでくるときは、男と変わらない無造作さなのに。
 あんな目も出来るんだって、初めて知った。
 たった今、相沢由加子は恋に落ちた。転校生のハンサムに。
 へっ、カンケーねーや。
 俺は秋山に教科書を差しだし、楽しい居眠りに身を委ねた。
 
 
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 体育は俺様の時間。
 ガリ勉ばっかりのこの学校では、普通の才能でもスポーツ万能選手のような扱いを受ける。
 もっと時間があれば、いくらだって出来る奴いると思うんだけど。
 やる気のある奴少ないんだよ。
 俺だけがやる気満々。
 俺みたいな奴が、もしウラナリみたいな生活してたら、マジであだ名がカマ平になっちまうからだ。
 それだけは阻止したい。
 全く、運痴じゃなくて良かったって、何度も思ったもんだ。
 その日の種目はサッカー。俺は小学校の頃から地元のチームでセンターFWをやってたもんで、得意中の得意。こんな学校の授業程度じゃ、俺の独り舞台だ。
 どれ、転校生はどんなかな?
 秋山をマークしてみた。同じチームにされたから、ボールを回してさばき方を見ようと思ったんだ。
 秋山は華麗にデビューを果たした。
 ドリブルも、トラッピングも、シュートも。
 俺なんか足元にも及ばない技術を持ってる。
 しかも我が儘な動きはしないで俺に合わせてもくれたから、なんだか俺まで動きが良くなった気がしたくらい。
 こいつ、出来過ぎだよ。
 第一印象で性格悪そうなんて思って悪かったな。
 俺は心の中で謝った。
 でも。
 謝りながらコンチクショウって思ってた。
 俺の容姿に関するコンプレックスを滅茶苦茶刺激してくれた上に、尚かつ良い奴らしいってのは癇に障る。
 羨望が妬みに変わる。
 その醜さに自分自身嫌気がさす。
 俺の中での嫌な予感が、奴のことを性格悪そうって思わせたんだな。
 こいつの側にいたらやばい、って感じ。
 だから、昼休みに校内を案内してくれって奴に頼まれたときだって、相沢に代わって貰った。
 相沢の感謝の瞳を俺は笑って受け取ったさ。
 秋山はちょっとムッとしてたけどな。
 良いじゃねーか、相沢なら懇切丁寧に案内してくれるぜ。何しろ好きな相手なんだから、面倒とも思わんだろう。
 とにかく俺はお断りだ。
 秋山と並んで歩いて引き立て役になるのはごめんだからな。
 
 
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 うちの学校は試験好き。模試やら実力テストやら、年がら年中だ。
 そのうち、成績に反映するのは定期考査だけ。実力テストに至っては、自分の腕試しでしかない。
 と、言っても、テスト勉強しちまうのが俺達なんだけど。
 秋山が最初に参加したのが実力テストだった。成績発表は学年学科別で、上位者百番まで実名、残りは点数分布のグラフで表される。
 この発表が校内の一番にぎやかなイベントってとこが、また嫌みだよな。
 みんな実力テストなんだからとか言いながら、結構マジで勉強してやがるってことか?
「うわ、全科目同じ奴がトップかよ  
 掲示板の人だかりが、その叫びでどよめいた。
 言われてみれば、どれも一位は秋山須臣。
 今まで常連の上位者はみんな一つずつランクダウンしてる。
「秋山須臣って?」
「A組の転校生だよ」
「そんなんありだったのぉ? うちの学校!」
「らしいな。実力勝負って事か?」
 ああ……。トップ取って正解かも。
 そうでなきゃ、影で何言われるかわからねー。
 どいつもこいつも、お受験に打ち勝って入った人間ばっかで、それなりにプライドがあるからね。転校生なんてのがありなら、それなりの奴じゃないと認めたがらないんだ。
「……まるでお祭り騒ぎだね」
 突然頭に降りかかってきた艶やかな低音に、飛び上がった。
「っ! 秋山!」
 ざわわっという音が聞こえてきそうな勢いで、そこにいた全員が視線を向けてきた。
 気のなさそうな顔で掲示板を眺め、もう一度俺を見下ろしてにっこり笑った。
「お前、すげーな。全科目トップじゃん」
「まぐれだよ」
 気が付けば、俺達の周りは遠巻きの輪が出来てた。
「まぐれでこんな成績とれるか?」
「だって、別に特に勉強やってないし……」
「ええっ?」
「……実力テストだろう? 腕試しじゃないか」
 またどよめきが走った。気のない言い方からして、突っ張った台詞じゃないみたいだったから。
 そういうわけで、秋山はすぐに有名人になった。
 相沢がくっついてるおかげで、他の女達は遠巻きにしているようだが。
 秋山のモテ方は男女問わず。
 気さくで頭が良くて、控えめな態度が男共にも好感を与えたらしい。
 そんな奴に、俺だけが冷たいって、関係ない奴から忠告を受けた。
 そのうち俺が浮いちまうってな。
 こんなクラスから浮いたってかまやしねーけど。
 
 
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「長谷川、数学やってきた?」
 秋山が朝から俺を覗き込んできた。
 畜生、やっぱりイイ男だな……。
 奴だけが俺を長谷川って呼ぶんだ。初日のせいで、俺が名前のことを気にしてるって思ったらしい。
「……きてない」
 俺は必要最低限の言葉で奴に応じるようにしている。早く席替えにならないかなぁ。
 ほら、奴の顔を間近で見ただけでコンプレックスの腫れ物がジクジク痛み出す。
「君、今日当たる番じゃない?」
 そうだっけ。
「……いいよ、べつに」
 そっぽ向いてうそぶいた。
 数学の宮田は、出来ないと文句百万だらの嫌みを言って来る。ついでにな、テスト返すときなんて、出来た順だぜ。後の方で返された奴は、そんだけ出来が悪かったって周りに知られちまうんだ。ご丁寧に赤い点数の横に、順位が青ペンで書き込まれてたりもする。
 ビリが二回も続いてみな、もうバカ扱いだ。黒板の前で立ち往生しようものなら、クラスの奴らも「こんなのも出来ないのか」って冷たい視線を送ってくる。
 なぁんかどうでもいい気分だったんだ。
 来年は俺、Aクラスから都落ちだな。全然かまわねぇけど。
「ほら、写せ」
 秋山がノートを俺の前に置いた。
「なんで……」
 俺はノートの隅の綺麗な右上がりの文字で書かれた《秋山須臣》に目を落としたまま呟いた。
「いいから写せ。宮田の嫌みなんか聞きたくないだろう?」
 何でこいつは俺に構うんだろう。俺の中の醜い腫れ物が、また少し大きくなった気がした。
「いらない」
 俺はノートを秋山の方に突っ返した。
「あ、秋山、俺に見せて!」
 横から割り込んできた野上に渡したって良かったのに。
 秋山はさっとノートを抱え込んでガードした。
「だめだ。長谷川が先」
「なんでー? いらねぇって言ってんだから、いいじゃんよ」
 口を尖らせて言う野上に、苦笑しながらも断固とした口調で秋山は言った。
「僕は長谷川に貸したいの!」
「ちぇーっ、お姫様は得だよなぁ」
 ガタンと椅子を蹴った。
 貴様! ゆうてはならんことを!
 誰がお姫様だ!!
 でも、俺が殴る前に野上はぶっ飛んでた。
 秋山の拳が俺の鼻先を掠めた気がしたってのは後から思いついたこと。
 教室中の注視の中、今すぐここから消え去りたいって思っていた。秋山のせいで、ホントに俺はお姫様扱いされてる。ナイトのような顔して代わりに討って出る秋山に特別扱いを受ける俺は、一方的に羨望の対象となっている。
 秋山の考えが分からん。
 面倒見の良い友人のポジションを全力で演じてるように見える。
 俺はあいつを友だと認めていないのに。
 小さな親切大きなお世話だ。
 秋山が側にいるだけで俺は華奢に見えてしまう。余計に名前がミスマッチに見える。
「んでだよっ。よけいなことすんなよなっ!」
 睨み付けてやっても、くるみ込むような微笑みを瞳に浮かべて見下ろしてきやがる。
 畜生! そんな目で俺を見るなって!
「……っ。お前なんかっ! 大っ嫌いなんだよっ」
 怒鳴ってから、その意味を考えた。
 秋山は石みたいに固まったまま俺を見据えてて。その瞳は空っぽに見えた。
 のろのろと起きあがってきた野上ですら、反撃もしないで秋山を見つめてた。
「ごめっ」
 これまた考えるより先に口をついて出た呟きだけを置いて、俺は駆け出してしまった。
 秋山の石化が周りにまでうつったみたいにシンとした空気が居たたまれなくて。
 その日俺は、鞄すら教室に置いたまま家に逃げ帰った。
 帰ってくるなり部屋に鍵をかけ、ベッドにダイブして。
 秋山の空っぽな視線が突き刺さったままで頭が痛い。
 最近の俺、変だ。秋山が来てから掻き回されっぱなし。
 秋山が俺の理想だから。
 そいつに俺は言っちゃったんだ。大っ嫌いって。
 感情の赴くままに八つ当たりした結果。
 秋山の表情は、全くの不意打ちをされた傷つき方だって教えてた。
「畜生! 明日どの面下げてあいつに会うんだよぉ!」
 多分きっと、俺が教室に入った途端に、またクラス全体が石化するんだ。
 クラスのアイドルの秋山を傷つけた異分子に対して、冷たい視線が集中して……。
 俺はお姫様なんかになりたくなかったのに。
 コンプレックスなんてバネに出来るくらいの根性を、持ってるつもりだったのに……。
「学校……行きたくない……」
 秋山みたいに生まれてたら……毎日楽しいだろうになぁ……。
 枕が少し湿って冷たくなってた。
 涙……出ちまったらしい。
 
 
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 夜のネオンが目を刺す。
 いつ俺はこの場所に繰り出したんだろう。
 知らない道を確信に満ちた足取りで歩く。
 派手な電飾看板。ファッションパブとか、テレクラとか、覗き部屋……。
 ピンクと黄色と赤と緑……安っぽくて下卑た配色。
 こんな所来たこと無い。
 足取りは変わることなく奥へと進む。
 やがて、電飾看板も立ちんぼのおネーさんも、はっぴ来た呼び込みのにーさんもいなくなって。高い塀と緑と小さな入り口が並ぶ、少し寂しげな路地に出た。周りは団体さんがいなくて、ひっそり歩く二人連ればかり。
 ふと見上げた先に、さっきとは趣の違う看板の林。
 これってホテル街?
 何か変。
 入り口の前で踵を返そうとして、体が意志通り動かないことに気づいた。
 ちょい待て。こんな所はいりたくねーよ。大体一人で入ってどーする……。
 フロントを素通りしてエレベーター。
 部屋番号は五〇四。
 軽いノックで扉は開かれた。
 俺を嬉しそうに見上げる男に密かに舌打ち。
 好みじゃないってか。
 待てよ。それは本当に俺の感情だろうか?
 男相手に好みも何もねぇだろうに。
 それにしてもな……。
 こんな所で男同士で何の相談だ?
 歳は三〇くらいのそいつは、ねっとりと俺の手を取った。
 げっと思いながらも俺の体は大人しく彼に引っ張られて部屋に入り込んで。
 部屋に入るとき、かまちに頭をぶつけそうになった。
 部屋も天井が低い……のか?
 いや。俺の背が伸びてるんだ。そう考えてみれば、何もかもがいつもの視点よりも高い位置にあった。
 ゴテゴテのベッドルーム。案内役は金縁眼鏡をかけたサラリーマン風。一重の細い目と、酷薄そうな唇。気弱そうなくせに好きそう……てか?
 え? 今の……俺の考え?
「……どういうのが好きですか?」
 なにきいてんだ? 俺の口。それに、この声……?
「君は?」
「……僕……?」
 って言われても……。
「何でもOKなの?」
「ゴムは……使って下さい」
 おいおいおい。何言ってんだよぉ。
「座って」
 男がパフパフと叩いたベッドの端に、腰掛けた。でっかい溜息を、奴に見えないように上向いてついた。
 そしたら、天井は鏡で。俺じゃない顔と目があった。
 俺は溜息を吐いた口をあんぐり開けたまま立ちすくんだ。俺自身の感覚だけだが。
 天井から俺を覗き込んでいた顔は無表情のままで、しかも秋山須臣のものだったからだ。
「……アキラ?」
 アキラだとう?
 何で秋山がアキラなんだ?
 いや、そんなことより、何で俺の顔が秋山なんだよ?
「初めて指名してみたけど、こんなかっこいい子だなんて思わなかった。今だけは……君は僕のものだ……」
 後ろから首筋をぺろんと舐められた。
 思わずヒッと叫びそうになった俺は、体の方が何にも反応していないのを知った。
 驚いているのは俺だけで、この身体……つまり秋山須臣は驚いていない。
 慣れてる?
 服を脱がされて、体中舐められて……。
 男はどういうつもりか、俺の……もとい秋山のシンボルを扱き始めた。
 一人で誰にも見られないとこでするのが当たり前のことを別の男にやられて、気持ち的にはゾゾッとした。
 けど。
 身体を走ったのは単純な快感。
「若い身体は良い……。とても素直だ……」
 ベッドで男がいろんな事し始めた。
 やだな。これは夢なんだ。
 何かよく分かんないけど、俺は秋山の中にいて、よりによって……。
 だって、秋山がそんな、必然性なしだよ。
 俺は何だってこんな夢見るんだろう?
「あ、口だけはだめ」
 俺の口が断固とした口調で穏やかに言った。
「キスはしないよ。それ、俺のポリシーだから」
「何だ、ありがちなこと言うね」
「他は何しても良いけどね……」
(良くない、良くない!)
「キスは恋人と?」
「うん。それくらいは取っておきたいって言うか……」
「いいよ。僕を楽しませてくれれば……」
 男は一度身体から離れて、何かチューブを持ってきた。
 クニュリと出されたそれが、俺の……秋山の尻に塗り込まれて……。
 グリッと指が突っ込まれた。
 痛い……。
 なにっ……ってんだよぉっ! そんなとこおっ。
 ぬく、ぬくっと中を探られて、突然ビリリと電撃を食らった。
「ああっ」
 裏返った声は俺のかな、秋山のかな。
 変なんだ。ケツの穴。糞の出るとこなのに……  。
 痛かったはずが電気にやられた後は気持ちいいような訳わかんなさ。
「あ……ん……」
 背筋のゾクゾクは不快感じゃなかった。出ていく指を捕まえようとしてしまったくらい。
「感じやすいんだね……」
「うっく……」
 前を扱かれながら後ろをずくずくやられて、身体の力が抜けていく。
(さっさと終わりにしてくれよ)
 唐突にそんな考えが浮かんで、俺=秋山は、尻をクイクイ振った。
 すると、男もハァハァ言いながら、真っ赤に充血したペニスを俺の前に突き出しやがった。
 他の奴の勃起したものなんて初めてみたけど、気持ち悪い。
 なのにどんどん顔に近づいてくる。嫌悪感が腹の底にあるのに、俺の口はパクンとそれを銜えた。
 チュクチュクと軽く吸いながら舐め回して。
「ああ、淫乱なお口だね。こっちはどうかな……?」
 いやらしい言い方で尻を触るな!
 怒鳴って逃げ出したいのに、俺は腰を震わせながら男の手の促しに、四つん這いになった。更に腰を高く掲げさせられて……。
 やばい。それってやばい!!!
「あああっひぃ」
 グンと突き込まれた。
 痛い……。
 指の何倍もあるものが、俺の尻に深々とはめ込まれ……、やがて動き出した。
 ゆっくりと、俺の中を抉るように。
「ああ、狭くて熱くて……素敵だ……」
 あたりまえだろう? ケツの穴だぜ。
 グイグイ押し込まれる力で、俺の腸がぐねってる。腹……痛いよぉ!
「あっいいっいいーっ!」
 痛いのに、口ではそんなこと叫んだ。
 何で……?
 そう思った瞬間、ぷつっと力が抜けた。気が遠くなりそうな痛みだと思っていたものが、急激に変化して。さっきも感じたゾクゾクが体中を駆けめぐった。
「あっあっあっんん」
 今度は本当に俺の出した声。
 不思議なことに力が抜けた後、俺の意志が行動に反映するようになった。秋山の意志はどこかに行ってしまったのだろうか。
 とにかく、完全に自由が利くはずなのに、俺は逃げ出しもせずに今まで感じたこともない感覚に溺れていた。
 男の手が俺を扱いていて……俺もイかなきゃ辛くて……。こんな嫌らしい状況は、絶対許し難いのに。
 このままイきたい。我慢したくない……。
 で、俺は降参した。
「うっ」
 男の低い呻き声の後、俺の中で爆発した圧力は、一気に腹を駆けめぐって。
「ひいいいっ」
 これ、子供の頃にやられた浣腸みたい。イチジクじゃなくて、注射器のでかいの。
 俺は抜き出された途端に便所に走った。実際はよろよろ這いつくばるように進んだんだけど、気持ちでは走ってたんだ。
 ジンジンとケツが痛い。ヒリヒリしたそこが、力を入れても入らないようなおぼつかなさ。
 浣腸は、やられてから五分はじっとしてないといけないって婆ちゃんに言われたけど、これは浣腸じゃないからいいよな。
 便器に座って出すものだして。
 俺はそのまま気を失った。
 
