天使は緑にもの思う
朝日の色は、本当は何色だったっけ……。
重い瞼は固く閉じたままで、自らの血潮の色が眼前に赤く広がっていくのを苦痛に感じながらヒトシは目覚めた。
身体全体の気怠さは、辿っていくと腰を中心に広がっているようだ。自分の知らないうちに、他の誰かが、腰に鉛でも仕込んだのだろうか。
「……っ痛……」
起きあがろうとして、身をよじらせた途端、鋭い痛みが、信じられない場所を中心に走った。
自慢じゃないが、この、仙水忍の身体は常人とは鍛え方が違う。
そりゃ、悪性の病巣(神谷医師が、何か難しい用語を使って説明していたが、よく覚えていない。難しいことはミノルに任せてるんだ)を体中に持っていて、時にひどい痛みに襲われることはあるけれど。この痛みとは別物だ。
場所が場所なだけに、少し情けないと、ヒトシは嘆息した。
「痔……かな、これって。……やだなぁ」
さらなる痛みが走らないように、そおっと四つん這いになる。下半身を覆っていた毛布が、尻に柔らかい感触与えながら滑り落ちた。
「……?」
おそるおそる確かめるために自らの下半身に目を向け、そこに見慣れた分身を見いだしたヒトシは静かに目を閉じた。
何で、裸なんだろう。
それに……。
この異常に寝乱れたシーツ。
何度も掴みなおして感触を確かめてみたが、どうも、そのじっとりとした湿り加減が気になる。指に貼り付いてくるような気がするほどだ。
何でこんなに……。
「おはよう、忍、目が覚めた?」
背後から低く穏やかな声が、甘い調子で自分でない自分を呼んだ。
「うわっ」
ヒトシは自分の格好を思い出し、小さな悲鳴を上げてあわててベッドの上で座り込んだ。瞬間尻に激痛が走る。今度は声を漏らさず耐えた。
「大丈夫?」
声の主は、その声音から見ても、本人ほどその格好を気にしてないようだ。
「お、おはよう、……樹」
言いながら、ゆっくり振り返り、そこで目に飛び込んできた光景に思わず目をむいてしまった。声にならない悲鳴が、喉から短い風となって飛び出す。
樹は、真正面から悪びれずに全裸の身体をさらしていた。しかも、今のヒトシの目線の高さでは、否が応でも見たくもない樹の分身が真正面から視野に入ってくるのだ。
何ともいえないショックに硬直したヒトシは、ただぼんやりと、樹をその瞳に映すのみだった。
片手に先ほどずり落ちが毛布を提げ、乏しい表情を優しく変化させた樹は、ゆっくりとかがみ込み、ヒトシの身体に毛布を巻き付けた。そうしながら、当たり前のように柔らかくすぼめた唇を近づけてくる。目指すは、明らかにヒトシのポカンと開けられた口。
樹の意図にハッとして、思わず首を巡らし拒絶してしまった。
「忍……?」
さらに低く、冷却された声音に続いて、息を小さく呑み込む気配と、重苦しい沈黙。
「誰……?」
樹の不安げな問いかけに、加熱された頬をまっすぐ向け、努めて平静を保ちながら、ヒトシは唇を開いた。
「俺はヒトシだよ。今の……なに?」
樹は半ばホッとしたようにため息をついた。変な余裕さえ感じるのはなぜなんだろう。
「キス……だったんだけどね。一応」
「なんで?」
聞かなくなって、何となく想像はついたけれど、尋ねざるを得なかった。謎の激痛は、謎ではなくなっていたし、湿ったシーツの製造元も分かった。
つまり……。認めたくはないけど……。
樹の余裕のほほえみには、さっき毛布を巻き付けてくれたときのような暖かさはなかった。それが、尋ねて欲しいと言っている。
まるで、樹に操作されているように、ヒトシは言葉を紡ぐしかなかった。
そうして口を得た樹は、ほんの少し得意げに胸を張り、嬉しそうに語った。
「忍と寝たんだ。……わかる? セ・ッ・ク・ス……したんだ」
