とある国のとあるお話2
著作;アスラ様
とある国のとあるお話。
旅を続ける変わった二人組みが居た。ひょろりとそこそこ背の高いブラウンの髪を持った優しげな農民風の男と、琥珀色の肌を持った白銀の髪を持つ背の高く、背に大降りの剣を抱えている意思の強そうな男の、やけに目立つ二人組みだった。
「あのさぁ、今度はどこ行くの?」
のほほんとした話し方でひょろ長い方が隣の男に声をかけた。
「何処がいいですか?」
どこか慈しむような表情で隣の男が返している。
「ジーク・・・。僕が知るはずないだろ? 全く疎いんだから・・・」
ジークと呼ばれた男が微笑みながら前を向く。
「頭に地図を作る。これもまた世間を知るのに重要な仕事です、カイン様」
やんわりと言い返しながら先をのんびりと歩いていた。
カインはいずこかの王であった時期もあった。そして、ジークは彼の従者であり、世間に広くその名を轟かせていた剣の使い手でもあった。どのようにして国を去り、何を目的で旅を続けているのかは誰も知らなかった。
「このまままっすぐ行けば、ドランの町に着きます。どうします?」
「ドラン・・・。あそこには叔父が居たけど、僕にはもう、関係ないし・・・」
「じゃあ、久々に訪れてみますか?」
うんとカインが頷く。
関係ないはずだった。が・・・、
「ジーク様!? ジーク様ではありませんか?」
ギョッとして振り向くと、いかにも王宮で働く女性のような服を着た者が遠くから走ってくるのが見えた。そして、その顔にはカインは見覚えがあった。
「マルガリータだ・・・」
小声で話すカインに、やはり小声で、
「マルガリータ?」とジークが聞き返す。
「ジーク・・・、覚えてないのか?」
呆れたような声でカインがハンサムな男を見上げる。
「は? ええっと・・・」
これは、全く覚えていないなと悟る。
「僕付きの世話係だよ。確か、ジークと年が近かった」
「・・・そうでしたっけ」
「ジーク様! どちらに御出でだったのです? そりゃ、国中が悲しんで・・・・!?」
彼女はその時ようやく隣に立つものに気づいた様子で、驚きの表情を見せた。
「カ・カイン様!!」
慌てて膝を折る。
「や、やめてよ、マルガリータ!」
周りを見ながら慌てて彼女を立たせた。
「僕はもう、王家とは関係がないんだ」
そう言われて、彼女の表情が少し曇る。
「そんな事、おっしゃらないでください・・・・」
彼女は四面楚歌な王宮で唯一の見方だったと思う。でも、それも彼女が自分付きの侍女であった頃の事。彼女は確か今は、弟であり現国王でもあるアルベルトの侍女であったはずで・・・。
「あ、あの、もしかして、アルベルトが、来てる?」
恐る恐る聞くと、彼女は嬉しそうに強く肯定の意味を表した。それを見た途端、クルリと背を向けるカインに
「さぁ! 宮殿に御出でください!」と、悪気のないマルガリータがカインの腕を取り、引っ張り始めた。
「え? ええっ!? き、宮殿!?」
慌てて振りほどこうにも、彼女は意外に力持ちらしい。ビクともせずカインを引きずり始めた。
「ジ・ジーク!」
情けない声を出して隣の剣士に助けを求めたが、彼は苦笑するばかりで何も手助けをしようとはしなかった。
「カイン様。いい機会です。きっちりかたをつけましょう」と言いながら後ろからついて来た。
何をどう片を付けると言うのだと、カインは心の中で何度も悪態を付いているが、言葉に出来ないところが悲しい所だった。なんだかんだいいながら、カインはジークには頭が上がらない。もう、従者であって従者ではないジークに・・・。
アルベルトの前に引っ張ってこられたカインは困り果てていた。頼みのジークも二人だけで話したいと言うアルベルトの意向で別室に行ってしまった。
「あ〜・・・、あの、ごめん。勝手に城をでちゃって・・・」
とりあえず誤っておこうと口を開いたカインにアルベルトはこう言った。
「いいんです・・・。貴方は器ではなかった。それだけの事です」
冷たいとも思える言葉に少なからず、カインは傷つく自分を感じていた。
「だが、貴方は自由になった。私としては羨ましい」
ドキリとした。
そうだ、自分は勝手な事をしているんだと、一気に罪の意識に苛まれる。そんなカインを見て、なんともお人よしである。やはり兄は器ではないとアルベルトは心で思った。