 
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「平蔵! 飯! いらないのかぁ?」
 なんだよ親父。今それどころじゃねーよっ。
 ケツが切れちまってるに決まってる。
 そう考えて、ハッとした。
 親父に見られた?
 ガバって起きて驚いた。
 そこは俺のベッド。クロゼットにはめ込まれた鏡を覗き込んでいるのは俺の顔。
 俺の部屋に戻ってる!!
「何だ……夢か」
 口にしてみてホッとした。
 秋山も、あの男も、夢に出てきただけ。俺の尻はヴァージンのまま。
「よかったぁ……」
 こんなにホッとしたこと今までねーよ。
 ふうって起きあがって、なにげに股間をみたら濡れていた。
「げげぇっ」
 性夢だ。夢の中でイッて、ホントに出してた。
「うわぁぁぁっ変態過ぎるぅっ」
 慌ててズボンとブリーフを脱ぎ捨てた。
 制服……予備のズボン出さなきゃ。
 Hな夢で下着を汚すこと自体は男の生理だから仕方ないにしても、見た夢が問題だよ。
 男の秋山になって、知らない男に抱かれてイくなんて。何だってあんな……。
「平蔵! なぁに拗ねてんだ! いい加減にしろぉ! 降りてこーいっ」
 親父の濁声がしつこく響く。
 急いでティッシュでそこを拭き取り、新しい下着を着けた。寝間着を着る時間でもないし、シャツとジーパンを適当に着て。
「へーい」
 牢名主への返事みたいに叫ぶのは、俺の習慣。そのまま階段を下りてダイニングに向かった。夕食だけはなるべく家族揃って取るようにするってのが、うちの両親のポリシーで。
 面子が全部揃うまで晩酌をしながら飯待ちをする親父に負けずに、俺も腹減っていた。
 うん。この匂いだと、今日はカレー……?
 んで、ダイニングの扉を開けたらば。
 秋山がいた。
 既に出来上がった親父と、仲良く差し向かいで座って。
「おっせーんだよっおま、友達に面倒かけて、何、天の岩戸してんだよぉ」
「そおよお! わざわざ鞄届けてくれたんだから、ちゃんとお礼言いなさいよっ」
 手伝いなんてしたこと無い姉の千絵は、かいがいしくおさんどんしながら秋山にまとわりついてるという具合。
 戸口で固まった俺は、秋山を凝視していたんだが。秋山の奴はすまなそうな顔して、俺をうかがった。その顔は、なんだか捨てられた子犬っての? 惨めったらしく卑屈に見えた。
 こういうの、きついよなあ。
「……さっきはごめん。俺、どうかしてた」
 秋山は俺が謝った途端に、ホッとしたように笑みを浮かべた。
「いや、余計な手出しをした僕が悪かった。すまん」
   野上は?」
「失礼なこと言って悪かったって。君が気にしてる事をつついたって自覚はあったみたいだ」
「可愛いって事にコンプレックス感じてるなんて、ふざけてるわよね。平ちゃんが疎んじてる美貌を、どれだけの人が欲しがってるか! あんまりわがまま言うと、罰当たるわよ!」
 やけに猫なで声で割り込んできた千絵の台詞は、もう耳タコなもの。
「俺……ねーちゃんにあげたかったよ。そんなに欲しかったんなら……」
「ぶぁーか! あたしなら貰わなくても充分持ってるわよっ」
「でも俺の方が肌綺麗だって、いつも打つじゃねーか」
 言った途端にベシッと頭をはたかれた。
「しょったこと言うんじゃないわよっ! さっさと食べなさい!」
「ガングロも流行らなくなって、これからは色白だって。ネーちゃんは早めに美白始めねーと間にあわなっ」
 バコッとエルボーをカマされた。
「ってー」
「千絵! はしたないわよっ」
 千絵のやつ、かーちゃんの怒声にハッとして、秋山の見開いた瞳にさあっと青ざめた。
「あらっ、あたしとしたことがっ。ほほっほほほ」
「今更取り繕ったって、無駄だぜ、ねーちゃん」
 もう一度殴られそうになったから、秋山を目で指した。
 すんでの所で固まった姉の、悔しそうな顔。
 くすっと笑った秋山の声に、カアッと顔を赤くして。可哀想なくらいに、穴があったら入りたいな顔だった。
「姉弟がいるのって、いいですね。僕も欲しかったなぁ」
「どういうところがいいの?」
「打てば響くようなボケと突っ込み。生活に弾みがつく上に、自慢したいほどの活発な美人だから……」
 ふにゃああぁ。
 姉がふやけていく音が聞こえた。
「あんまりおだてると、後が怖いぜ」
「……おだてなんかじゃ。僕って、一人っ子だったから……」
「俺は弟が欲しかった。一緒にキャッチボールしたり、サッカーやったり、プロレスしたりする……」
「プロレスなら千絵としてるだろが」
「お父さん!」
「ますます羨ましい」
「お前なぁ。十六にもなって姉とプロレスするわけないだろ?」
 いくら何でも、そんな恥ずかしい。
「何だ……」
 瞬間がっかりした顔の秋山に、俺は疲れた溜息をついた。
 
 
8に飛ぶ
 
 
「へえ。本がいっぱいあるんだね」
 書棚を見回して、ハンサムな招かれざる客がつぶやいた。
 俺を学校だけじゃなく、夢の中でまできりきり舞いさせてくれる秋山須臣は、俺んちの家族団欒にまで食い込んでて。
 結局食後に俺の部屋でお茶を飲むことになってしまった。友達が来たらそういうコースだって頭から信じてる親父のせい。
「幼稚園のころから民話や童話を読みあさってきたから……」
「神話や寓話も好きなの?」
「ああ」
「子供向けじゃないやつは結構残酷だろう?」
「うん。宗教に根ざした変な正義感が、一方的な正義を振りかざしたときは、恐ろしいことになるって話も結構ある。思想のパラドックスみたいな……」
「人間てさ、どんなに歴史を重ねても、根本は変わらないんだよ。基本的に自分のことしか考えられない弱い生き物だ」
「そこまで言う?」
「基本だよ。自分のことすら考えられなくなったら、もうお終いだけどね」
「……自分が嫌いになれば、生きるのも辛くなるんだろうな」
「君は自分のこと、本気で嫌いなわけじゃないだろう?」
「ああ。もちろんだ。俺は俺でしかないし、ここに在る以上生きてくさ。みっともなかろうが、笑いものだろうが、それが俺なんだから。俺はちゃんと俺のこと見てもらえれば、女の子みたいな見た目だってかまわない。俺に余計なイメージを持たないで欲しいだけ」
「……そうだね。僕は僕なんだよなぁ」
 しんみりしちまうのは何故だ?
 学校では快活な秋山が、暗い。
「秋山は自分が嫌いなのか?」
「いや……うん。あんまり好きじゃない」
「どうして?」
「本当の自分がよく解らないから」
「じゃあ、今のお前は何なんだ?」
「さあ……? この間までは抜け殻って気がしてた。でも、今はちょっと違うんだ」
 言い方が嬉しそうだったから興味を引かれた。
「ほう?」
「長谷川は、一目惚れって信じるか?」
 ああ、なんだ。そういうこと。
「……そうだな。ないとは言えねーだろうけど、そういうときの気持ちってあんまり信じられねぇ。一種の錯覚で、後は思いこみだと思う」
 幸福感に水を差すようで悪いけど、俺は自分の思ってることを正直に言った。
 秋山は瞬間歯を食いしばり、ぱっと表情を平静に保った。
「じゃあ、赤い糸は?」
「見えねーものは信じない。誰も見たことねーのに、何で赤だって判るんだ?」
「はは。まあな」
「ほんとにあって見えれば便利だけどさ、手繰ってった先に超好みでない女とかがくくられてたら、切り離したくなるだろ? その女の良いところとか見る前にね。だから、見えなくて良いんだ。出会えないまま死んでく奴だっているだろうし。最初から一人で生きてくことを運命づけられてるって知ったらショックじゃん」
「そういうことじゃなくって。運命の人の存在だよ。信じる?」
「……どうかなぁ……?」
「君の糸が男に繋がってたらどうする?」
「……気持ちわりいな。俺はホモじゃないから、もしそうなら一生独り身で、そいつとは腐れ縁の親友にでもなってるんだろうよ」
「そう……だね」
 ますます暗く溜息をつかれて、俺は気詰まりでしようがなかった。
「秋山……」
「ん?」
「お前、恋煩いでもしてんのか?」
 瞬間的に飛び上がって、憂鬱そうな顔もハンサムな男は、カアッと赤面した。
「あ、図星か。誰だ? 俺の知ってる奴? 観念して言ってみろ」
 勢いで言ってから、そう親しいわけでもない俺が出過ぎてるかと思い直した。
「やっぱ言わないでいいや。立ち入ったことだよな」
 秋山は呆気にとられたような顔をすぐにゆがめて、悲しそうに笑った。
「高嶺の花すぎて口にできない。たぶん、一生報われないって気がしてる。……一目見て、この人だと思った。どこにいても吸い寄せられるように見つめてしまう。気になって気になって……どうしようもなく苦しい……」
「告白しちまえ。当たって砕けて、すっきりすればいいんだ。もしかしてゲットできるかもしれないじゃん」
「……無理だ。向こうは僕のこと何とも思ってない……」
 悲しげな潤んだ瞳ですがるように俺を見つめてきた。
 だがなぁ。俺は人の恋路を邪魔は出来ても手伝いが出来るほど気の利く男じゃない。
「秋山ぁ。お前、滅茶苦茶いい男じゃないか。大丈夫。お前が真剣にアタックすれば、たいていは落とせるって」
「本当にそう思うか?」
「うん。俺が保証する」
 変な夢に登場させちまった後ろめたさも手伝っていたけど、俺は本気でそう言って大きく頷いたんだった。
 秋山は憎たらしいほど良い奴だ。見た目も頭も、性格もいい。強いて言うなら、『揃いすぎて怖い』ってやつだろう。
 
 
9に飛ぶ
 
 
「おはよう!」
 翌日、あまりに明るく声をかけてくる秋山に、俺の方が固まった。周りの奴らも、昨日の今日でいったいどうしたんだ? という顔で観察してきた。
「……はよ」
「昨日はごちそうさま」
「ああ……」
「なんだよ、なんだよ? なにがごちそうさまだよ」
 野上が昨日のことを棚上げで、首を突っ込んできた。
「長谷川の家で夕食をごちそうになった」
「鞄届けて貰ったんだ」
 俺たちは同時に野上に答えていた。
「秋山君が届けたの? よくそこまでするわね」
 相沢まで…………。
「僕が悪かったんだから、当然」
 秋山は尊大な言い方で二人を黙らせた。だあれも納得なんかしてなかったが。
「俺こそ悪かったのさ。自分の容貌のことなんて、気にしすぎるのがいけない。生きてく上じゃ些末なことだよな。俺は俺でしかないんだもん」
「おー、とうとう悟ったか。で、どうする? 性転換するか?」
「殴られたいか? 俺は俺だって言ってるの。女になるなんて言ってねーぞ」
 俺が穏やかに異議を唱えてるのに、秋山の方が殺気を放った。野上の奴は昨日殴られたのを思い出したらしく、首をすくめて即座に謝った。
「秋山は相変わらず平蔵の犬をやる気か」
 十分間合いを取ってから、そんな捨て台詞を吐いた。
「……そうだよ」
 ぼそっと言った声に俺の方も飛びすさった。
 こいつ……。
 野上への返事でも、俺への告白でもない、独り言の科白が犬になりたい……?
 こいつ、やっぱおかしい。勉強のしすぎでおかしくなったとか…………。
「あ……秋山……?」
 しーんと固まった俺達級友をねめ回し、にっこり笑った。
「……やだな、本気にした?」
「な……、冗談だったら、それらしい顔で言ってくれ……」
「そ、そうよお!」
 相沢は口ではそう言いながら、秋山のことを不思議そうに見つめていた。相沢の奴、まだ秋山に直接アタックはしてないんだろか。
 相沢の切ない視線は、がさつなほどざっくばらんな態度とかに埋没されて、あまり伝わってはいないようだ。
 秋山は秋山で、苦しいと愚痴るほどの片恋をしてるらしい。
 野上は……俺と同じ能天気。多分。
 秋山や相沢が大人びて見えるのは悩みが人を大人にさせるからなのかな。
 
 
10に飛ぶ
 
 ここ、どこだろう。
 学校から直帰して、宮田の出した宿題の山を片づけていたはずなのに。
 前日無断欠席したせいで出された宿題は、間題集二○ページ分だ。一晩で出来るかどうかって時になんでまた……。
 豪華なマンションの一室に俺はいた。
 大理石の玄関、長い廊下の左右に高そうな材質のドア。俺のいるリビングは、玄関ホールからすぐ右手。奥はダイニングとキッチン?
 置いてある家具も、内装も高そう。
生活臭のある細々とした物が置かれてるせいで、どっかのモデルルームよりは温かい感じがする。
 壁に掛けられたシックな時計が五時を指していた。
「アキラちやん、お風呂に来てえ」
 甘い鼻声はやけに野太くて。また俺はあの夢の続きを見てるのだろうか。
 通りがかりの壁に掛けてある姿見に映った俺は、秋山の姿をしていた。
 案の定、知ってる足取りでたどり着いたバスルームを開けると、中で待っているのは男だった。
「やだあ、なに堅くなってるのお?」
 堅くなってるんじやなくて、呆れてるんだよ。おねえ言葉がこれほど似合わない人もいないかも。見るからに強面の、四○代の男。土建屋とかのオッサンによくいるタイプで、体は肉体労働にびったりなムキムキの筋肉デブ。バッジつけてスーツでも着てれぱヤクザだって思われるかもしれん。
「もうっ、硬くするのはアソコだけでいいのよ。はやくいらっしやい!」
 指先をひらひらさせて湯船から手招きされて……。内心俺はウエーッとなった。
 心の中の溜息は、俺の……?
 ゆっくり全部脱いで、湯船に近づくと、男は俺のペニスをいきなり舐め始めた。それがまた巧い。手慣れた動きは絶妙に俺の性感を刺激してくる。
 目をつぶって別の姿を想像してれば、楽な客だ。
 ……わ。今の考えってなに? 
「アキラちゃんのはとってもいい形してる……。竿も袋も大きくて……ほら、こんなに硬くなれるのよ」
 言われて思わず目をやれぱ、でかいのが既に発射準備0Kになっていた。俺のとは比べものにならない大きさ。
 いい形なのか、……これが……。
 ちゃんとむけてて上向き加減にそそり立つそれは、大きさ的にも確かにこうだったらいいなと俺が願ったものだった。
「ね、してちようだい。あたしを揺さぶって」
 俺はコンドームをしっかりと装着して親父に挑むことになった。尻毛が生えてる色黒の尻だ。
 ……よく萎えないよな。若さって偉いと思う。
 ヒクヒクあえいでる親父の尻の穴に、俺は誉められたいちもつをゆっくり押し当てた。
 潤滑剤付きコンドームのペニスは、つるんとスムーズに入っていく。尻の穴なのに、ガパガパだ。使い込んでるんだろうな。
「ああんっそこっそこいいっ」
 クイクイ尻を振りながら、絶妙に締め付けてくる親父は、舌技と一緒で単純に快感を引きだしてくれる。目をつぶって、好きなアイドルを思い浮かべ、俺はしこしこと挿入を繰り返した。熱くて、きつくて、柔らかくて……。すげー気持ちいい。親父がイクまで何とか持ちこたえて、不随意らしい痙攣の後、キュッと締め付けがきつくなった瞬間に俺もイッた。
 
 
10
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「あっきやまくーん」
 黄色い声に連呼されても、顔色一つ変えない奴はクール。そういや、夢の中の奴も、えらくクールだ。中に入ってる俺はドギマギしっばなしだけど、行動自体はいたって冷静。
 つまり、俺ではない、奴の意識のもとに行動しているわけで、俺はその後ろに隠れて一緒に実感しているだけなんだ。
 何度も同じ様な夢を見る度に、俺はいろんな体験をする羽目になった。どうやら夢の中の秋山は、男相手に体を売っているらしい。
「長谷川! パス! こっち!」
 俺がカットしたボールの行き場を探す視線に素早く合わせてくる秋山は、絶妙のタイミングで俺の投げたボールを受け取った。
 そのままシュート。スリーポイントがきれいに決まった。バスケットでも秋山はスターだった。
「きゃー!」
 女どもは自分の体育をそっちのけにして俺達の素人臭い試合を観戦している。
「ナイスパス! 長谷川!」
 浅黒い肌と真っ白な歯のコントラストに涼しげな瞳が加わった、さわやかな笑顔が俺を覗き込む。
 秋山、ごめん!
 こんなに爽やか好青年の秋山が、売春してる夢見るなんて。
 俺、ホントに秋山がそんなことしてるなんて、考えたこともなかったはずなのに。どうしてあんな夢見ちゃうんだろう。やらしいこと、いっぱい、いっぱいしちゃうんだろう……。
 後ろめたいから、余計に秋山の笑顔がまぶしく見えた。
「……どうした?」
「あ?」
「顔色、真っ青だぞ」
 心配そうに覗き込んでくる奴の顔をまともに見ることが出来なくて、俺はうつむいた。
「長谷川?」
 肩に手を置かれた瞬間に、俺は奴の手を払ってた。
「触るな!」
 夢の中のあいつとは違うはずなのに、ゾクッとした。そんな自分が嫌で嫌で……。きっと秋山はまた凍り付いた瞳で俺を見てるだろう。訳も分からず、ばっさり切り捨てられたようなものだ。
「……ご、ごめ……、俺のこと、ほっといてくれ」
 秋山から逃げ出したかった。
 俺……ほんとに頭おかしい……。
 ぐらりと視界が狭まって、闇雲に走り出したはずの俺の脚はちっとも前に進まなくて……。
「長谷川っ! 長谷川っ?」
 柔らかく温かなものが俺に巻き付いた。途端に安堵感が俺を包んで、そうだ、眠ってしまえと誰かが囁いた。
 