樹の瞳は、おもしろくて仕方がないというように、光がくるくると巡っている。
「一晩中、何度もね」
樹の言い方は挑発的だった。
「せ……っ。せ……?」
樹が噛んで含めるように口にしたその言葉を繰り返し、聞き返したかったのだが、ヒトシの舌はもつれまくって発音不能に陥っていた。そのうちに、胸だか頭だか、何処かはっきりしないが、ないかが内側からふくれあがってきて、ヒトシの意識ははじき飛ばされた。
次に表に出ると、視界が緑に染まっていた。
緑は、ヒトシの一番好きな色だ。清浄な空気と、生命力のあふれる、見ているだけで力を与えてくれるような色。
その色の持ち主達は、ヒトシの出現を待ちかねていたかのように、挙って葉を揺すり、小さな音を立てた。
「おはよう、みんな」
ヒトシの言葉に、葉擦れは、少しはにかむように、それでいて興奮を隠せないというように音を高めた。
忍が割り当てたヒトシの役割は、一般人には物言わぬ生き物とされている者達の世話だ。忍の願いで樹がしつらえた植物園と動物園を、管理している。
そのヒトシは、彼らに会うときは常に「おはよう」と挨拶することにしている。彼らはそれぞれの言葉で同じように挨拶を返す。
忍は、月日が経つにつれ表に出たがらなくなってしまっていて、ヒトシと同じように後天的に生まれた忍の別人格により、生活がなされていた。
家事全般はマコト。摂政はミノル。生活だけなら、マコトとミノルと、そしてヒトシさえいれば十分なのだ。
鉢やプランターの一つ一つと言葉を交わしながら、ヒトシは水をかけていった。葉に付いた虫には、食べ過ぎて宿主を枯らせないように言って聞かせる。傷んでしまった部分に手当をしてやると、花が香りを強くして謝意を示した。
病気で弱っているものには、ほんの少し生気を分け与えてやる。
ヒトシは、一通りの世話が終わると、いつものように縁台に腰掛けた。
ら……。
「っつうっ!」
尻の方が鈍く広がるような痛みでもってダメージを主張した。
途端に、あの、樹の得意げな微笑みが思い出された。
あのとき、自分を押しのけて出たのは、誰だったのか……。
あんまり唐突で、強い力だったので、そのままヒトシは気を失ってしまっていた。
「誰だったの? あれ。まだ痛いって事は、そんなに時間経ってないんだね」
自分の内部に向かって探査の視線を走らせてみる。
そのとき目覚めていたのは、ミノルとマコトとジョージの三人だった。
それぞれがニヤニヤ笑いを浮かべている。
「樹を見れば分かるかもしれないよ」
「見損ねて損したなぁ、ヒトシ」
「まあ、……面白かった……かな」
「何だよ、みんな、他人事みたいに。この身体、僕らのでもあるんだからね」
「いいから。樹を見れば分かるって! おとしまえはつけておいたさ」
とりあえず、彼らはヒトシに交代を要求しなかったので、そのまま樹を捜しに出た。
「樹ぃ、どこ……?」
今住んでいるところは、十年前に仙水家で所有していた倉庫の二階である。現在は大手企業に吸収され、名が替わっているが、維持の状況に変化はない。出入り口を次元の狭間に置き、誰にも気づかれずにそこで生活するというのも、だいぶ慣れた。実際には二間しかない場所に、樹は大きな住空間を作り上げていたのだ。
すべては忍のため。
「忍の時はすぐに飛んでくるくせに……」
舌打ちしながら辺りを見回し、寝室の隅にうずくまる樹を見つけ、足を止めた。
「樹?」
ぐったりとした樹を抱き起こし、その顔をのぞき込んで、ヒトシは理解した。ミノル達の言っていたことを……。
樹の片目には大きな青黒い痣が出来ており、彼を抱き起こした手にはじっとりと生暖かい感触。出血している箇所があるらしい。元々血の気のない肌は、紫色の内出血の後があることを見せつけている。
