眸はいつもブルー・第8回
「あのすげー家は、母親の実家って事?」
だとしたら、いい家のお嬢様だったんだろうなぁ。日本で執事のいる家なんて、今となっては天然記念物クラスじゃないの?
「実家なんか、ないさ。今はね」
蓮が大きく息を吐いた。
「あの家は旧華族の家。それだけ。柳沢は、家と一緒にそのまま父さんが買った。母さんは、父さんの秘書だった。合意だったかどうかも定かじゃない。本妻は別にいるし。僕が生まれて、あの家を買い与えたそうだ。母さんが、死ぬまでは僕と一緒にそこで……。その後、イタリアに渡った。息子は僕だけだから。後継者として教育しようなんて考えたんだな」
ふっとやるせなく笑う。
「それがラッキーだったかどうかは謎だけど」
うっすら微笑む蓮の顔は何か苦い表情だ。
「お父さんの仕事って?」
「いろいろ」
「だから……!」
「いろいろはいろいろだよ。ちょっと違うんだけど、財閥って言えば、想像つくかな? カルロは、アパレル系」
「ふうん……」
何だ、本当にそういう仕事に就いてたんだ。
「お前のお目付役が専業なのかと思ってた」
プッと蓮が笑った。
「それだけだったら、僕がハチのとこに居着いてたら、職務怠慢じゃん」
「そりゃ、そうだ……」
ひとしきり笑って、ふと気づいた。
「……カルロって……もしかして、ファミリーネームはジャンネッティ?」
「今頃……気づいた? 結構カルロってテレビや雑誌に顔出してるのに」
あの遠巻きにしてる主婦達の顔を思い出す。
誰も声をかけられなかったのは、知らない男だからではなく、意外性と威圧感のせいだったのだ。
カルロの仕事が、俳優だったなら。もしかしたら群がってくる人々もいたかもしれない。
実際には、カルロの顔よりも、カルロの作品の方が一人歩きしている。
本物のカルロが、今日本にいるなんて、誰も思わないだろう。
ファッションブランド・ジャンネッティ。
それは、女も男も憧れを抱くイタリアンブランドだ。近年新星のごとく現れ、あっという間にブレイクした。情報が世界を駆けめぐる時代だからなのか、イタリアの老舗ブランドを席巻する勢いは目を瞠るものがあったそうな。
そのブランドの顔が、カルロ・ジャンネッティだ。
ハリウッドの女優が挙ってドレスを作ってもらいたがっているデザイナー。
元は紳士服から始まったというが、ジャンネッティブランドのスーツは、どんなに安くても20万円以上はする。財布一つが数万円だもんな。
「……俳優の徳丸日出志のスーツオーダーを、名前汚しだからって断ったての、本当?」
「ああ、うん。あの人のセンスなら、うちのブランド着る必要性無いでしょ」
「……うちのブランドと来たか……」
でもさ。それはちょっと……
「傲慢なこって」
「え?」
「結局どんなに高いシロモンでも、洋服屋だろ? 客に作ったもの買ってもらってなんぼなのに。断るなんて傲慢だよ。それも、センスが悪いから? 服の力でセンス良く見せてみろっての」
「……」
カルロの冷たいブルーの瞳が、やけにかんに障ったんだ。
だから、半分以上はカルロ個人への中傷だった。
蓮が、カルロと密接な関係だってのも気に入らない。
俺はカルロに文句をつけてたわけだが、途端に蓮がしおれた。
「……蓮?」
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