 
11
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 気がついたら、今度は廊下を歩いていた。
 身体が言うことを聞かない。
 またあの夢……?
 でも、今日はいつもと違う。だって、ここは学校だ。見慣れた校舎の渡り廊下。保健室の戸口で、俺は立ち止まった。
 誰もいない。
 先生はまた、理科室にお茶もらいにいってるのかな。
 うちの学校の保健室は、ベッドが二つある。ちゃんとカーテンで仕切られていて、そのつもりで覗かなければ、誰が寝てるかも分からない。
 で、俺はまっすぐベッドの方へ向かった。
 窓の外から、いつもの女子バレー部独特のかけ声が間こえてくる。
「……長谷川……」
 俺の口は俺の名を呼んだ。
 ああ、また俺は秋山になっているらしい。
 ……、でもなんで俺の名を?
 ぐらりと腰を折り、ベッドを覗き込んだ。
 俺が寝ていた。
 多分、鏡の中と裏返しの顔、これだろう。変なものだな、自分を他人の視点で眺めるの。
 ぼんやり感心して眺めていたら、手が勝手に寝ている俺の髪をそっと掻き上げた。柔らかい感触。ひたりと触った額の皮膚も、さらっとしているくせに吸い付いてくるような感じ。自分に触れるのに、客観的な触感てのも変だよなぁ。
「……綺麗だ……」
 溜息混じりの声音に、俺はびくついた。
 今のは俺?
 いや、俺はこんな顔、綺麗だなんて思わない。
 夢の中の秋山は変だ。
 俺は自分の顔がどんどん近づいてくるのに気づき、慌てた。寝ている俺が近づくわけはなく、もちろん、俺が顔を寄せているわけで、その目的は。たぶん、きっと。
 うわーっ! やめれーっ!
 叫んでみたって、俺の意志は全然反映されない。
 俺は、俺にキスしてしまった。そっとついばんだ唇の感触は、なんだか冷たい。もちろん無反応。
 俺の唇って、柔らかいんだなあ。
 って、ばかばかばか!
 これは夢だ。てことは、俺は心のどこかで秋山にキスされたいとか思ってたんだろうか。いや、秋山になって、俺にキスしたいってこと? 変態過ぎるう!
 俺は自由の利かない状態のまま、気持ちだけで身悶えした。
「長谷川……」
 吐息混じりの秋山の声に、ドキッとした。
 ベッドに寝てる俺への呼びかけに決まってるけど、俺の存在に感づかれたのかと思った。
「僕のこと……好きになってくれ……。お願いだから……」
 ええっ?
 俺が理不尽に冷たくしたせい?
 俺なんかに好かれなくても、お前はいっぱい崇拝者を持ってるのに。そんな切ない声……出すなよ。
 今、どんな顔してるんだろう。俺の意識が秋山の中にあるせいで、奴の顔を見ることが出来ないんだ。これは夢だから、見たことないものは巧く隠されてるってことだろうか。
 そう思った瞬間、俺の瞼は意志通りに開いた。間近に男性美の極致のような端正な顔があった。
「秋山……」
 俺は夢の通りに保健室のベッドにいた。目の前の秋山も、夢の通り。
 ものすごく見たいと思った表情は、とっくに驚きの顔にすり替わってる。
 それがサッと青ざめ、やがてカアッと赤くなった。
「……起きてたのか?」
「ううん、何か……、夢見てた」
 どんな夢かは言わない方がいいだろう。
 よっこらしょっと起きあがって、憧れの美貌を見上げた。
「俺、どうしたのかな?」
「貧血……。寝不足じゃないのか?」
「夢見て疲れるってありかな。寝てるんだけど、寝てないみたいな感じ」
「ああ      
 肯定とも否定ともとれないうなずきをして、秋山が背を向けた。
「秋山?」
「……もう、下校時刻だ。歩けるようなら帰ろう。送るよ」
 声の震えが俺の胸のどこかをちくんと刺した。
「……なんでだ?」
「え?」
「何で、そんなに親切にするんだ?」
 無表情な仮面をかぶり損ねた秋山は、顔をしかめて、弱々しく笑った。
「……迷惑か?」
「訊いてるの俺だぞ。俺は、そんなに危なっかしそうに見えるのか?」
「そんなことはない。ただ……」
「ただ?」
「放っておけない」
「だから何で?」
 ためらいが口元をわななかせていた。
「……わからない」
 嘘つけ。何かを言おうとして、代わりにすり替えた台詞じゃないか。
「俺が、女の子に見えるんだろう? フェミニスト野郎」
「違うっ! そんなんじゃない!」
 慌てて頭を振る必死な様子に、かえって怒りを感じた。
「じゃ、どういうつもりだ? 俺のフォローに回りながら、優越感に浸るのが目的?」
 ああ……。言っちまった。
 秋山は見るからにムッとした。
「どうして君はそんな風に……」
 怒った顔で、悲しそうな声を出すという複雑なことをした秋山は、それこそ情けないという表情で俺を見下ろしてくる。
 そうやって見下ろされることが、どんなに俺のコンプレックスを刺激しているか、知りもしないで。
「俺は女じゃない」
「知ってる」
「兄貴を欲しいとも思ってない」
「君の兄貴になんかなりたくない」
 いらいらと受け答えしながら、ベッドを降りようとした俺の体を支えようと手を出してきやがった。
「ほっといてくれ!」
 バシッと思った以上の音が響いた。腕を払っただけのつもりがひっぱたいてしまったんだ。
「お前のそういう行動はむかつく。俺の側に寄るなっ!」
 勢いに引っ込みがつかなくなったせいもあった。表情を失った秋山の顔は、ものすごく怖くて。一緒に感じた罪悪感は俺を押しつぶしそうに膨らんでくる。
 どんどん、どんどん、俺を矮小な虫けらに変身させていく。
 秋山の硬直している隙に、俺は逃げ出すことにした。いたたまれない。
 それは自分からも逃げ出すことになるわけだが、そのときの俺は自分の播いた種を刈り取るエネルギーを持ち合わせてはいなかったんだ。
 けど。
 すれ違いざまに腕をがしっと捕まれて、つんのめった。
「……待てよ」
 低く抑揚のない声は、空白の表情と同じ凄惨さを感じさせた。
「っ……放せよ!」
「話は終わっていない。君は僕のこと、何にも分かっちゃいない」
「分かりたくないっ!」
 叫んだ刹那、ぐいっと腕を引かれて突き転ばされた。硬くて薄いマットレスのスプリングが、背骨にぶつかって痛い。
「なっ……するんだよっ!」
 痛いじゃないかと続けようとした口をふさがれた。唇全部食われちゃいそうなかぶり付き方で。柔らかいようで剛胆な舌がねじ込まれて、俺の口の中を暴れ回った。
 酸欠で死ぬっ。
 うーうー呻きながら奴を引き剥がそうとしたのに、身体全体を使って俺を押さえつけにかかってきた。
 口を解放された途端に俺はハァハァ喘いだ。酸素っ空気っ酸素っ    
 秋山は俺の上にまたがり乗って、俺を押さえてる。殴りかかりたい手首は強靱な手で握りしめられ、ベッドに押しつけられてて……。
 俺を見下ろす奴の顔は、もう空白じゃなかった。悲しそうな顔。自棄になった、投げやりな笑みが瞳に浮かんでる。
「僕がどうしたいのか、今から分からせてやる」
 口元を歪めて言い放ち、俺の両手首を右手一つで握りしめた。あいた左手が俺の身体に伸ばされ…………。
「あっ」
 手早くジッパーを下げ、下着をかき分けた指は、そのまま俺のペニスにからみついた。
「っに……ってんだよぉっ」
 やっぱり夢とは違う。ぞくっと背筋を走る戦慄は、あまりにも生々しくて。それが、秋山の手によるものなんだと思うと    
「い……いや……っ」
 強く怒鳴ってやりたいのに、あふれ出てしまう唾液が声をふさいで咽せた。
 身を捩って奴の下から這い出そうとした。
 野郎、俺の股を割って片足を食い込ませ、腰を押さえつけて俺のをもてあそんでやがる。
 握ってこすって、さわってつまんで…………。ああ、畜生!
「感じてるじゃないか……」
 溜息混じりの声音にカッとした。
 さっきまでの不機嫌さを払拭した嬉しそうな声だったからだ。瞳に踊る光ははっきり欲情を表してる。
「何っトチ狂ってんだよっ! 俺は女じゃねぇっ! さっさと退きやがれっ」
「女がこんなもの持ってるわけないじゃないか……。男にしか分からない気持ちよさ……教えてやるよ……」
「教わりたくなんかないっ」
「僕が、教えたいんだ。どうして僕が君をかまうのか、知りたいんだろ?」
 ああ、どうしよう。
 秋山の奴、ものすごい力だ。がたいも反射神経も、頭も上。巧みに抵抗の手をふさがれて、ちっとも逃げられない上に、身体の方が刺激に負け始めてる。
 いやだ。
 やい! 俺の身体! 俺の言うこと聞けよっ! 感じちゃだめだよっ。
「君は色っぽい。黙って座ってるだけでも、初な振りして誘ってるように見える……。ほら、こんなに身体は正直だ……」
「あ……ふっ」
 だめだ、そんな声出しちゃ。秋山がノッてくるのがわかる。息をあらげ、体は熱を持ち始めてて……。股に当たる熱いしこりは、もしかして…………。
 こいつ、マジでホモ……?
 女扱いしないったって、要するにノーマルの男が女に抱くような思いを持ってるってことだろ?
 俺、夢見てんのかな?
 ここにいる秋山はあの……。
 あの夢……。予知夢か?
 それとも        
「やめろっアキラ!」
 苦し紛れに叫んだら、直球ストライク。
 途端に秋山はギクッと凍り付き、俺を押さえる力は緩んだ。
 俺は抜け出して服を整えた。
 凍り付いたまま、また虚ろな表情に戻った秋山の、瞳だけが不穏な炎を灯した。
「……何で……そう呼ぶ?」
 低くしわがれた苦しそうな声で呟きながら、俺の方に腕を伸ばした。
 もちろん俺は一歩退いて避けた。
 この反応。
 あの夢はまさか……?
「源氏名……なんだろ? お前の」
 否定して欲しかったのに。
「身体……売ってるんだろ?」
 『何言ってんだ? わからないよ』って、どうして言わないんだよぉ!!
 睨み合いがどのくらい続いたのか、よく判らない。
 唇だけを震わせて凍り付いていた秋山は、急速に解凍した。
「変な奴……」
 フッとそっぽを向いて笑った口元はニヒル。
 やっぱりかっこいいなぁ、畜生。
 なんて、瞬間見とれた俺は間抜けだ。
 ぐいっと捕まれた腕が引っこ抜けそうになりながら、秋山に引きずられた。
「なっ」
「来いよ」
「どこへ?」
「僕んち」
「やだ! なんでっ」
「身体売ってるなんて、随分な事、言うよな。どういう根拠があるのか、納得できるような説明をする義務が、君にはあるはずだ」
「否定するのか?」
 でも、“アキラ”に反応した……よな。
「否定はしない。だから、ここでは話したくない」
 にべもなく言われて、俺はたじろいだ。
「……否定しろよ。そしたら俺、信じるから」
 悲しそうな瞳でかすかに微笑むと、溜息混じりに語る秋山は、激昂も去って、至極まともに見えた。
「いや、君は信じない。確信を持って言っている口調だ。だから、否定しない。無駄なことだ」
 更にすごい力で俺をグイッと引っ張った。
「つうっ」
 ホントに痛そうに声出しちまったら、秋山の奴は慌てて力を緩めた。
「僕んちに来い。話し合おう」
「……話し合うだけだろうな?」
「ああ。努力する」
 確約しろよっ。
 胸の内ではそんな不平をたれながら、それでも俺は、秋山の家に付いていく気になっていた。秋山の家に興味もあったし、否定しないという秋山の素行も気になったから。
 俺の夢は何なんだろう。
 アキラの存在も本当なら、俺が体験した数々のセックスも……本当?
 じゃあ、あのキスも……?
 でも、何で秋山がそんなことを……?
 そうだ。動機が知りたい。
 どうしても知りたいという欲求が、行ってしまえば犯られちまうかもっていう恐怖にうち勝った。
 