「何……これ……。樹、これ、忍が?」
ヒトシの膝枕で毛布にくるまった樹は、弱々しく目を開けると、皮肉な笑みを漏らした。
「何だ、忍じゃないのか。残念だな」
「悪かったね。忍じゃなくて。だいたい、秘め事を他の奴に得々と言うもんじゃないよ。忍が怒ってやったんだろう?」
「ん……、最初のは……。後はミノルや、カズヤとかが入れ替わりで……ね」
「なるほど、おとしまえね。忍は一発やって隠れちゃったか……」
「忍……、もう、振り向いてくれないかもしれないな。俺、有頂天になってたから……。だって、十年だぜ。ホント言うとあきらめてたからな、最近は。忍が、『いいよ』って言ってくれて、俺のこと、欲しいってさ。舞あがっちまったんだよな、俺……」
「らしく……ないな」
「ああ……。らしくないよ」
そういいながら微笑んだ樹が、やけに脆そうに見えた。
樹が本気で落ち込んでいる。やるせなく、切ない光をたたえた瞳を、自嘲的な笑みでくるんで、力無くヒトシの腕に身を預けている。
「初めて見たな、そういう樹って。いっつも人のこと、玩具みたいに扱ってさ。さっきだって、僕だと分かった途端だったよね。あんな言い方したの。一瞬、ホッとした顔したでしょ。何で? 僕のこと、なめてんの?」
樹が、フッと息を漏らした。
「ナルだと、思ったんだ。あのとき、一番会いたくない人だったから。……多分、忍が他のみんなを眠らせていたんだと思うけど、違うかな?」
「うーん、そうなんだろうね。ねえ、忍だって、勇気出したんだよ。いっとくけど、僕たちみんな、男色家じゃないんだからね」
「怒って当たり前……か……」
最初から慰めるつもりは毛頭なかったが、樹の落ち込みに拍車をかけてしまったらしい。シュンとした樹は、傷か胸かは分からないが苦痛に顔をゆがめた。
罪悪感から、というわけではないが、ヒトシは動植物にするように、樹の傷の一つ一つに気を送り込んだ。
「どういう風の吹き回し……だ? 俺なんか、ほっときゃいいのに」
「こういうときぐらい素直にしなよ。確かに、樹も悪いけど、忍と樹の問題に、他の奴が手を出したってのも悪いと思うから……。僕はやりたいようにしてるだけだよ。ナルが心配してるし」
「ナルが……?」
「今目覚めた。俺の目を通して、ナルも樹を見てるんだ」
「ヒトシ、何も言うなよ」
「お互い隠し事は出来ないんだよ。おしゃべりな奴がいるからね。だけど……、ナルも納得してるみたいだ。忍には勝てない……って、わかってる」
言いながら、ナルの感情が徐々に自分を浸食していくのをヒトシは意識していた。樹の傷ついた肌に触れるたびナルの涙があふれ出し、終いにはヒトシでいるうちに、その瞳の堰を切ってしまっていた。
「ヒトシ……?」
「ナルが、出たがってる。僕、退くから……」
深く息を吸い込む。少しずつナルの意識がヒトシの袖を引くように内側へと誘い始めた。ちょうど、狭い廊下をすれ違いながら道を譲るように、ヒトシはナルを外に押し出し始めた。
ナルはいつものことだが泣いていた。
声を押し殺すようにすすり泣くのは、同情とごめんなさいの涙。
哀しいときには、文字通りの号泣をすることもある。大抵、対峙する樹の声音には困惑の色が含まれている。それがまた、ナルの涙を誘うのだ。
「ごめ……なさ……」
か細く震える喉から絞り出されるのは、聞き慣れた言葉になってしまっている「ごめんなさい」。
何に対してなのか、時に理解できないことがあるくらいだ。
「樹が、誰を好きでもいいの。あたしは……、あたしは………………!」
絶句するナルを、しばらく揺れる眼差しで見つめていた樹は、ゆっくりと体を起こすと、そっとくるみ込むようにナルを抱きしめ、涙を吸い取るように頬に口づけた。