「貴方の自由をとがめる事はしません。だが、条件があります」
「条件・・・?」
「ジークを返してください」
言葉を失った。ジークは従者だが従者ではない。今、彼の居ない生活は考えられなくなっていた。
「ジ、ジークは・・・ダメ・・・」
「ずるいじゃないですか!? 自由も手に入れて、ジークまでなんて! それに・・・」
責められて苦しそうな顔をしているカインにアルベルトは言葉を重ねた。
「ジークは類まれなる戦士。彼の将来は貴方と一緒では闇の中です」
グイッとカインが自分の胸を押さえた。確かにそうである。カインと無意味な旅を続けていた所で、彼が何者になるでもない。彼の能力を潰すだけである。その事はカインにもわかっていた。わかっていながら、あの暖かな腕の中を手放すのが怖くて目を瞑っていたのだ。
「ジークを返してください」
叩き込むように再びアルベルトが言葉を続けた。
「いつまで待たすのだ!」
別室で控えていたジークがイライラしたように部屋を動き回っていた。外はそろそろ陽が翳りだしている。あれからどれくらいの時をここで待たされているのか、音沙汰も無く、何も知らされていないメイドだけが何度かジークに出されたお茶の入れなおしに来ているだけだった。
「ジーク、久々だ。共に食事をしよう」
そう言いながらにこやかに入ってきたアルベルトにジークはすかさずカインの事を聞いた。
「兄上は・・・、出て行かれたよ」
「なっ!?」
「ジークを宜しくと言っておられた。君はやはり兵士として・・・」
「そんなはずはない!!」
アルベルトの声を遮ってジークが叫んだ。
「ジ・ジーク・・・・」
「・・・・。例え、本当にそう、おっしゃったとしても俺はあの人を追いかけます」
「どうして・・・・」
「あの人の手を引いたのは俺です。あの人の傍に居たいのは俺なんです。俺の唯一の王はあの人だからです」
「どうして私じゃないんだ!!」
叫びだすアルベルトにジークはこう言った。
「カイン様を愛しているからです」と。
驚きの表情をするアルベルトを残し、ジークは宮殿を飛び出した。
その頃、
「やっぱり、ダメだぁ〜」
町外れの土手でカインがしゃがみ込んでいた。
「ジーク・・・、ジークぅ」
一度知ってしまったぬくもりをおいそれと離せるものではない。それを痛感しながらカインはがっくりと肩を落としていた。
今更ながらジークの広くて温かい腕の中を恋しく思う。浅黒いつややかな逞しい胸。優しく見つめる紫の瞳、そして彼の印象的な白い髪・・・。失ってしまったと思えば余計に恋しい。だが、諦めなくてはならない。彼は類まれな剣の名手。このまま放浪の身で置くわけにはいかない。きっと彼ならもっともっと名声を得るだろう。それだけの実力があるのだ。
「でも、でも、やっぱり・・・。ジークぅ〜」
「はい、なんでしょう」
思いもかけない答えにカインが飛び上がるほど驚いてふり返った。
「な・な・な・な・・・・・!!!」
「な?」
「なんでここに居るんだぁ〜!?」
諦めて決別してきた人物が飄然と目の前に立っていた。
「呼ばれたからですが?」
なんでもないように答える。
「呼ばれたって・・・で、でも、ジークは、もっと名の知れた兵士になって・・・」
「誰がそんな事決めたんです?」
「誰がって・・・いや、決めてないけど・・・」
「さ、用事は済みました。日が暮れないうちに宿屋を探しましょう」とカインの腕を引く。
「や、どやって、あの・・・」
そっとジークがカインの耳の傍に口を近づけながら、
「離せるわけないでしょ?貴方を。貴方の身体は俺を虜にしているんです」と囁いた。
「な、なにを言って・・・!!」
真っ赤な顔をしながら反論するカインの腕をしっかりと握り締めながら、
「今夜は寝かせません。お仕置きですからね」と付け加えた。
「わーーーーーー!!!」
赤い顔を更に真っ赤にしてズルズル引かれてゆくカインの姿を、道行く人は何事かと見送るのだった。
とある国のとあるお話。ひとまずは鞘に納まった様子。
このお話の前作は、アスラ様のサイト「ヘタレ小説」の企画小説で読めます。
彼らのなれそめを知りたい方は是非読みにいってください。
素材提供:トリスの素材市場様