 
12
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 秋山が俺を連れて行ったところは、見覚えがあった。
 明るいうちは余計な物がごちゃごちゃ見えるから、ちょっと情けない繁華街。
 この通りをあっち側にまっすぐ行くと、ホテル街があるはず。
「知ってる足取りだな……」
 苦々しい言い方にハッとした。
 俺の家は、ここから反対方向に私鉄で駅五つ行ったところ。ここは、一般の高校生が遊びに来て楽しいものがほとんどない、場末の繁華街。
 ゆえに秋山は、ここを俺が知っているとしたら、俺もそれなりな同類かもって思ったのかもしれない。
「……夢で見たのにそっくりだったから……」
「デジャヴ……か?」
「ああ。実際来たのは初めてだ」
 ホッとした顔、するなよ   
 ホテル街を突っ切ると、緑がさらに多い静かなところに出た。
 古びた邸宅の並ぶ、住宅街。閑静で、さっきの繁華街とは対局をなすようなムードだ。
「さっきの道は近道。この辺に住む人は、あっち側を嫌っている」
「子供の教育上よくないって?」
「まあね。   そこだ」
 指さした先にあるのは、変わった形の煉瓦で作られた豪華なマンションだった。
 セキュリティロックの玄関をすり抜け、エレベーターに乗って。四階の角部屋の中は、ものすごく広いワンルーム。何部屋かあったのをぶち抜いたようないびつな形だ。玄関から直接見えない窓際に大きなベッド。南東向きの部屋で、気持ち良く朝を迎えられそうな感じだった。大きな観葉植物の鉢が幾つか。フローリングの床には、所々にラグマット。壁は薄いグレー、おいてある家具類は黒かメタル色。マットや寝具もモノトーンで、色味はほとんどない。
 寂しい部屋だって思った。
「独りで住んでるのか?」
「ああ」
 言いながら、奥まったところのキッチンに行くと、コーヒーを煎れ始めた。
「あ、俺、コーヒーはブラックね」
「砂糖もなし?」
「うん」
 俺は幸福の樹の側に寄りかかるように胡座をかいた。くつろいでる場合じゃないのに。
 秋山こそ変な奴。こんなところに独りで住んでる高校生。家族はどうしたんだ?
「父親は早くに死んだ。母親は再婚して別のとこに住んでる。このマンションは二番目の親父に買って貰った」
「……金持ちなんだな」
「僕には関係ない。この部屋は生前分与だからね。もうそれ以外は出して貰うつもりはない。縁を切った」
「ふうん」
 つまり、学費や生活費は自分でって事か。しかも、マンションって管理費とか、いろいろ家賃並にかかるって話だし。
「大変なんだ」
「そうでもない」
 苦笑する秋山から、コーヒーを受け取って一口飲んだ。結構美味い。
「そんなことより……。君は何を知っている?」
 真顔で問われて困った。本当のことを言っても信じて貰えそうもないし。
「ラブホにお前が入っていくのを見た。たしか名前は……ホテルこけし……だったかな。だせー名前」
 俺が見た夢では、同伴で入っていくというのは一度もない。だが、実際見かけたように表現するには、外を歩いている記憶のある日を利用するのが一番だ。
「……それでどうして僕がアキラだって分かる? しかも身体売ってるって……」
「見かけたのは一度じゃない。男とホテルから出てきたこともあるだろう? 男は嬉しそうにお前のことをアキラって呼んで、肩を抱こうとしてて。お前は手を払ったよな。時間外だとか言ってさ」
「……よく見てたな……」
 声の震えがショックを隠しきれないと言っている。瞳がめまぐるしく動くのは、一体どこから見てたんだ? って、記憶を辿ろうとしているからだろう。
 お前の中でだよって教えてやったら、どうするかな?
「時間外とか言う台詞。一人で入っていくラブホ。どう考えたって、まともな恋人関係じゃない。売ってるって考えるのが妥当だろう?」
   ああ」
 深い溜息と一緒に出された肯定の科白に、俺は少し悲しくなった。
 なあ秋山、何でお前はそんな事してるんだ?
 聞きたいけど聞けない質問。
 いくら同化して感覚を共有していても、一番大切な気持ちの部分はさっぱり判らないんだ。
 まてよ。どうして俺が判らなければいけないんだ?
「俺には……関係ないけど……」
 ぴしっと秋山の周囲が凍り付いた気がした。
「関係ないという以上、君は学校にチクッたりはしないって信じていいのかな?」
「……うん」
 別に俺は秋山をどうこうしたい訳じゃないし……。
「秋山は、遊ぶ金欲しさに援交してるようにも見えないから……」
 秋山の顔が泣きそうに歪んだ。
「どうしてそこでそういうこと言うかな……」
 バッと飛びかかられて、俺は持ってたコーヒーを自分の脚にぶちまけてしまった。
「うわっちちち」
 熱さに一瞬気を取られて、主導権は秋山に。またやばい体勢だ。この男はどうして俺の上に乗りたがるんだろう。
「僕は信じない。君なんか、信じないからな」
「なんでっ? 言わねーったら言わねーよっ」
「いや、だめだ。今そのつもりでも、いつか口を滑らせる。何の気なしに、あいつ、男相手に援交してるんだぜ、なんて口にするだろう。アキラって口走ったように」
 野郎は俺のシャツを鷲掴みにした。
 引き裂かれる布地の圧力で、身体が痛い。
「やめろっやめてくれっ」
「自分の滑りやすい口を恨め。関係ないなんて言わせない。今から君も秘密を持つんだ」
「やっ!」
 俺の腕はシャツの袖でくくられて、後ろ手に縛られてしまった。うつぶせにされ、のしかかるように秋山の身体に押さえられながら、ベルトをはずされジッパーをおろされた。
「なっなにするっ」
 つかみ出された俺の息子。こんな所掴まれちゃ、身体の力が入らない。
「あ……」
 下着と一緒にズボンをおろされた。跪いた形で、頭だけクッションに押しつけられて。
 俺は、犬みたいに這いつくばって、尻だけ掲げた体勢にさせられた。
「いや……やめて……」
 プライドも何もない。とにかく泣きが入っていた。恥ずかしい、怖い、辛い……。
「長谷川……」
 秋山の野郎は、自分が加害者側なのにも関わらず、哀れむ様な声を出す。
「なるべく痛くないようにするから……」
「じゃなくて、なにもするなーっ」
 芋虫のように身体をよじらせて逃げ出そうとした。奴は更にぎゅっと俺を押さえつけて俺のペニスを握りつぶされるかと思われる力でグイッと引っ張った。目の前を星が飛んだ。
「い……っいたいっ。やだぁ! やめろぉっ」
「そういうわけにはいかないんだ」
 生真面目な口調で、義務だとでも言わんばかりに囁いてきた。
「僕と関係してもらう。この際手段を選んでいる余裕はない」
 項や耳に優しくキスしながらの台詞にゾッとした。
「バカ野郎! 関係なんかしたくない! はなせっはなせーっ」
 いくら悪態付いても、秋山は何処吹く風。
 俺の身体は意志に反して秋山の手から熱を移され始めてる。
「お願いだから……僕を受け入れてくれ……」
 喘ぎ混じりの艶っぽい声音は、俺の耳元から電流になって身体を貫いていく。
 秋山は最初からこうしたかったんだ……。
 俺がどう応えようが、手っ取り早く俺を……。
 熱を持った指先がぬるりと何かを俺の尻に塗りたくった。少しずつ奥の方に突き進むその感触は……。
 嫌だな。俺は知っている。秋山の身体で感じたあの感触。
 俺の身体は瞬間初めての感触に硬直して、異物を押し出そうと痛みという信号を送ってきているのに。頭で、心で、それがどういう快感をもたらすかを覚えている俺は、無意識のうちに呼吸を浅くして、それを迎え入れようとしていた。
 もう少し奥に、もっと感じるところがあるはず。そこを触って欲しい。もっと、もっと奥!
 いや、だめだ!
「や……」
「……感じてるのか……?」
 嬉しそうに言いながら、指を増やしてきやがった。
「や……め……」
「……こんなに突っ張っちゃって。今やめたら辛いだろう?」
 俺のは確かにこれ以上ないって言うくらいに勃起していた。
「やだ……こんなの……やだ……」
 滲み出た涙が、悔しさや痛みのせいだけじゃないのを、自覚する余裕はあって。
 秋山に後ろと前を支配され、俺の身体はとうに抵抗をやめていた。
「ああ、こんなにすがりついてくるなんて……。バージンじゃなかったのか……。ちょっと残念……」
「……ば……じん……だよっ。……ざけんな……」
「……嘘……だろ? だったら君……」
「なんだってんだ……」
「僕のこと、ほんとは好き?」
 楽しげに言う奴を、本気で張り飛ばしたかった。寝返って殴ろうとした腕をねじられた。
「いいいいっってぇぇっっ」
「君がいけないんだよ。痛い事なんて、なるべくしたくないのに……」
「ざけん……な……」
「ふざけてなんていない、真剣に君と関係したいんだ。ああ、もう、我慢できない。入るよ」
 押さえつけられ、更に奴がグイッとのしかかってきて。
 胸まで思いっきり床に押しつけられたときに、硬くて熱いものを尻に感じた。
「っ」
 グンッと押し入ってきた瞬間。呼吸が止まるほどの痛みに、声が出ない。
 秋山のは、あの男のよりもでかい。
 その質量が、俺の不慣れな体には大きすぎたんだ。先っぽだけ入れて、秋山はふうと溜息をついた。
「嘘じゃないみたいだな。もう少し力抜いてくれないか?」
「なっ」
 嫌だと首を振ると、秋山が少しだけ抜き出す動作をした。ホッとしかけて、もう一度突き立てられ、悲鳴が喉からほとばしり出た。
「ひいいっ」
 そうやって秋山は、少し抜いては更に突き進むというのを繰り返し、とうとう俺の中に根元まで挿入してしまった。
 ドクドクと響く脈動は、俺のなのか、奴のなのか。
 背中に密着した秋山が、耳たぶを咬みながら囁いてきた。
「全部入っちゃった。長谷川の中……。熱くて、狭くて、すっごくいい……」
 秋山があんまり幸福そうに言うから、怖くなった。こんな事、変だ。
 どうして俺は、こんな奴についてきちまったんだろう。
 繋がったところが抜けないようにがっちり腰を押さえながら、俺のペニスを掴んでいる右手。左手は、俺を戒めるのを忘れたように俺の乳首や脇腹を這い回っている。首筋や肩、耳元は秋山の舌が舐めまくっていて。
 体中を秋山の感触が駆けめぐっている。
 やがて、秋山がゆっくり腰を揺すり始めた。
「うっ……!」
 摩擦の痛みと一緒に訳の分からない快感が走った。関節という関節が、ガタが来てしまったかのようにガクガクする。
「や……めろ……お願い……」
「感じてるくせに。本当にやめていいのか?」
 グリンと動かれて、身体がざわめいた。
「あうっ」
 俺の中にこんな事されて感じる部分があるなんて、ショックだ。
 そう、俺は感じていた。言いようのない不思議な感覚は、切ないほどに俺をもだえさせる。秋山が中で動く度に意識がとろけていく。
 こんな、許し難い状況なのに、秋山の幸福感が俺に感染し始めてる。
「やあ……ああっんっ」
「いい声出すね……。やっぱり長谷川って色っぽい」
「……ばかやろ……」
 呟いた途端にグンと突き上げられた。いきなり奥の奥まで串刺しにされた痛みに、言葉も出ないままぐったり力が抜けた。
「言葉に気をつけろ。自分の立場がまだ判らないんだね」
「なっ」
「君は僕のものになるんだ。こうやって受け入れて、悶えるのは僕の時だけにしろ」
「何様のつもり……だよ」
「僕は君のものだ」
「お前なんか……いらない」
 息も絶え絶えのまま俺は呟いた。
 そうさ。こんな、いきなり強姦なんかしてくる奴、要らないよ。
「要るか要らないかは僕が決める」
「ああっ」
 ずんっと突き上げられた途端に体中がしびれた。全身が粟立つ感触を不快と感じることが出来ない自分が憎い。
 俺の尻はとっくに俺の意志とは別のところで秋山を味わっている。不随意に秋山を何度も締め付けてしまう。
「ああ……んっっ」
 溢れ出る喘ぎと唾液を飲み込もうとするたび、また奴を絞ってしまう。
「ああっ……はせが……わ……っ。いいっ」
 呻くような秋山の呟きが更に俺をゾクッとさせる。
 緩やかに俺の中で挿入を繰り返し、秋山ものどをゴクリと鳴らす。
「本当にこんなで要らないっていうのか? 君の身体は、もっと突いてって、お強請りしてるぞ」
「……るさいっ……はんっっ」
「淫乱な身体だ……」
「うるさいってんだ!」
 うっとり囁かれて、怒鳴り返した。ギュッと腹に力が入ったせいで、秋山がグッと呻いた。
「……食いちぎるつもり? もうっ。もっと楽しみたかったのに……」
 不服そうにいいながら、突き上げる速度を増した。
 秋山の肉杭が何度も俺の敏感なところを突く。
「あっあっあっ」
 電撃も続けざまにやられると、仕舞いにはただの麻痺状態だ。
 何もかもが判らなくなりそうに目の前が真っ白になったとき。俺の中で秋山が爆発した。熱い奔流が真っ先に圧力を向けた場所は、指でされてもペニスに直通の快感スポット。
「っっっ    
 こらえきれない思いで俺も出してしまった。秋山の高そうなラグにたっぷりと。
 息も絶え絶えに脱力した俺は、秋山が俺から離れたことも、はっきり認識していなかった。理性の回線は全部ショートしちまったみたい。
 パシャッというかすかな音とまばゆいフラッシュに瞬間ハッとする。
 ジーッと吐き出される音、またフラッシュ。
 何度も繰り返す音に囲まれ、俺はぼおっとしてた。
 秋山が近づいてきて、俺に寝返りを打たせたときも、抵抗できなかった。
 俺は、自分の尻から溢れ出る秋山の精液と自分の出したものにまみれた裸体を、写真に撮られていることに気づいていても、認識できていなかったんだ。
「やっぱり僕が入る所も撮っておこう」
「な……?」
 不穏な呟きに警戒心が瞬間だけ働いた。けど、身体は力が入らない。
 熱くて硬い感触が押し当てられたとき、まさか、と思った。
 ヌルリと簡単に秋山のそれは入ってきてしまったんだ。
「やあああああっ」
 ショックだった。
 どうして? 俺のアソコは一発で緩んだのか?
「一度馴らしておくと、二度目は結構簡単にはいるだろ? 長谷川が感じてた証拠だよ。大丈夫、時間が経てばまた締まるから。起きて」
 そんな慰めは余計なお世話だった。
「や……! 勝手に入ってくんなぁ!」
 身を捩ったら、ずるりと秋山が抜けそうになった。ゾクゾクと背筋を突き抜けたのは快感。
「ああっん」
 秋山に後ろから抱き起こされ、跪いている奴の太股にぐいっと腰を押しつけられた。
 再度ズブッと貫かれる。
 俺は奴にペニスと乳首を押さえられ、貫かれたところを軸にして浮き上がらされた。
「長谷川、顔を上げて前見て」
「え?」
 ささやきと一緒に身体をのけぞらされて、嫌でも正面に目をやった。
 ジーッと鳴るカメラ。
 ピカッとフラッシュ。
 俺は後ろから貫かれているところを、勃起したペニス共々真正面から写真に撮られたのだった。
 カメラは一台じゃなかったらしい。タイマーをかけたもの以外に、秋山の手にもあって、散らばった印画面に挿入されたもののアップが浮かび上がってきたときは、目を背けることしかできなかった。
 ヌルッと簡単に入れられてしまった俺のアヌス。情けなくて、自己嫌悪だ。
 身体の疲労や痛みより、頭の方が疲れた。もう何にも考えたくないって思った。
 抵抗も無駄。全部無駄だよ………………
 
 
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 秋山は写真を拾い集めて、どこかに持っていった後、戻ってきて俺を抱き上げた。
「……降ろせよっ。もう用は済んだろ?」
「……まだだ。言ったろ? 気持ちいいこと教えてやるって」
 とさっと俺をベッドに転がした。ぼよんと弾む感覚。ウォーターベッドか?
「強姦されたなんて言わせない。君の身体は、僕を欲しがっていた」
「ふざけんな」
 プライドを逆なでにする言いぐさに、悔し涙が出た。それを見た秋山は、クスリと笑い、俺の涙を吸い取った。
「言い直そう。僕は、君が欲しい。抱いてみて、もっと欲しくなった」
 言いながらのしかかってきた秋山も、全裸になっていた。
 腹がかっきり割れてる、逞しい身体。俺を犯したLサイズのペニスは天を仰ぐようにそそり立ち、とっくに臨戦態勢。
「逃げるなよ。逃げたら、さっきの写真をばらまいてやる」
 言いながらキス。何度も。ついばむように俺の体中に痕を付ける。
 俺は身を捩って奴を避けた。
「そんなことしたって。いくら犯ったって、俺はお前のものになんかならないぞ」
「分かってるさ!」
 ヒステリックに叫んで泣きそうに顔を歪めた。まるで、理不尽に虐められた子供のようだ。
「どうせ、何をしようが君は振り向いてくれないんだから……」
「心がだめなら身体だけでもってか?」
「……そうだよ! そのとおりだ」
 激しく俺の身体をむさぼりだした。乱暴なくらいにペニスを握り込まれ、俺は息を詰めた。
「っ」
「僕の客たちは、みんなそうだ」
 誘うように扱きながら、俺の耳朶を咬んだ。
 秋山の熱を持った素肌が俺の身体に密着している。しっとりとした吸い付き加減に驚きながら、囁かれた呟きに意識を集中しようとした。
 ともすれば肌の感覚の方が勝ってしまう。考えを積もうとすると、ぞくりと身体を駆けめぐる電流が邪魔をする。
「心をくれる恋人なんて、なかなか出会えない。快楽は別物だって割り切って、出会いと別れを繰り返してる……不器用な奴は出会いをものにすること自体が至難の業だ」
「そうやって病気が流行ったんだろ?」
「……そうだね。君、怖いか?」
「ああ。怖いね。だからやめろって」
「入れちまった後で言われてもなぁ」
 くすくす笑いながら、俺の尻に指を入れてきた。
「ここ。クチュクチュいってる」
「お前の腐れザーメンのせいだろが!」
「安心しろ。僕は菌持ちじゃない。定期的な検査。的確な予防。商売やる以上、そこはきっちりしてある」
「いっ、いばるな! 売春だぞっ、犯罪なんだぞっ」
「生活のためだ。未成年の僕が、一人で生きてく為にはそれなりに……ね」
「お前の親は?」
「言っただろ? もう縁切ったって」
 冷ややかな声音は、不快な戦慄を伴って俺を圧迫した。
「保護者って意味ならアドニスクラブのボスの方がよっぽどそれらしい」
「なんだそれ?」
「僕の勤務先。でも、君には紹介しない。君のこういう痴態は僕だけのものにしておきたいからな」
「はうぅっ」
 俺の変な声は、やばい場所を指がこじったせい。意志に反して、その刺激は俺を勃起させてしまった。
「あ……あ……や……」
 情けない。恥ずかしい。俺の中で、こんな事を悦ぶ部分があるなんて。
「ほんと、長谷川ってスケベ……。まだ勃っちゃうんだ……」
 クチュッと乳首を吸われた。指が増やされてグチグチと刺激してくる。
「やっそれ……やだっ! ああっん」
「やじゃないだろ? ほら、お漏らししてるぞ。感じてるからだろ? イきたくてイきたくて、しょうがないはずだ」
 身体を押さえつけられ、ペニスを目の当たりにするように身体を折り曲げられた。弄られてもいない俺のペニスは、もう先走りをこぼし始めてる。
 認めたくないのに……。
 必然的に天に向いた俺の尻の穴には、熱くてしっとりしたものが触れた。指よりも熱くぬめったもの。秋山の舌だった。唾液が流れ込んでくる。
「やだっ! そんなことするなぁ!」
「……好きなんだ」
「はあ? 尻舐めるのが?」
「馬鹿野郎。君が好きなんだ! どこもかしこも喰っちまいたいくらい好きなんだよっ」
 悲鳴みたいに叫ばれて、俺の力は抜けた。
 まるで、それを待っていたかのように、熱く猛ったものが俺を貫いてきた。
「好きだっ好きだっ長谷川っ好きだぁっ」
 突き上げながら、譫言みたいに呟かれる秋山の告白に、俺は心まで揺さぶられていた。
 ばっかじゃないの? こいつ。
 こんな俺なんかの何がそんなにいいんだ?
 何でもありの“出来過ぎ君”なくせに、強姦なんて馬鹿な真似し腐って。其処までイっちゃうほどの価値が、俺にあるとは思えない。
「お前、ほんとに頭おかしいのな」
 秋山にも無いものがあるんだ。
 殺風景な一人きりの部屋。
 無理矢理にでも友達になろうとした、ご機嫌取りの数々。
 心を許せる友達も居ないのだろうか。
 身体を合わせるような行為でさえ金に換算される生活。
 そんなだから、身体だけでもなんて考えるんだ。
 ああ……。お前なんか、ちっとも“出来過ぎ君”じゃないよ。
 かなしいね。寂しいね。
 俺もとっくにおかしくなっていた。
 かぶりついてくる秋山の背に腕を回した。
 しがみついて、更にしっかり揺さぶられながら、秋山の逞しい背が全部俺の腕に包み込めるような錯覚さえ起こしていた。
 