「ナル……、俺も君が好きだよ。君のこと、大切に思ってる。だけど、多分これは君とは違う感情だ。君を、忍と同じには考えられない。ごめんね……」
樹の優しい包容と親愛のキスは、妙にヒトシをも興奮させた。ナルのときめきと失望が、そのまま自分のものとして感じられるのにとまどう。
樹は、ヒトシ等忍の別人格を、本当に別人として扱ってくれる。同じ体を使いながら、全く別の個性として存在する彼らにとって、ここの存在として扱われるというのは、存外に嬉しいものである。それだけが理由ではないが、ヒトシは、樹のことが好きだった。ただし、樹がナルに対してそうであるように、『好き』の種類は違っていたが。
(出歯亀みたいだな、これじゃ)
だが、そう思っても眠ることは出来なかった。
不思議な三角関係は、崩壊しつつある。しかし、肝心の忍は、またどこか奥の方に閉じこもってしまっているようだ。
「忍……、隠れてないで、出てくるべきだよ。ずるいよ……」
樹はナルに任せて、ヒトシは忍を捜しに自分の内部に潜っていった。
「忍……、返事しろよ。どこだ……?」
冷たい笑いを浮かべたミノルと、無関心を装うジョージやマコトを押しのけて、ヒトシは更に奥の扉を開いた。
忍は、身じろぎもせず丸くなって座っていた。
何時もいる真っ白な殺伐とした空間ではなく、襞だらけの、所々血の滲みを感じさせるような何とも気色の悪い空間をこしらえて、その真ん中で膝頭を抱えていたのだ。
「忍……、どうしてこんなとこに?」
忍は膝頭に頭を乗せ、ヒトシを見ないまま、嗄れてくぐもった声を絞り出した。
「後悔しないはずだったんだ……。樹とそうなっても後悔したくなかった」
「後悔……、してるの?」
「分からない……。樹じゃなかったら、最初から嫌だったろうな。だけど……」
「僕に樹がしゃべったから?」
ヒトシの問いに、始めいて忍が顔を上げ、一瞬視線をとらえると、フイッと息を抜くように顔を背けた。その少年のような表情は、完璧に拗ねている。
「……ああいう風にされたくなかったんだ。だって、そうだろ? あんな事、他の奴に言う事じゃないよ」
「樹、落ち込んでたよ。ナルとの会話、聞いてた?」
「……うん……」
ほんの少し頬を赤らめながら、うつむく様子はナルのようだった。
「忍……、本気だったんだ……。結構可愛いとこあるじゃない」
からかうつもりではなかった。妙に完成された雰囲気を持つ忍が、頬を赤らめはにかむ姿がほほえましく、親近感を感じたのだ。
だが、ヒトシを睨め付けた忍の瞳は、そんな気持ちを払拭してしまった。
「ごめん……、立ち入ったことだよね。けどさ、もう一度、樹とちゃんと話をして欲しい。その方がいいよ。忍が本気ならなおさらだ」
ナルのためにも……。
一般的な多重人格とは違い、一つの身体を奪い合おうほどの争いはせず、基本的にはお互い干渉はしないのが常だった。そんな奇妙な状況も、忍という人格が主格の位置を占めていたからである。それぞれが、何処か足りないものを持ち、お互いを補い合う家族。そんなイメージを、ヒトシは自分たちの存在に持っていた。
樹の言うとおりなら、ナルも割り切らねばならない。忍にその気があるのなら、樹の気が変わらない限り、ナルには一縷の望みもないだろう。
「ナルじゃ、樹の傷は治せないし。忍、行ってやれよ」
傷と言うところで、忍の眉がぴくっと反応した。
「忍の気を使えばすぐだろう?」
「樹……、そんなにひどいのか?」
「……まあ、……ね。ミノルとカズヤとジョージ……だぜ。推して知るべし……だね」
忍の心配そうな瞳をのぞき込み、ヒトシにしては珍しいいたずらっぽい笑みを浮かべた。「面白がってるな……?」
「ま、他人事だもんね」
それと、嫉妬が少し。