 
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「長谷川! おはよっ」
 楽しげに俺を呼ぶ秋山に、クラスの連中の視線が集まった。
「……はよ……」
「こら、うつむいて挨拶もないだろう?」
 耳元で囁きながら、隣に腰掛けた制服からほのかに香るコロン。ずきんと下腹部に走った甘いしびれは、この匂いに誘発されたもの。
 この香りに包まれながら、昨日秋山に抱かれた。
 秋山の体臭が混じって元のものとは微妙に違ったコロンの匂いは、秋山そのものとして俺の記憶に刷り込まれている。
「お前……そのコロン……」
「ん? ああ。君が好きみたいだから、一日中つけておくことにした」
「別に好きじゃねーよ」
「だって、ここにくるだろ?」
 言いながら素早く股間をなでた。
 それが始まり。
 秋山はどこ吹く風でみんなの目を盗み、何度もいたずらを仕掛けてきた。
 内緒話を装った耳朶へのキス。
 首筋、腰、脇腹など、俺の感じるスポットに触れてくる手や指。
「やめてくれよっ! いやらしいことはっ」
 とうとう昼休みに、人気のない自習室の隅に連れ出し、抗議した。
「いやだね。いちいち目元を赤らめて反応する君の方がいやらしい」
 俺の言いぐさに腹を立てたのだろうか。
「ここが、忘れられないんだろう? 僕の感触を……。扱かれながら、喘いで、何度もイッたものね」
 自習室の壁に押しつけられて、タマを握られた。
「はうっ」
 ズボン越しに扱かれて、俺の体は昨日の出来事をしっかり思い出してしまった。
「っっ」
「見ろ、もう勃っちまった。自分がどんなにエッチだか、本当に知らないのか?」
「ああっ」
 秋山が身体を押しつけてきた。しっかりアソコが硬くなっていて、ぐりぐりと俺のを圧迫してくる
「やっ……!」
「そんな声、出すなよ。止まれなくなる……」
 唇をむさぼられて俺の腰は砕けてしまった。
「おいっマジにやっちゃうぞ」
 崩れ落ちそうになる俺を支えながら、嬉しそうにくすくす笑った。
「これでも我慢してるんだからね。君を帰した後、あの写真をオカズに五発は抜いたんだ」
「っ?」
 俺は思わず目をむいた。
 俺の中に何発突っ込んだんだっけ?
 その後で五発? それで翌日もこんな?
 化け物か? こいつ……。
「君の身体……すごくエッチなんだもん……。こんなにハマッたの初めてだ……」
 感動してるって言うように囁かれてあきれたよ。
「……変態……」
「またそういう悪態つく……。悪いお口だね」
 ギュッとペニスを握りしめられた。痛いほどに。
「やっぱりやっちゃお」
「ひっ?」
 まさか、学校で?
「やっだめだっ!」
「大丈夫。誰も来ないって」
 俺のズボンをひん剥くと、いきなり尻に突き立てた。
「イッ、イッテー!!!」
「声、出さない方がいいぞ。力、抜けばよくしてやれるんだから」
 ぐいぐい押し込まれる圧力は、昨日と同じ。いや。いきなりな分、今日の方が痛い。
 俺の身体は痛みを避けるための反応をした。本能的に力を抜いて奴を迎えてしまったんだ。
「あああっ」
「そう……いいよ。やっぱり長谷川はいい……」
 うっとりと溜息混じりに呟いてしこしこ挿入を繰り返した。
 俺は机の影で腰をかがめ、秋山の重みを背中に感じながら、とうとう腰を揺すってしまった。快感は何度も俺の脳髄まで押し寄せては引いていく。
「あん……ああっんんっ」
 口をついて出た自分の声に慌てた。
 情けない。犯られてよがり声出すなんて……。
「……長谷川?」
 息を荒げたまま、秋山が背後から俺の顎をつかんだ。秋山の乳首が背中に当たる。シャツの前をはだけて、俺の背に素肌を密着させていたんだ。
 ぐいっと無理矢理振り向かされて、涙が耳の中に伝い降りてきた。
「泣いてるのか?」
 ちくしょう! 見るなっ。
 言いたいのに口元が戦慄いて言えなかった。代わりに嫌々をして顔を隠そうとした。
「長谷川……ごめん、乱暴して……ごめん」
 秋山の唇が俺の顔を這い回った。涙を吸い取りながら、優しいキスを何度も落としてくる。
 秋山は俺から出ていくと、机に俺を座らせた。自分のをそのままに、ポケットティッシュを取り出し、俺の尻に当てた。
 犬みたいに俺のペニスをなめながら、大きく足を割り開かせ、自分が入っていた場所をこじり始めた。
「や……」
「きれいにしてやるから……。じっとしてて」
 舐めながら呟く艶やかな髪をつかんで、俺は奴を仰向かせた。俺のペニスから引き剥がしたかったんだ。
「……けだものっ! 自分でやるからかせ!」
 奴からティッシュをひったくった。ごしごしとペニスとアナルをこすった。痛いほどに。
「ああ、そんなやり方じゃ……」
「うるさい!」
 こいつにやられてまたイッちまった。しかも泣いてるとこを見られた。
 くやしい! 畜生! くやしいよぉっ!
「長谷川、放課後つきあえ」
 自分の処理をし終えた秋山は完璧な身繕いで俺の前に立った。
「やなこった!」
 余ったティッシュを奴に投げつけ、俺も身繕いをしはじめたんだが。
 冷ややかな声が俺の耳元に降りかかった。
「……写真、まくぞ」
「っ」
 思わず睨み付けてやれば、しれっと肩を竦めてみせる。そんな動作だけでも、かっこいいから憎たらしい。
「脅したくないが、そうしないと付き合ってくれないんだろ」
「ざけんな。付き合って欲しいなら、付き合って下さいっていうのが本当だろ? 命令されるのは嫌いだ」
 フウッと溜息。だだっ子相手は疲れるって調子だ。
「……放課後付き合って下さい」
 大仰に跪いて奴が頭を下げた。
 ふんっだ!
「……何するかによるな」
「やっぱりうんて言わないじゃないか!」
「何処で何するか、ちゃんと言え」
 こうなると、なんだか脅してるのは俺の方みたいだ。
「……僕と夕食を一緒に食べて下さい! これでいいか?」
 半分やけな口調で奴は言った。
「夕食だな?」
「ああ」
「いいよ。何処で喰う? 俺んちでもいいぞ」
「え?」
 驚いたように目を見張られると、言わなきゃ良かったと思ってしまう。
 俺としては小遣いもピンチだったし、家ならやばい状況になりにくいっていう計算もあったんだ。
 秋山の表情からは意外なほど好意的な申し出と取ったらしいと読めた。
 ちょっと罪悪感。
「気詰まりなら何処でもいいけど」
 選択の余地を広げるつもりの俺の言葉を、秋山は即座に頭を振って拒否した。
「喜んでうかがうよ。でも、家の人、困らない?」
「んにゃ。家に電話しとく。こないだの雪辱戦だって腕ふるってくれるぞ」
「たのしみだな」
 サッと俺の腕を取って引き寄せ、唇を捉えた。
 軽くついばむキス。あくまでも優しいだけの。
「これが普通の男女なら、簡単に親に会えなんて言わないだろうけど」
「うちの親は友達だと思ってるから……」
「……君は?」
「友達なわけねーだろ?」
 途端に奴は悲しそうな顔をした。
 友達でいいのか?
 俺達のやってることは友達のやることじゃないのに。
 だが、それを口にすると、俺の負けのような気がして黙っていた。
 
 
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「秋山君は、何が得意?」
 食後の茶を飲んでるときだ。
 千絵の擦り寄り方があんまり露骨なんで、親父の片眉があがった。
 秋山は助けを求めるように俺を見る。
「秋山が不得意なもんなんて無いよ。多分次の定期考査もトップだな」
「……買いかぶりだよ」
「けど、ねーちゃん、こいつに本気になったら火傷するぜ」
「……もてるから?」
「もう、選り取り実取だかんな。見るからに経験豊富そうだろう?」
「……よしてくれよ……」
 嫌みに聞こえたかな?
「平蔵もそれっくらいになりたいもんだなぁ」
 親父の混ぜっ返しに秋山は微笑みで応えた。
「いや、彼はもてますよ。僕よりもずっと……」
「なわけ、ないない! だめなのよ。この子ったら、あまのじゃくで素直じゃないんだから……押して押しまくるような子じゃなきゃ付いてけないって! 今時そんな辛抱強い子いないわね」
 手をひらひらさせながらの姉の台詞を、秋山は本気にしたらしい。
 いいこと聞いたぞって顔に書いてある……。ったくよぉ。
「秋山、部屋行こうぜ」
 グイッと茶を飲み干して立ち上がると、秋山もすっと立ち上がった。
「飯代替わりに数学、教えてくれ」
「いいよ」
「あら、珍しい。いっそのこと泊まってってもらったら?」
 母ちゃん! 余計なこというなよっ!
「いいんですか?」
 目を輝かすんじゃない!
「この間、一人暮らしだって言ってたじゃない? たまには大勢いるのもいいでしょ?」
「ええ、家庭の空気を楽しめるのは嬉しいです」
「狭いけど、平蔵と一緒でいいわよね?」
「はい。よろこんで」
 一緒の部屋で朝まで……?
 勘弁してくれよぅ!
 とりあえず、風呂だけは別々に入ることに成功したんだが。
 案の定、部屋に入った途端に後ろから抱き込まれた。
「……二人きりになれたね」
「んなこと言ってないで数学教えろよ」
「いいよ。どれ?」
 耳たぶに唇を這わせたまま、そんなこと言う。じたばた腕から抜け出そうとしながら、俺は問題集に手を伸ばした。
「これ、この数列!」
「これのどこ? だめだよ。適当なこと言っちゃ……。先週君、これを解いてただろ? そう言う誤魔化しされると犯りたくなっちゃうよ」
 シャツの中に手を入れて、乳首をキュッとつねった。
「やめっろぅんんっ」
「そんな声、出したらまずいんじゃないの?」
「ばっ」
 誰かが階段を上がってくる気配に俺は固まった。秋山はクスッと笑って、俺を解放した。
 椅子を引いて俺を座らせ、問題集を二人で覗き込む体勢をつくった。
「平ちゃん、お布団、もってきたわよぉ!」
 千絵のやつ、急に面倒見がよくなったな。
 秋山は、さっと千絵の持ってきた寝具類を受け取った。女性に重い物を持たせないという紳士の振りに見える。
「済みません、面倒かけます」
 なんて微笑みかければ、千絵は思いっきり舞い上がってしまう。
「いいええ! お寝間着は平ちゃんのを使って下さいね」
「ありがとう」
「平ちゃん、秋山君に迷惑かけちゃだめよ!」
「わあってるよぉ」
「時間を有効に使おう。長谷川、解らないのはこれ?」
 秋山はさっさと二人だけの世界をつくろうとしてた。千絵を閉め出すように、その時開いていたページの問題に取り組んだ。
「それはこの間解いた。こっちのだよ」
 俺もついのっちまう。千絵に余計な期待を持たせるわけにはいかないからな。
「ああ、これはここでこれを代入して公式はこれ使うんだ」
「ってーと、これはこっちだな」
「そうそう。なんだ、解ってるじゃないか」
「じゃ、この問題。どうして、この答えになるんだ?」
「あー、これはこうだろ?」
 問題集の答えを見ながら、理屈をつないでいくのが勉強だったりする。解答集はダイジェスト版だから、行間の隠された理屈を書き出してこそテストの答えは正解とされる。
 秋山はそう言った行間の理屈を当たり前のように書きつないだ。
 そうやって並べて貰えば、なるほどと頷くしかない。
「あ、そっか」
 気が付けば、千絵はとっくに部屋から出てて、俺達は真面目に勉強してた。
「サンキュ、解った。お前、ホントに頭いいな」
「数学はパズルだからな」
「疲れただろ? もう寝よか」
 クロゼットから大きめな俺のパジャマを出して奴に渡した。
 着替えながら、好奇心に駆られて奴を質問責めにした。
「前の学校は何処だったんだ?」
「早光大付属だよ」
 うおお。また名門校……。幼稚舎から医学部まで揃ってる学校だよ。ま、東大進学率ならうちの勝ちだけど。
「なんで転校したんだ?」
「君に出逢うため……なんて、クサすぎるか。客が教師に転任してきたからさ。お互いまずいしね」
「よくうちの学校に入れたよなぁ」
「試験は割と簡単だったぞ。ボスが理事長とコネありでさ。各科目九十パーセントとれれば入れてやるって言われた」
 なんでもないことのように言われて、むかついた。嫉妬でしかないけど。
「……将来は何になるつもり?」
「……そうだな。はっきり決めてはいないけど。ファイナンシャルプログラマーとか興味ある」
「フィ?」
「投資家のアドバイザーみたいな奴」
「投資?」
「売りだけであの部屋は維持できないよ。稼いだ金で投機やってるんだ」
「このバブルのはじけた時代に?」
「だから面白いんじゃないか。自分の読みと見極めだけで危機を回避しながら、資産を増やすんだ。そこらのゲームよりも面白いぞ」
「マネーゲームね……」
「うん。生活かかってるから、真剣だけどね」
 大人だよなぁ。子供のくせに、どうやってやってんだかしらないけど。
「まだ売りやらないとだめなのか?」
「いや……もういいだろうけど……」
「やめにくいのか?」
「まあね。ボスに義理あるしね。でも、僕が真剣に辞めたいって言えば、無理強いはしないと思う」
「優しいんだな」
「っていうか、もうアドニスって柄じゃなくなりつつあるからね。僕も……」
「うーん。美少年と言うよりは美青年……だな、確かに」
「それなりな客も付いてたんだけど、長くやるもんでもないし。君に出会ったし」
 甘い眼差しが俺を誘う。
「どういう意味だよ?」
 聞きながら、俺は何となく分かってた。秋山のあの部屋は、寂しいから。
 答えずにしがみついてきた秋山を、ふりほどけないまま考え込んだ。
 売りを選んだのは金だけの問題じゃなかったんだろうな。男相手ってのは……嗜好の問題か?
「長谷川……一緒に寝ていい? こっちのベッドで」
「えっ」
 熱い囁きは、したいって言ってるみたいだ。冗談じゃない。ただでさえ嫌なのに、ここは俺の家だぞ。
 秋山はコツンと額をぶつけてきて真正面から目を覗き込んできた。愉快そうな微笑みがきらきらと瞳の中を踊っている。
 黒目がちの涼しい目元は、至近距離で見ると透き通った琥珀色だった。
「びくつくなよ。なんにもしないから」
「……本当に?」
「ああ。一緒のベッドで朝まで君と過ごせるなら、無理にしなくてもいいんだ」
「暑苦しくない?」
「人肌って気持ちいいんだ」
 ツーッと指をうなじに這わされた。
「あっ……よせよ」
「しないよ。僕からはしない……」
 そう言いつつ、しっかり熱い股間を押しつけてきやがった。
「バカ……」
 俺からは絶対してやらない。そう言うつもりで奴の内股を思いっきりつねった。
「……っつう。酷いな」
「俺はもっと痛かった。痛いって言ってもお前はやめないくせに」
「……すまない。今更何言っても言い訳にしかならないけど……僕は君の一番近くにいたいんだ」
「……今日は許してやる。だけど俺はお前の奴隷じゃないからな」
「そんなこと望んでないよ。君が心から僕を受け入れてくれれば、僕が君の奴隷になろう」
「いらねーよ」
 そうさ、奴隷なんか欲しくない。
 けれど、泣きそうな瞳で身を離そうとした秋山を、とっさに俺は胸元に抱き寄せていた。
「もう寝ちまえ!」
 硬直した秋山は、やがて力を抜いて、俺の横に寄り添った。
「……長谷川……聞いてもいい?」
「あ?」
「要らないって言いながら抱きしめてくれるのは何故?」
「……さあな。お前が寒そうに見えたからかな。今日だけ特別って事にしとこう」
 秋山の体温はけして悪くない。日に日に肌寒くなってくるこのごろでは心地よいくらいだ。
 汗だくで気を失うほどの快楽の海で泳ぐときより心地いいかもしれない。
 そう言えば、こうして服着たままこいつと寝るの、初めてだな。
「ずっと特別でいたいなぁ」
 パジャマの胸に頬をすりつけながらの、よく通る低音の呟きには思わず苦笑した。
「だーめ。つけあがるなよ」
「この飼い主は飴が少な目で鞭が多いよなぁ」
「こら、お前を飼った覚えはないぞ」
「居着いちゃったんだ。もう、離れない」
 きゅうっと抱きしめてきて、そのまま寝ちまった。身動きのとれない俺は、奴の抱き枕状態。
「……勘弁してくれよぉ」
 なんなんだ? こいつ……。
 絶対変だよ。まあ、男同士っていう初めの一歩からして変なんだけど。それにしてもだな。どうしてこいつはまともな告白をしないで、いきなり押し掛け犬をやってるんだろう。
 あの縋る瞳には確かに力があるんだよなぁ…………。
「あー! 考えんの止め止め! もう寝よっ」
 そうやって奴のコロンに包まれたまま俺も眠った。
 
 
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「須臣、おいで……」
 頭上遙かなところからの知らない男の声に、思わず見上げた。ぶあっと光を遮って、俺を包み込んでくる身体はやけにでかくて。このまま闇に取り込まれてしまいそうな恐怖感に襲われた。
 それを妙に他人事な感じに受け止めて、初めて俺は、またあの夢を見てるんだと言うことに思い当たった。
 いつも通り身体は言うことを聞かないが、今回は俺の意志と秋山の意志が重なった。
 いやだ!
 ただそれだけ。
 口調は優しいのに、激烈な嫌悪感を催すのはなぜだろう。
 無理矢理抱き込まれて頬刷りされたとき、そり残しの髭が痛かった。
「やあっ!」
 叫び声が甲高い。
 秋山の叫びのはずなのに。
「おかあさんっ、おかあさぁんっ」
 母を呼ぶ声が幼い。
「いい子にしなさいっ」
 ぐいっと押しつけられたのは草むらだった。青臭い匂いに咽せる。
「須臣、いい子だから。一緒にたのしもうね。約束しただろう?」
「やあっやだやだやだーっ」
 手足をばたつかせてみて、はじめて自分の体格を認識した。幼い声に見合った小さな身体。
 子供に返ってる?
 こりゃ、本格的に夢だわ。
 だが、かぶさってきた男の重みも押さえつけられた痛みも本物に感じた。
「おとさん、許してっ。いい子にするからっ。いたいことしないでっ」
 嗚咽混じりに訴えても、男は力を緩めようとしない。
 “おとさん”って……父親のこと?
「痛い事じゃない。いいことするんだよ……」
 って、待て。この親父、ズボンおろしてるよ。
「お願いっ止めてっ嫌だよぉぉ」
「大丈夫だよ。こないだより痛くないようにするから……」
 あくまでも優しい口調で囁きながら、乱暴に服をむしり取られた。
「あううぅっ」
 全身を焼けるような痛みが走った。引き裂かれた布地の擦れたとこ。
 男が握り込んだのは、まだ成熟してないペニス。
「いっ……!」
 息を詰め、身を捩る。
 圧倒的な圧力を尻に感じて、恐怖した。
 それは俺も知っている感覚。
 ミシッと食い込んでくる痛みに、身体が硬直した。
 指一本で、こんなに痛いんじゃ、その先は怖いに決まってる。
 グリグリとうごめく指の感覚に、すくんでしまった。
「うううっ」
 ただすすり泣きながら、視野の範囲を見回した。
 だれもいない。
 うっそりとした木々の間から光が射すだけ。蒸れた草の匂いは気が遠くなるほど強烈。
「助け……て……」
 男は本気で秋山の幼い身体を馴らそうとしているのか、かなり念を入れて愛撫を施し始めた。
「あ……う……」
 朦朧としてきたのは、自分を投げ出してしまったからなのか、草いきれに当たったのか。
 尻の感覚は痛みを通り越して、鈍くなってきている。痺れるような感覚は、もう少しなれれば快感に変わるかもしれない。
 力が抜ける……。
 俺までも気が遠くなりそうになっていたとき、熱くて硬い感触を押し当てられ、一気に目が覚めた。
 だめだ!
 叫びは俺だけ。
    !」
 声にならない吐息だけの叫びは、かえって悲痛に感じた。
 瞬間ズブッと貫かれ、脳天まで突き通ったような痛みに、悲鳴を上げた。
「ひいいいいっ」
 ハモッた声に、ハッとした。
 常夜灯だけの薄暗がりは、木漏れ日の草むらとはギャップがある。
「やあ……! おとさんっ痛いっ痛いよぉっ」
 良く透るマイルドな低音で幼い叫びがあがった。
 俺は俺に戻ってる。横で秋山が身悶えしながら、汗だくになっていた。
 痛みに耐える表情は、本当に痛々しい。
「おいっ! 秋山!」
 肩を揺すって奴を起こした。
 うなされているときは起こすに限る。
 夢で死ぬと、現実に死ぬんだなんて言ってる映画があったけど、本当かもしれない。
 それくらい苦しそうだった。
 そのまましばらく苦悶してから、秋山はパチッと目を開けた。
「あ……あ……」
「大丈夫か?」
 スタンドを点けて、奴を覗き込んだ。
 汗びっしょりの美貌は、もうクールな表情をつくっている。眩しそうに俺の顔を認めると、本当にホッとしたように微笑んだ。
「長谷川……僕、何か言ってた?」
「……痛い、痛いって」
「それだけ?」
「うん」
 探るような瞳に、思わず嘘を付いた。
 きっと知られたくないはずだから。
「……すごく嫌な夢見た……」
「痛いのはやだよな……」
「うん。起こしてくれてありがとう」
 もう一度抱きついてきた長身を、はね除ける気にはなれなかった。
 あの小さな秋山を見てしまったせいだ。
「秋山さぁ」
「え?」
「今度は違う夢見ろよ」
「うん。君が出てくるといいなぁ」
「ばーか……俺は出演料高いんだからな」
「……今日は特別なんだから、サービスしてよ」
「あー、もう、勝手にしろ。お前の夢だ」
「長谷川、大好き!」
 チュッとパジャマ越しに乳首を吸われた。
 奴の頭をヘッドロックして止めさせ、俺は自分の勃ち上がりかけた息子を足を折ることでかばった。感じたことを気取られたら、なおさら睡眠時間を奪われそうだもんな。
「寝ろ!」
「うん。おやすみ」
 やがて俺の胸の上で規則正しい寝息を立て始めた秋山の頭をそっと撫でた。
 静かになれば時計のコツコツ音しか聞こえない。
 俺は寝付かれないままに奴の寝息を聞いていた。
 
 
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 特別な夜の後、すっかりつけあがった秋山は、毎日俺を抱こうとした。部屋に連れ込めないときは、学校でも。
 とにかく最低一日一発。
 おかげで俺は下痢しっぱなし。毎日浣腸されてたら、腸もおかしくなっちまう。
 その分、俺は奴を拒めなくなっていた。奴の吐息や指先、声とか……、とにかく全てが俺を煽り立てる。
 奴の感触は、俺の中でしっかり記憶されていて、今では痛みよりも快感と認識するものの方が遙かに多い。
 気持ちがいつも身体に裏切られる。
 せめてもの思いで俺は、快感に悶えるとしても、受け身に徹した。俺自身が秋山を欲してるなんて、絶対態度に表してやんない。体は馴らされても、心はやらない。
 俺は脅迫されてるから、奴を黙って受け入れてるだけなんだ。
 そうでも思わなきゃ、こんな、女扱い耐えられない。
 どうして感じてしまうんだろう。
 どうして秋山なんだろう。
 俺もちゃんと拒絶しないからいけないんだよな。脅されたってなんだって、嫌なもんは嫌って突っぱねられればいいのに……。
 なんだかんだ言っても、こいつ、巧いんだもん。
 バージンで童貞だった俺が太刀打ちできる分けない。男とのセックス覚え込まされて、結局溺れてるんだ。
 俺って、最低     
 
 
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「お前……こんな、非生産的なこと、いつまでやるつもり?」
「あ?」
 秋山は吸い付いていた俺の股間から顔を上げた。口元は濡れて赤みを増している。ニヒルで強情そうな口元をニヤリと歪め、ぺろんと唇を舐めた。
「……君が勃たなくなるまで……かな」
 秋山の唾液でぬめる俺の怒張を、つんと指ではじいた。
「あっん」
「エッチな声だなぁ。誰かに聞かれたら困らない?」
「だからやめろよ」
 困るに決まってる。学校の、理科室だぜ。五時間目の授業中とはいえ、俺らみたいにサボってる奴もいれば、空き時間の教師だっている。死角になる位置とは言え、実験用のでかい机をベッドにしてやるなんて好きじゃない。
 昼飯を終えて、連れションの帰り。秋山は急にその気になって俺をここに引きずり込んだのだった。
 どこ行くにも付いてくる忠犬ぶりは、この実情を知らない他の奴らには羨ましがられている。俺が相変わらず疎ましげなそぶりをすることを、秋山以上に責めてくる奴もいるくらいだ。
 ああ、もうっ。
 こんな好き者な忠犬いらねーよっ。
 大好きな骨をしゃぶる犬のように、秋山は俺の体中を舐めやがるんだ。
「僕は困らないからね」
 グイッと扱かれて息を詰めた。
「っっっ」
「ほら、そんな悩ましげに見られたら、途中でやめられるわけないだろう?」
「だったら……早く終わらせろ……」
 俺は脚を広げた。秋山が最終的に入りたがる場所がよく見えるように。
「長谷川……?」
「ささっとイっちまえ」
 ふてくされた俺の態度は、秋山を更に煽ったらしい。
「……入れてって言え」
「はあ?」
「欲しい、精液を下さいって言え」
 大まじめな顔で言われてムカッとした。
「言うかバカ」
 俺は奴の下から抜け出してズボンを引き上げた。
「やらないんなら終わりだ」
 秋山は窮屈そうにズボンの前を膨らませたまま泣きそうに顔を歪めた。
 校内でやるとき、俺の服は好き放題に乱すくせに、奴はしっかり服を着たままなんだ。
 先走りで濡れちまってるに違いない下着をわけて怒張を引き出すのは、いつも俺の中に入れるときだけだ。
 そういうやり方が、またムカつかせるんだよ。
 俺は奴の股間のテントをしげしげと見つめた。
「お前がやりたがるから付き合ってる。俺は欲しい訳じゃない。大体、痛いんだよ、ジッパーが擦れて」
 それは本音のはずだった。
 ベルトを留めようとした腕を掴まれ、机に組み敷かれたとき、貫かれる期待にゾクリと身体が歓喜したのは気のせいだと思いたい。
 もう一度ズボンを引き下ろされ、ペニスを掴み出された。乱暴に扱かれ、張りつめていたままの俺は、簡単に出してしまった。
 カチャカチャいう金属音は、奴のベルト?
「お好み通り、脱いでやったぜ」
 言いながら、俺の出したものを尻に塗り込め始めた。
 身体を少しだけずらして俺の膝を割り、萎えた俺に熱い怒張をこすりつける。全身を密着させ、腰を抱いて、指を侵入させてくる。服を介さずに密着する素肌が熱い。
 口づけは嫌いだ。
 秋山の舌は、無理矢理俺の歯の間を割って歯の付け根や口中を舐め回す。俺の舌を絡み取り、吸い上げる巧みさは、噛み切ってやるチャンスすら与えない。
 しまいにゃ頭がクラクラしてきて、強制的に応えさせられてしまう。
 俺に取っちゃ不可抗力だ。
 舌を吸い上げながら、確実に指が俺の中を掻き回していて。酸欠の金魚の気分になった頃、口を解放される。思わずぱくぱくと呼吸してるところをズブッとやられた。
「あひぃっっ」
「……君が……急かすから……」
 息を荒げながら、優しいキスを瞼に落としてきた。
 痛いのは自分のせいだって言いたいのか?
「やっ」
「いい加減、素直になれ……」
 愛しげに髪を掻き上げたりしたって、俺は顔を背けるだけだ。
 どう好意的に見たって、お前は俺を好き勝手してるだけなんだから。
「……素直に嫌がってるだろう?」
 顔を背けたまま言ってやれば、ズンッと背筋に衝撃が走る。
「はうっ」
「それが素直じゃないってんだよっ」
 乱暴に何度も揺さぶられ、アソコが擦り切れるかと思った。頭が痺れてパーになりそう。
「ほら、お前の身体、すがりついてきてるじゃないか」
 ずりっと抜かれて慌てた。追いかけたそこは何度も空気をかみしめてしまうばっかり。
「……ああっやだ!」
「いやだって言うから抜いてあげたのに……」
 呆れたようにひょうひょうと囁いてくる。
「……この……野郎……」
「……なんだい?」
「……入れろ!」
「……なにを? ちゃんと言ってごらん?」
「お前を……入れろ」
「入れて、だろう? 欲しいって言えよ」
「……っかやろ……」
「言えって!」
 前を握り込まれて、喘いでしまう。もう少しでイッちまう。けど、緩んだアソコが物足りないんだ。さっきのが欲しい。
 熱く焼けた肉棒が……!
「……しい……」
「え? もっとはっきり言って」
 ちくしょう!
「欲しい! 入れて……早く!」
「長谷川って……ホントにエッチだね……」
 嬉しそうに言いながら、ヌルリと待っていたものが入ってきた。熱くて硬いものの力強い動悸が、俺の心臓の鼓動を速めてしまう。
「ああっふうん……」
 不随意に出てしまった声は、自分のじゃないみたいに甘い。……参ったな、確かに俺って淫乱だ。
「いい声だ……」
 うっとりゆったり言いながら、打ち付けてくる腰はものすごい速度だった。
「あ……あっ……いっいいっいいーっ」
 俺のパーなよがり声を聞いて満足したのか、秋山は急に優しくなった。
「素直じゃなくたって、君は可愛い。長谷川……好きだよ……」
 なんて囁いてくれちゃって。
 俺は黙って頷いて、身体の欲望に身をゆだねた。
 出来るだけ快感を得たくて、奴を締め付ける。揺さぶられるのと同じだけ腰を揺すってやる。
「ああっもうっ……イくっ」
 ドクドクドクッと俺の中ではじけた秋山は、ブルブルッと震えた。
 馬鹿野郎、自分だって爆発寸前だったんじゃないか! なのに、意地悪いことしやがって!
 それにしても情けないな、俺。
 とうとう、口にしちまったんだ……。
 秋山と切れた後、ノーマルに戻れるかどうか心配だよ。
 
 
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 学校帰りは近くのコンビニで食い物を調達し、秋山の部屋に行くのが最近の日課。
 食事が先か、セックスが先かは秋山が決めた。それと、たまに勉強。
 秋山が要求するのは俺の体だけで、金を要求したことはない。買い物の費用も全て秋山持ちだ。
 勉強は俺のAクラス脱落を防ぐため。とにかく一緒にいたいんだと。
 その日は軽く喰ってから一ラウンド。ベッドに寝そべりながら、秋山が入れたアイスティを飲んだ。ガムシロたっぷりのアールグレイのミルクティ。
 くつろいだ雰囲気に笑った。
「なんだよ?」
「……なんでもない」
「変な奴……」
 くすぐったそうに笑いながら器を片付けに行ってしまった。
「おい、何か着て歩けよ」
「何で? どうせすぐ脱ぐのに……」
「見てる方が恥ずかしいんだよっ」
「て言うより、またしたくなっちゃうんだろ?」
「なわけ、ねーだろっ」
「照れないでいーよ。君も裸で歩いてくれると嬉しいな」
「するか、バカ! すぐやりたがる獣の前で!」
「あはは、そっか、ちょっと我慢しないと綺麗な身体、鑑賞させて貰えないんだぁ」
 和やかな空気は不本意だ。
 男同士の俺と秋山。ホモなわけで、しかも無理矢理始まった肉体関係。
 けど。
 やりたい盛りと一般にいわれる年齢だからなのか、正直俺は、なしでいた頃どうしていたか思い出せない。
 たまる余裕もなく秋山に搾り取られているから夢精もない。なのに、必要でない自慰をするようになった。
 秋山を思い出すと勃っちまうんだ。
 テレビで秋山に似た声が聞こえるとき。秋山に繋がる記憶の糸口に触れてしまったとき。トイレに入って自分のを目にした時なんて、思わずフェラのときの秋山の口元を思い出す。いやらしいぐらいに吸い付きなめ回す秋山。嬉しそうな目元が、それだけに夢中になったみたいに細められて……。
 そうやって思い出すと、秋山に突っ込まれる尻の方まで疼きだす。
 どうにももどかしくて指入れて見たりして。
 バカみたいだよな。
 そういえば、あれから一度も夢を見ていない。現実に身体をつないでしまったからか?
 そもそも、どういう意味があったんだろう?
 あんな夢さえ見なければ、秋山をキレさせることを言わないで済んだ。
 秋山の家まで、のこのこ行くこともなかったろう。結果犯られることもなかったはず。
 そうだ、アキラ……。
 一緒にいる時間の多さから、あれ以来秋山が裏の仕事に出ているとは考えにくかった。
 決着ついたんだろうか……。
「……お前、売りはやめたのか?」
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「いや……べつに」
「……妬いてるのか?」
 はしゃいだ光を瞳に浮かべて俺をのぞき込んできた。
「何でそうなる? お前は口封じのために俺を抱いたんだろう? 写真をばらまくって脅したじゃないか。売りをやめたなら口封じの必要もないだろうと思ってさ」
「言ったはずだ。 君が好きだって」
「信じられないね。入れたがるばっかりで、俺の身体が好きなんじゃないの?」
「好きなら、あんなひどいこと出来ないって言いたいのか?」
「ああ。ひどい事って自覚あるんなら、俺を自由にしてくれ」
「酷いことばっかりじゃなかったろう? 君は自由だよ。今だって」
「信じられるか、変態野郎」
 いつものように悪態をついただけなのだが。
 秋山は突然表情を消した。
 これはやばい予兆。
 こういう顔した後に俺は犯されたんだった。
 でも、今回は襲いかかってこない。
「……長谷川はまだ僕が嫌い?」
 縋ってくる卑屈さに笑った。
「……好きになる理由がないぜ」
 何しろ脅されて関係させられてるんだからな。こいつは、一度も俺に、恋人になってくれとは言ってないんだ。
 今だって戦慄く口からそういう科白は出そうもない。まあ、どうせ返事はノーだけど。
 ぽろりと彫像化していた秋山の頬を涙が落ちた。
「秋山?」
 奴は慌てて顔を背けたけれど、俺ははっきり見てしまった。
 ぽつんと取り残された子供のような表情で、涙をこぼしたのを。
「あ……秋山?」
 返事をしないで奴は立ち上がり、裸のままスタスタとクロゼットの方へいってしまった。
 背筋も尻までのラインも逞しくてしなやか。キュッと締まるところは締まっている理想的な形。秋山の背中はとってもセクシーだった。
 ウォークインクロゼットから出てきた奴は、俺に向かって何かを投げつけた。
「なっ?」
 パサッと落ちたそれは、ポラロイド写真。
 俺があられもない姿で写っている。分泌物でヌメヌメと光った下半身と、上気したイッちゃってる表情の顔。秋山に後ろから貫かれながら勃起してる正面写真もあった。
 うわーっうわーっ。
 俺は慌てて写真を伏せた。顔が熱い。
「……コピーはしてない。全部渡す」
 投げやりな言い方の秋山はすっかり表情をクールに戻していた。
「……本当にこれだけだろうな?」
「ああ……」
 ああもうっ、何か着てくれよっ。
 秋山には内緒だが、奴の裸は刺激的すぎる。
「急にどういう風の吹き回しだよ?」
「お望み通り自由にしてやるんだよ」
 脱ぎ散らかしてあった服を投げつけてよこした。
「帰れ」
「え?」
「帰ってくれ!」
 裸の背中を向けたまま胡座をかいて座り込んでしまった。
 頭を垂れて、肩しか見えないくらい縮こまってる秋山の姿は見てるのが辛かった。
 いくら欲しがられても、心はやれないんだから、しょうがないんだけど。
 俺はシャワーを借りることも出来ずに、そのまま服を着た。もちろんティッシュで処理はしたけど。
「じゃあな」
 黙っていくのもナンだと思って、固まってしまってる背中に声をかけた。
 ぴくっと肩が揺れた気がしたが、奴は振り返らなかった。
 