樹が言うには、この忍、人格を分裂させたおかげで、純で無垢な少年のまま時を過ごしてきたというのだ。樹の好みのままに。
はじき出された自分たち別人格は、樹にとってよけいものということなのかなと思うと、ほんの少し腹が立つ。
本当のところは分からない。
結局、忍も弱いところがあるんだと言うこと。どんなに能力を高めたとしても、心の危うさを鍛える機会を樹につみ取られてきたのでは……。
ヒトシの思いを汲み取るように、忍は自嘲的なため息をつく。
「いつの間にか俺は、樹に取り込まれていたのかもしれない。だけど、それでもいいんだ。樹だけだったんだよ。俺に関心もって、ついてきてくれたの。ヒトシ、俺、変かもしれないね」
「忍、病気のせい……じゃないね? 後がないから、樹の気持ちに応えた……ってわけじゃないよね?」
忍は黙って口元をほんの少し歪めただけだった。
かなりの時間をおいて、ゆっくり口を開いた忍は、瞳をまっすぐヒトシに向けた。
「分からないんだよ、自分でも。確かに、あれはきっかけだった。だけど、そうじゃなかったときは……なんて、考えたって分からない。その時になってみないとね。俺の中で、いろんな事がどんどん変化してきてるんだ。後がないから、したい事してやろうて気にもなってきてるみたいだ」
「したいこと……ね。忍は、やっぱり樹の言うとおり、今でもおぼっちゃまなんだ」
僕たちの中で、一番子供かもしれないね。
口にはしなかったが、いつの間にかヒトシの口元にも忍のような歪みが浮かんでいた。それが、明瞭にそう語っている。
「普通じゃないよ、俺たちみたいな形は……。みんな他の奴を押さえつけて独立しようとは考えないあたり。俺なんか、ずっとここにいたっていいのにな。だのに、こうやって呼びにくるんだから……」
「必要じゃない奴なんて、僕たちの中には一人もいないのさ。みんな、忍の影なんだからね。忍自身が認めたくないことだって、俺たちの誰かがすれば、忍のしたかったことだって拡大解釈できるんだから……」
「イコールじゃないけど、限りなくイコールに近いってことか。つまり、俺は、自分に説教されてるわけだ」
「心の葛藤だと思ってよ。便利じゃない? 他人事みたいに冷静に考える頭があるって」
ぶっと忍が吹き出した。
そんなにおかしいことを言った覚えはないけれど。
「とにかく、行ってみてよ。ナルが相手じゃ、樹の奴、そろそろ疲れてる頃だろう。……ナルの気持ちは、樹には重すぎるんだよ。あ、別に、忍のが軽いって訳じゃないよ。受け取る側のとらえ方だからね。樹って、ナルのこと、ホントに大事にしてるもんな」
立ち上がった忍の静かな顔が、分かっていると言っていた。不気味な襞の部屋は、いつの間にか消失していた。
ヒトシは忍の後を追わなかった。
どんな会話を樹とするか、少しは興味もあったが、覗き見をする趣味は持ち合わせていなかったし、当事者以外が立ち入ることではない。
ただ………………。
「忍! 一つ頼みがある」
「え?」
「するのはいいけど、程々にね。俺、ケツが痛いのは嬉しくないよ」
本音である。
忍は、一瞬面食らったようだが、頬を紅潮させることもなく、ただ肩をすくめた。
あれから、樹は相変わらずの調子で忍にまとわりついているようだ。
忍は忍で、そんな樹を今まで通りにあしらっているらしい。
時にベッドで目覚めると、全裸な樹の腕の中だったりして、決まり悪い思いをすることもあったが、大抵は平穏だった。疲れて、ひけた腰と、太陽の光が黄色く見えるほど消耗した身体の他は……。
朝日の光は、ほんの少し冷たく青みがかって、清々しいものだったはずだ。
願わくば、自分が目覚めるときは、そういう光の中でありたいと、黄色く見える太陽を、かざした手で遮りながらヒトシは思った。