 
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 俺と秋山が仲違いをしたってのは、翌日には全校に知れわたった。
 全くみんな、他に興味もつこと、無いのかな。
「平ちゃん、とうとう秋山のことふっちゃったって? 可哀想に、鬱陶しいぐらい暗くなってるぜ」
 るせーな。何が平ちゃんだよっ。
 昼休みに野上がニヤニヤしながら声をかけてきた。朝から一言も口を利かない秋山よりは、俺の方が聞き易いって事らしい。
「ふるも何もねーだろ? 俺もあいつも男だぜ?」
「性別の問題じゃないよ。あいつは犬になりたいって言ってたじゃないか」
「バカ、ありゃ冗談だ」
「なわけねーじゃん。マジだよ、あれは」
「なんで判るんだよ」
「殴られたからな。平ちゃんだって、まんざらでもなさそうだったのに、秋山の何が気に入らなかったのかな?」
「あのなぁ」
「いいじゃん、犬がくっついてきたって」
「あれが犬ってタマかよ?」
 どっちかってーと、オオカミだ。噛みつかれまくりだよ、俺は。
「かわいそーに、秋山……」
 かわいそーなのは俺だっ! やられまくって、オカマ扱いされたんだぞっ!
 なんてのは心の叫び。
「あいつ……さ、なんかさびしーよな」
 は?
 ボソッと言う野上の口調に俺は思わずまじまじと奴を見てしまった。
 野上は、自分の席でボーっと地蔵状態の秋山を見つめていた。
 ああ。確かに……。
「飼ってくれる家を探してた野良犬……」
 独り言のつもりだった。
 不意に頭に浮かんだ、俺が冷たくしたときの秋山の表情。まだ嫌い? と縋り付いてきた凛々しい筈の美貌……。そんなものからの連想だった。
「そう! そんな感じっ! なんだ、平ちゃんはやっぱり分かってたんじゃないか!」
(なのにどうして?)
 野上のクエスチョンマークを浮かべた瞳を、肩を竦めることでかわした。
 同情だけじゃだめだからさ。
「あいつはプライド高いんだぞ。犬になんかなってられるか」
 あくまでも秋山は俺と恋愛したいんだろう。それは俺にだって分かる。
 だけど、犬じゃだめなんだ。犬とじゃ付き合えない。
 俺の憧れるものをてんこ盛りに持っているやつが、卑屈なのは許せない。
「!」
 不意の思いつき。自分は自分でしかないって自覚した割にコンプレックスでぐずぐずだった俺の、こだわりのありかが分かった。
 もちろん、俺の性格からいって、尊大ぶった秋山には反発を感じるだろう。
 でも、卑屈な秋山よりはよっぽど魅力的だ。
 秋山にはそれだけの説得力があるから。
 顔良し愛想良し、運動も頭も良し。趣味もいい。
(ただし、アプローチの仕方はセンスなさ過ぎだけどね)
 秋山は何でだか、人間関係に関してはてんでおバカなんだ……。
 そう考えると、あの男も可愛く思える。
 恋人にはなれないけど、友人くらいにはなりたかったなぁ、などと思った。
 教室で、男っぽい美貌に見とれながら、俺は奴との間を、もう少しましなものに修復できないかと考えていた。
「なんだよ?」
 低い声に心臓が跳ね上がる。俺の視線に迷惑そうに応えた秋山の声。
 俺は急いで視線を逸らした。
「なんでもない」
 唐突に秋山の涙を思い出した。今更友達でいようなんて言えないだろう。
 ふうっと溜息の音。フワリと空気が動いた。
 あのコロン!
 極微量だったが、まだ秋山はあの香りをまとわりつかせている。
「顔かせ」
 低く耳元で囁かれたのは物騒な意味合いに使われる言葉。だが、響きは果てしなく甘かった。
 授業の始まる5分前。
 つまりはまたフケる羽目になったわけで。 ぞくりと甘い戦慄が背筋を走ったのは、過去の五時限目の過ごし方を身体の方が思い出したせい。
 俺のいやらしさは無限大だ。
 秋山の涙を見てから、ずっと自己嫌悪してる。身体の欲望を自覚するほどに、自分の浅ましさが疎ましくなる。全て秋山だけのせいにして、逆に奴を傷つけた。
「そういう目で見るの止めてくれ」
 苦々しげな秋山の言葉に俺は首を傾げる。
「わからないのか? そういうのを誘い目っていうんだよ」
「! ちが……っ」
 いや、違わないんだ。
 俺は悲しくなってきた。
「……長谷川?」
 オロオロした声。らしくないんだよ、秋山。
「な、泣くなよっ」
 秋山の奴は、まだ俺の犬でいる気らしい。
 泣いてないって言うつもりで頭を振った。何度も何度も。
「……だめだ!」
 声とともに突然ぎゅっと抱きしめられた。
「あきらめようとしたのに! 君は残酷だ。好きじゃないって言うくせに、僕の忍耐力を試すように誘ってくる……」
「そんな……」
 つもりじゃないって言おうとして抱きすくめられた痛みに絶句した。
 堅く、きつく、秋山の体に包み込まれてしまった俺。
 秋山の腕の中は暖かくて気持ちよくて……。
 友人じゃだめだ。そんなの俺自身が満足できない。
 秋山になんて言おう。どう謝ればいいだろう。とっくにこいつを、俺の腕は抱きしめていたのに。
 俺の思考を遮ったのは秋山の疲れた溜息だった。
「僕は本当に長谷川が好きだ。でも、無理に好きになってくれなんて、いえないよな。わかってる……ごめん」
 嗚咽でわなないているように震えた声。
 トンと突き放されて、俺は慌てた。
 俺が言葉を探してる中に、秋山は走り去ってしまったんだ。
 その速いこと。
 待ってという間もなく秋山は俺の元から逃げちまった。
 
 
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 それから三日。秋山は欠席した。
 俺を忘れるために顔を見るのも止めているんだろうか。
 家に寄ろうかと思ったが、藪をつついて蛇を出すことにもなりかねないと思うと、なかなか実行できない。
 何となく空のままの秋山の席に目がいき、溜息が出てしまう。頭の中は秋山の涙目で一杯。
「ちょっと平蔵!」
 きつい声音に振り返れば、相沢が横で仁王立ちしてた。
「……なんだよ」
「秋山君に何したのよっ」
「なんにも」
 この野郎! と、目で言っておいて、ひそめた声音はガンガンと俺を責めてきた。
「んなわけないでしょっ! 二人で出てったかと思ったら、あの人帰っちゃったのよっ。泣きそうな顔してたわ。それ以来学校来てないんだから、あんたのせいでしょっ?」
「また不憫な犬顔してたのか?」
「なんてこと言うのっ。あんたは!」
 怒気を最高潮にした相沢の叫びはヒステリー起こした猿みたい。つまり図星な訳ね。
「……好きになった人が絶対受け入れてくれなかったら、お前どうする?」
「な、なにいいだすのっ?」
「答えろよ。どうする?」
 上見て下見て左右見て。目の運動後に顔を真っ赤にした相沢はうつむいた。
「……あきらめられるなら、あきらめるわ」
「だめなら?」
「好きになってもらえる可能性が少しでもあるなら、それに賭ける。そのための努力をするわ。万に一つも可能性がないなら、いっぱい泣いて、いっぱい食べて忘れる」
「……太るぞ」
「やせるための努力をすれば気が紛れるってもんよ」
「前向きだな」
「後ろ向いてたって、いいことないわよっ」
 うん。本当にそうだな。
 俺は自分の後ろ向きさ加減に心の中で唾を吐きつけた。今更の告白で拒絶されるのが怖いなんて、後ろ向きの最たるものだよな。
 よし、決めた!
 そんなことより! と本題に戻ろうとした相沢を手で制した。
「前向きなお前のために言ってやる。秋山のことはあきらめろ」
「えっ……」
「あいつは俺の犬だから。お前には万に一つの可能性もない」
「なっなっ」
「俺だけのものにするから……もう、あきらめろ」
「へっ変態! ホントのカマ平だったのっ?」
「俺はその道に引っ張り込まれただけだよ。秋山の方がそうなの!」
 二の句も告げずにパクパクするだけの相沢をおいて俺は席を立った。
 周りに聞こえてようが、かまわない。実際俺が否定したって秋山とはそういう仲だって思われてるんだろうから。
 認めたがらないのは相沢をはじめとする秋山ねらいの女子たちぐらいだろう。
 万に一つの可能性でもあれば努力する……か。秋山の努力の仕方は認めるわけにはいかんが、確かに能動的に動けばそれなりな成果があるもんだな。
 秋山、俺、お前に心をやる。
 これからお前を捜して、告白する。
 もう遅いって突っぱねられても仕方ないけど、もしかしたら……。
「……身体が欲しいからじゃないからなっ」
 独り言をつぶやいて、教室の戸を開けた。
 視線を感じたが、どうでもよかった。
 今は秋山だ。あいつ、家にいるかな。
 秋山にプレゼントされた携帯をとりだし、あらかじめ入力されていた彼の電話番号を、初めて呼び出した。
 ちっ、通じないや。
「ちょっと平蔵! 待ちなさいよっ」
 追いかけてきた相沢を無視して昇降口に向かう。
 まずどこから探そうか?
 今あの夢に入れば、あいつの居場所が分かるのに……。こういうときに限ってそんな兆しはない。
「アドニスクラブか……」
「平蔵! 平蔵ったら!」
 まんま追いかけてきた相沢を見た。
「相沢、アドニスクラブって知ってる?」
「なっ? 何それ?」
「就職しようと思ってさ」
 秋山のボスの店だなんて言えないからな。
「……平蔵、頭おかしい……」
「……もともとだぜ」
 売りやってる上に好きだって言いながら強姦してくる変態を受け入れる気になっちまうなんて、頭おかしいよ、ホント。
 そんな男に乗り移っちまう夢見るほどに、おかしいんだよ、俺は。
 そう思った途端に兆した。ぐらりと視界が揺れて、貧血……。
「へっ平蔵っ?」
 相沢……気安く呼び捨てにするなよ……。
 
 
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 ここ、何処だろ。照明を落としてある室内だけど、特徴がない。
 身体に変な圧迫感があった。
 口の中が嫌な味。ぱさぱさに乾いてるのはタオルで猿ぐつわをカマされてるせい。
 腕と脚はベッドの四隅に縛られていた。
(う、わーっ、裸だよぉっ)
 これ、秋山の身体だよな……。
「アキラ……」
 溜息をつくように名を呼ばれ、身体がビクッと反応した。内股をやんわりなでられてる。
 よりによってSM入った客取ったのか?
 俺、痛いの嫌いなんだけど……。
 イヤだなーって身を捩ったら、身体が俺の意志で動くことが判った。
「痛いかい? 君が悪いんだよ。僕をすっぽかすから……」
 覗き込んできた顔には見覚えがあった。
 一重の細い目、酷薄そうな唇、気障な金縁眼鏡。気弱そうなサラリーマン……。
「僕は何度も君を指名したのに……。君はいつも来てくれなかった……」
 そりゃ、秋山はしばらく商売から離れてたから……。
 言ってやりたいが猿ぐつわはきつく食い込んでいる。このタオル、あんまりきれーじゃねーな。乾きが悪くて臭くなっちまったやつみたいな臭いがする。気持ちわりー。
 俺は必死に目を動かし、辺りを見回した。
 ベッドの周りはありがちなクロス張りの白壁。天井もだ。ダウンライトと小さなシャンデリア。片側にマホガニー色のドア。反対側に同色の窓枠。腰高窓で、分厚いカーテンが引かれてる。距離から言って、ベッドは部屋の真ん中にあるらしい。
 足の向こうにキャビネットやデスク。全体に洋館風のデザインだけど、使ってるのは新建材だ。
 男は服装もサラリーマン風で、ネクタイだけゆるめてる。
「これからはずっと君は僕のものだよ。君はここで暮らすんだ。僕と一緒に……」
 内股からペニスに移ったイヤらしい手と一緒に、粘っこいキスが頬に降ってきて、唇を掠めるようについばんだ。
「この素敵な唇も、僕のものにする。いいね?」
 って、猿ぐつわ咬まされてんのに、いいも悪いもねーだろが。
 いや、だめだ!
 秋山はなんて言ってた?
 唇だけは好きな人と……、そう言っていた。
 俺と何度もかわしたディープなキス……。秋山に教えられた口腔を愛撫するやり方を思い出し、俺は目頭が熱くなった。
 あいつの唇の味は俺だけのものだ。
 これからも……ずっと……。
 俺は必死に頭を振った。絶対、絶対、口づけは許さない。
 秋山……お前の大切にしてるもの、俺は守れるだろうか……。
「……泣いてるの? 君がそんな顔するなんて……」
 イメージじゃない?
 そりゃそうだ。俺はアキラじゃない。
「可愛いな……」
 溜息をついて俺の猿ぐつわを取った。
 口づけを目指して近づいてくる奴の顔。
 俺は思いっきり唾を吐きつけてやった。
「口はだめだって言っただろっ!」
 ゴグッと頭を殴られた。
      っ」
 クラクラする。こめかみの所を横殴りだったから、気を失いそうだ。
 畜生、秋山の奴、何だってこんな柔そうな奴につかまっちまったんだ?
「僕はご主人様だぞっ! 言葉に気をつけろ!」
 秋山みたいな事言う……。俺って一言多いのかな。でも、言いたいことは言うぞ。
「俺はお前のもんじゃない! 売る気になった時だけお前に買わせてやったんだ。勘違いするな!」
 この美しい身体は俺のもの。俺だけが味わっていい身体なんだ。
 男はぎりっと歯ぎしりして、俺をまた殴りつけた。
 何度も何度も殴られた。顔、変形してるかも……。嫌だな。俺の秋山が不細工になるの……。
 気が遠くなりそうになったとき、どかんと音がした。
「平蔵!」
 口調は秋山だけど、奴より高い声音が叫んだ。
「ひっ」
 喉から詰まった悲鳴を出したのは男。
 誰かが男の腕をねじ上げて、押さえつけた。
「誘拐監禁、傷害の現行犯で逮捕する!」
 俺はふわりと上着を掛けられて、腕と足を自由にしてもらえた。
 体中がきしんで痛い。
「平蔵、平蔵! 大丈夫か?」
 そう言って気遣わしげに覗き込んできたのは俺の顔だった。
「お前……誰……?」
「バカ。僕の身体に君が入ってるんだ。君に入ってるのは僕に決まってるだろ?」
「ああ……うん……」
 完全な入れ替わりって訳か。
「こういう事だったんだな。君、見かけたなんて嘘ついたりして」
 俺の顔を泣き崩しながら抱きしめてきた。
「自分の身体抱きしめて嬉しい?」
「この糞馬鹿野郎! 君だからじゃないか!」
「あー。ごめん。お前の身体、俺が余計な事言ったせいで、めちゃ殴られた……。不細工になるかもしれん……」
「顔なんかどうでもいい。君……痛かったろう?」
 殴られた箇所をそっと触れられて、しみるような痛みよりも快感が奔った。
「あ……」
 小さく吐いたはずの吐息は、秋山の艶やかな低音で、響いてしまった。
 クスッと笑った俺の顔。確かに可愛いかもしれん。やだな。俺はナルシストじゃないぞ。
「……同じ顔でも中身が違うと、感じ違うね……鏡の中で見慣れた顔でも、今、すごく色っぽく感じた」
 先取りで囁かれて俺も笑えた。
「……そうだな……。また一つ発見できた。入れ替われたおかげだ……」
「アキラちゃん、救急車来たから。平ちゃんも乗っちゃいなさい」
 囁くように声をかけてきた人を見て、俺は凍り付いた。
 手錠をはめた男を連行しようとしている刑事たちを仕切っていた人。
 張りのあるだみ声は、囁くときだけオネエ言葉になっていて。
 やくざかもと思っていたカマ親父は刑事だったんだ。
「あの人……」
「うん。ホントは表の仕事をつついちゃいけないんだけど、泣きついた」
 困ったように笑った俺の顔は、大人びた微笑みを浮かべると、すごく悲しそうに見えた。
 
 
23
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 実質傷は殴られ傷や縛られ傷と、強姦された肛門だけ。連れて行かれた病院で手当をして貰い、一日だけ泊まって解放して貰った。
 細かいことは救急車の中で秋山から聞いておいたので、事情聴取も何とか切り抜けた。
 アドニスクラブについては、あの刑事も客だったりでナァナァになっている。
 男はちょっとおかしくなっていて、一貫性のある調書を取りにくくなっているそうだ。
 それで、俺たち。
 完全に入れ替わった今、夢の範疇で語れるほど簡単に元には戻れなくなっていたんだ。
 秋山は俺の振りして俺の家で寝泊まり。
 俺は、一人住まいで酷い目にあった未成年者って事で、秋山須臣として俺の家に泊めて貰っている。
「それにしても間抜けだよなぁ」
 俺の揶揄に余裕で笑う俺の顔。
「間抜けにもなるさ。あの時の僕、どん底だもの。むかつくほど無神経な君のこと、それでも好きで好きで堪らない自分を思い知って。諦めなきゃいけないよなーって、ぼんやり考えながら歩いてたら拉致された」
「あんな男に?」
「あいつ、医者だったんだよ。クスリうたれた」
「お前と同じ様なこと言ってたぞ」
「うん……。君から見た僕って、ああだったんだよね……。悪かった」
 真剣に謝ってくる秋山に、頭を振って応えた。
「お前、すぐ助けに来たじゃん。それで帳消しにしてやる。お前を泣かしたのは俺だしな」
「相沢が居なかったら、もっと遅くなっていた……」
「あ?」
「あの男に縛られてやられまくった後に、君のこと考えてた。酷いことしたのに、僕のこと抱きしめてくれたんだなって思ったら、もう一度君に会いたくなった。一目だけでもって願ったら、いきなり気が遠くなってね。気づいたら校門前で倒れてた。相沢に平蔵って連呼されて焦った……」
 身の回りのものを取りに行くと俺に言わせて付いてきた秋山は、勝手知ったる自分の家でコーヒーを煎れながら笑った。
「ここはどこ? 私は誰? って?」
「うん。鏡見せて貰って、初めて君の千里眼の正体が分かった」
 のぞき見をしていたのがバレたような気分で、俺は秋山の視線から目をそらした。
 優しくくるみ込むような慈愛の表情が、俺の顔でも出来たんだなぁって思いながら。
「わざとじゃないぞ」
「ああ。望んで簡単に出来る事じゃないさ」
 熱いコーヒーを渡されて、そっと啜った。うん、今日も美味しい。
「僕が何で君を無理矢理犯したか判る?」
「あ? 口封じだろ?」
「この期に及んで嘘付いたからさ。僕を見た場所。来たことないって所で何度も目撃したなんて変だろう?」
「だから信用できないって?」
「そうだ。カッとしたよ。ま、本当の事言われても、信用できなかったけどね」
「だろ? だろう? 俺だって悩んだんだぞ」
「僕の体の中で、体験しまくったから? バージンなのに、変に男を知ってる反応があったのはそのせいだったんだな……」
「そうだよ。夢だと思ってたから、精神的に相当おかしくなってるなーって、もう滅茶苦茶」
「あはははは」
 俺の声で高らかに笑った秋山は、そっと俺を抱き寄せた。俺の身体でやると、秋山須臣の身体の方がでかいから、抱きつかれてるような気分。
「正直に言え。最初から僕に惚れてたろ?」
「ばーか」
「じゃあ、なんで僕の中に入ってきた?」
「知らねーって」
 俺の顔してニヤニヤ笑いするなよ。恥ずかしい。
「僕の顔で恥じらわれると、こっちも恥ずかしくなるな」
 心で思っただけなのに、言い返されて焦る。
「以心伝心って言葉。本当だったんだな」
 嬉しそうにしみじみと呟いたりして。
 うん。お前は俺の気持ち分かっちゃってるんだな。
 もう少し前向きに、正直に。だな、相沢。
「俺はお前に憧れたんだよ。コンプレックスでおかしくなるほどね。俺の理想が全て揃ってたんだから。お前みたいになりたいって思ったんだ……」
「それで僕になったか……。ご感想は?」
「思ってたより不便だな。女は煩いし、背中が見えないし」
「背中?」
「お前の背中、好きだ。セクシーだよ」
「あ……今それ言うの、反則だ」
「え?」
「……欲しくなった」
 お、マジで俺の息子が勃っちまってる。
 他人の視線で自分が欲情してるとこ見るのは恥ずかしいもんだな。
「やだよ。自分の身体相手にやるのなんて」
「僕だって嫌だ。……確かに不便だな……」
 秋山は心底困ったように呟いた。
「君の浮気を封じるには便利なんだけど……。このエッチな身体を抱けないのは困る」
 嫌らしく身体を撫で回してた。俺の身体で一人エッチみたいなことされると困る。
「浮気ってなんだよ?」
 俺は浮気どころか誰とも付き合ったこと無かったぞ。女共は俺に反発感じるらしいからな。
「君に言い寄る男共。全部殴り倒しておいた」
 おお、それは大正解だ。だが……。
「言い寄る女はいなかったろ」
 自嘲を込めて言ってみれば。秋山は俺の華奢な撫で肩をひょいっと竦めて見せた。
「どうでもいいだろう? なんだよ、まだ女に未練ある?」
 眇めた目で睨んできても、俺の顔だから迫力がない。
「……俺、ストレートだったのに……」
「君は僕のもの。僕は君だけのもの」
 歌うように言われて赤面した。
「相沢に聞いてたのか……」
「うん。も、元気百倍だった」
 にっこり。
 ああ、この笑顔は秋山須臣の顔で見たかったなぁ。
「ホント、元に戻りたいな……」
 呟きがシンクロした。
 あの時はどうやって戻ったっけ?
 そうだ!
「キス、しろ」
「え? だって……」
「保健室で俺が急に元に戻ったのはお前にキスされたからだ。俺の顔が間近にあって、自分じゃなく、お前の顔が見たいって思ったんだ。そしたら……」
 言った唇を俺の唇がついばんだ。軽いキス。
「戻らないぞ」
「お前、本気でやってないだろ? 元の身体に戻りたいって、真剣に念じなきゃ」
「自分はどうなんだよ? ……僕だけにやらせるな。自分の顔に近づくのは結構プレッシャーなんだぞ」
「お、おう!」
 と言うわけで、笑って逃げてしまわないように互いの頬をそっと押さえた。
「目、つぶれ」
「う、うん」
 探るように唇を這わせた秋山の仕草に、積極的に唇を近づける。
 何度もかわしたことのある口づけなのに、触れあった瞬間に戦いた。
「まだ……戻れない……」
「もっとして」
 舌で唇をなぞり合い、互いの舌先を吸い合った。
 アフって吐息をもらし合う。抱きしめ合って、撫で合って。本当に貪り合う感覚でディープなキスを続けた。
 触れあう場所を増やしていく。
 ああ、こんな風に対等に応え合ったの、初めてだな……。
 感じてしまった。ダイレクトに下半身に欲求が集まり始める。今すぐ欲しい。
「抱きたい! 今すぐ抱きたいよ!」
 俺の声が叫ぶ。
「欲しい! 俺の中にお前を感じたい!!」
 秋山の声で叫ぶ。
 口づけをかわしながら服を脱がし合い、互いの身体をまさぐり合った。触れる感触は今までと全然違う。自分の身体だからだ。
 嫌だ。お前に触れたい。お前を感じたい!
 刹那、頭の中で火花が散った。
 丁度、イッちゃった時の空白感みたいに。
「ああっ!!!」
 悲鳴は同時だった。
 ぜえぜえと、ハードなセックスをした後のように息を荒げながら、俺達は横たわっていた。
「平蔵……、平蔵……?」
 苦しげな低い呼びかけを夢見心地で聞いた。
「あー?」
「生きてる?」
 覗き込んできた男らしい美貌に、絶句した。
 なんて、かっこよくて、綺麗で、凛々しいんだろう。この男が俺だけのもの……。
 返事の変わりに、奴を抱きしめた。
 息づくしなやかな筋肉、俺が触れた途端に速度を増した心臓の鼓動。しっとりした肌触りも、全部俺は覚えてた。
「良かった……。俺の好きなお前だ……」
 奴の浅黒い耳元に囁いた声は、ちゃんと俺の声。
 太股に触れたどんどん大きくなっていく熱いしこりを、今はすごく嬉しく感じた。
「しよ……。いっぱいしよ……」
「ああ、君が勃たなくなるまで……」
 奴は逞しい腕で俺を抱き上げた。
 存分に揺さぶれるあのウォーターベッドまで。俺の身体は期待感でいっぱいになっていたけど、急に嫌なことを思い出した。
「このエッチなベッドで、何人とやった?」
「変な焼き餅焼くなよ。僕と君しか使ったこと無いぞ。プライベートルームに客入れるわけないだろ」
 ぎゅっとペニスをつかまれて息を詰めた。
 俺も初めて奴のそこに触れてみた。堅く膨張したそれは、たぎる血潮で真っ赤に染まり、ドクドクと脈打っている。
 まるでそれが合図だったかのようにのしかかってきた。
「ま、待って、秋山!」
「須臣って呼んで……」
 耳の中に舌を入れながら囁いてきた。
 ああ、すごくイイ……。
「須臣、キス! キスから始めてくれなきゃやだ……」
 瞳を潤ませた美貌は俺のわがままを聞いてくれた。
 お前は俺だけのもの!!!
 キスをしながら互いを扱き合った。
 堪らない。今までと全然違う。愛しくて、欲しくて、大切で……。
 互いに触れあうたびに戦きが走る。
 俺の身体は、とうに須臣を迎えたくて、ひくついている。
「入れて……。早く! 欲しい……!」
 俺は初めて奴の上にまたがった。
「だめ、待って、ならさないと……」
「いいんだ。痛くてもいい」
「僕は嫌だ」
 俺の口に指を入れてきた。意図を知って舐めた。何度も何度も、指がぬるぬるになるまで。
 須臣の指は魔法の指だ。俺の中にヌプッと入ってきた途端に俺を変えてしまう。
「あ……あんっ」
 相変わらず恥ずかしい声。けど、須臣が嬉しそうに俺に口づけをくれるから、もう抑えようとは思わない。
 俺のそこは須臣の指に絡みついて、もっと快感を得ようと何度も引き絞る。
 だけど足りない。指だけじゃ足りないんだ。
「ああ……やだ。指じゃやだよぉっ」
 腰を揺すりながら、須臣の怒張に俺をこすりつけた。漏れた先走りが絡み合う。指でされながらグリグリ擦れる度に、脳天を突き抜けるような快感が走る。
「ああっ平蔵っ、待って!」
 苦しげな須臣の叫びすら俺には快楽。
 ビリビリとつま先まで走る快感に感電死しそう。
「はやく! イッちゃう。入れてくれないと……!!」
 叫んだ刹那、ガバッと抱き臥せられて突き込まれた。一気に、須臣が腰を打ち付けてくる。
「平蔵っ平蔵っ!!」
 須臣の太いペニスの先端が奥の奥まで差し込まれ、全部出ていってしまいそうに引き抜かれ……。その度に俺は抜いちゃ嫌だと叫んだ。
 繰り返し貫かれながら絶対離したくない須臣を引き留めようと搾った。
「うっ」
 呻いた須臣がいきなり爆発した。
 俺の中を熱い激情がほとばしり、やがて須臣の身体がぐったりとのしかかってきた。
 荒い息の下で俺も出した。
「ごめん……。我慢できなかった……」
 申し訳なさそうに俺を覗き込む瞳は卑屈な犬に戻っていた。
「……充分よかったよ。久しぶりだったもんな」
 俺より先に果てた言い訳を先に差し出してやった。
 そうさ、毎日してたんだ。それが一週間以上やめてたんだから……。
「好きだよ、須臣。犬じゃないお前が好きだ」
 囁いてやった途端に俺の中にいた須臣が蘇った。
「ああっんんっ」
 思わず呻いて腰を退いた。
 いきなり感じた質量に、身体の方が慌てたんだった。
「大丈夫?」
 心配顔に口づけで応えた。脚を奴の腰にしっかり絡みつかせて。奴は深々と俺を貫いたまま、俺の腰の下に膝を沈めていた。
 ウォーターベッドならではの沈み方で腰を密着させている。ホントにエッチなベッドだぜ。ちょっと身動きしてもタプタプの水のおかげで心地よい快感が走るんだ。
「もう一回。キスからして……」
 水に揺られ、感極まった瞳の須臣に包まれて、俺は素直に奴を抱きしめた。
 
 
24
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 携帯電話の電池切れ音で、目が覚めた。
 隣りで横たわる身体は浅黒い長身。
 汗ばんで冷えた身体は独特の感触だ。
 須臣の筋肉、みっしり堅くて、しなやかで……信じられないスタミナでもって俺を翻弄した。
 ベッド脇のデジタル時計は早朝を示している。
「やば……無断外泊……」
 気持ちだけは飛び起き気分で呟いた。
「……電話しといた。僕んちに泊まるって」
「いつ?」
「七発目に君が失神したとき」
「マジで立てなくなるまでやるんだもんなぁ……」
「君が求めるからだ」
 憮然とした言い方に笑った。
 いくらやっても足りなかったのはお互い様。体中が須臣を欲しがって、アソコで繋がるだけじゃ足りなかった。貪って、貪って、体中舐め合って。
 須臣の性感帯をいっぱい見つけた。耳朶の輪郭、二の腕の裏、脇腹の肋骨の下。元々敏感な乳首や性器は当然のこと。俺は奴の呻く声を楽しみながら全身で奴を味わった。タマを甘がみしながら亀頭を指でこじる。裏の筋を舌先で舐めあげて、舌と口蓋でしごくなんて事まで覚えた。
 須臣を甘く呻かせることが出来るなら何でもする。そんな気分で。
 だって。こいつ、可愛いんだもん。
「聞いていい?」
「何?」
「俺の何に惹かれて、犬になろうなんて思ったんだ?」
「……最初は目」
「目?」
「反感に満ちた目で睨んできた。僕のこと、やな奴だと思ったんだろ?」
「……まあ、ちょっとはね」
 遠慮がちに肯定した。うそを付かれたくないらしいから。
「そういう奴は沢山いるけど、露骨に強気で睨んできたのは君だけだった。裏表がなくて、強気で、意地っ張りで……綺麗で……。この男なら本気には本気で返してくれるって思った」
「けど、思ったよりしみったれた男だったろ?」
「思ってたよりずっと暖かくて、嬉しかった。どうしても近づきたくて……」
「下手くそな近づき方だったよな」
 情けなさそうに頭を掻いた。
「そ……そう?」
「自分から近づいた事なんてなかったんだろ?」
「ああ……うん」
 こいつをこんな風にしょぼくれさせるなんて、俺しかできないよな、きっと。
「……俺もだけどな。歩み寄りってタイミング難しいよなぁ」
「……本気なほどね。不器用になっちゃう……」
 俺はそっと奴の身体に腕を回して、抱きしめた。
「身体も好きだけど、お前のそう言うところが可愛いと思う。だから……」
「好きになってくれた?」
 見つめる瞳は愛に飢えてる子犬だ。
「うん。これからもっと、お前を知りたいよ」
「嬉しい……」
 涙目が覗き込んできて、俺は思わず、奴によくして貰ったように涙を吸い取ってやった。
「ホント、こんな可愛い奴が何でこう育ったんだろ」
「やな奴?」
「クールにひねた奴。客にやられてる時さ、お前が意識を遮断したらしく、急に俺だけになって慌てた事が何度かあった。あれ、後ろから、……の時だな」
 瞬間空白になった表情を嫌そうな顔に変えてプイッと背けた。
 こんな時に話題にすることじゃないな、確かに。だけど気になったんだ。
 俺の顔つきがマジなのを見て、須臣は観念したように溜息をついた。
「後ろからって嫌いなんだ」
「それだけ?」
「それだけ」
 須臣はすました顔で言った。
 本当はそうじゃないだろ?
 須臣と意織を合わせたときに過ぎったビジョン。
 強張ったおばさんの顔。
 須臣に似た感じだから、普通にしてれぱ綺麗な人なんだと思う。でも、その顔は最悪だった。こちらが仰ぎ見た角度だから、余計かも知れないが、見開かれた目は血走った白目が全開で、今にも顔からこぼれ落ちそうだった。引き結ばれた口元は、噛みしめすぎて貧血状態。
 青ざめた肌。
 ヒクつく頬。
 憎しみに満ちた、怒りの表情。
 俺は、須巨の中でさあっと血の気が退いていく感触を実感していた。それと同時にあの尻の感触。つまりそれは須臣が誰かとしてるところを見られたというシチュエーションで。
 相手がネックだったんだろう。
 あの小さな須臣の夢も、俺と奴がシンクロした結果だとすれば、相手は親父だ。
 須臣に似たおばさんは、きっと須臣の血縁なわけで…………。
 いや、やめておこう、変な想像を巡らすのは。
 俺がそこまで覗き見ていたというのは須臣に知られてはいけない。いずれ、須巨の口から聞けるまで。
 今奴に分かったら、俺の気持ちも同情だと思っちまうだろうから。
「何……考えてる?」
 須臣の奴、俺の腕から抜け出して正座しちまった。見透かされそうで怖いくらいの瞳が覗き込んでくる。
 俺も起き直って奴を睨み返した。
「……お前、自分は嫌なのに、俺のことは後ろからしたんだな」
 そうだよ。自分がやられて嫌だったことを俺にしたんだ。奴のやったことは体位以前の問題だが。
 さあっと青ざめた須臣は、途端に情けなさそうに縋り付いてきた。
「だって……君の体、慣れてないだろうと思って……」
「ったりまえだろっ。バージンだったんだぞっ」
「……すまん……」
 バーカと項垂れた頭を小突いてやった。
 やっちまってから反省したって、元には戻れねーっての、頭いいんだから分かるだろうに。
「お前だから、許す。そうじゃなきゃ、誰がこんな……、ケツが痛くて苦しいこと……」
「平……蔵……」
 いきなり押しつけられた須臣の唇はすごく柔らかくて温かかった。貪るような激しさではなく、クチュッと舌まで吸い上げられて、ちよっとクラクラ。
 同意の元に文字通り愛し合うセックスって、感覚さえも変えるんだろうか。
「これは俺だけのものなんだな……」
 真正面から向き合って、俺に変な感覚を教え込んだ不思議な唇を指でなでた。
 瞬間ビクッと震えて、須臣の奴、恍惚とした表情をしやがった。声にするなら、ア…とか言ってそうな感じ。
「平蔵にだと、ちょっと触られても感じる。可笑しいね、今の僕、いつもの何倍も敏感だよ」
 嬉しそうに笑った須臣は、なんだか儚そうだった。
「好きな人とだと、こんなに違うんだ……」
 ホウッと幸福そうに呟かれて、照れくさい。
 ああ、そういうことね。
 自棄にクールな秋山須臣は、肝心なことを知らないまんま大きくなっちゃった“お子ちゃま”って事。
「……俺となら早く終わらせたいって思わない?」
 須臣が思いっきりこっくり頷いた。まるで子供のように。目を見張って、輝かせて。
「ずっとしていたい」
「おっと、そりゃ……」
 思わず毛布でガードに入った俺をそっと抱きしめてきて、髪にキスした。
「心情的な問題だってば。昨日の今日で起つわけないだろ?」
「……そりゃ、な。もう、絶対客取るなよ」
「うん。平蔵の専属になるんだ。いいだろう?」
 すごく嬉しかったけど、またあまのじゃく気分になっていた。
「勝手にしろ。お前はお前の生きたいように生きればいいさ」
 そうだよ。俺はお前を奴隷にする気はない。
「じゃ、平蔵にずーっと付いてく」
「俺がダメだっていったら?」
 好きだって告白した後だったせいかな。須臣は胸を張って言い切った。
「聞かない。付いていく」
 押し掛け忠犬・秋山須臣は未だ健在なようだ。

END

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