誕生日 by冴木瑠荏さん

 8月8日。圭の誕生日。
 僕はこの日をわくわくしながら待っていた。
互いのスケジュールが折り合わない中の帰宅。
圭は一足早く僕らの家へ帰っているだろうと電話ごしに
伝えてくれた。
「うん。僕もなるべく早く帰れるようにするから
今日は特別な日だから、一緒にいたい」
 いつも隣にいない僕を気にしてくれるその声は
この耳で早く聴きたいとおもう。
 そして、喜ぶ顔が見たい。
『えぇ、僕は一足早い帰国となるでしょうから
君の帰りを待っていますよ』
「わかった。じゃ、愛してるよ、圭」
 空港の公衆電話でイタリア人にはわからないからこそ
堂々と言えるこの言葉を早く君に届けるために
 圭の待つ我が家へ僕は足を急いだ。

 フライトは定刻通りに飛行機を日本へ運び、
成田空港に足を置いた。
「さっ、これからもうすぐだ!待ってて、圭」
 時間を見れば夜10時を回ったところだ。
「早く行かないと、圭の誕生日がすぎちゃう!」
 慌しく、荷物が出てくるのを待ち
荷物が出てくるとそれを受け取り圭の待つ家へ急いだ。

 国道を入ったところにある物静かな一軒家。
主の帰りを待つようにひっそりとたたずむ住まいは
主の片割れである僕をたやすく受け入れるだろう。
 タクシーの窓越しに見える我が家をみて、いてもたっても
いられなくなり、玄関の前までは歩いて行こうと
タクシーを止めた。
「ここでいいんですか?」
「えぇ、いいですよ。料金は?あ、はい、これで…」
 お釣のない料金を手渡し、荷物とバイオリンケースを
手に携えて、門をくぐった。

 玄関の扉を開けば圭が飛んでくると思ったが
どうやらいないらしい。
「あれ…?いないのかな」
 とりあえず置ける場所に荷物を置き、アトリエへ足を運んでみた。
 すると…そこには、月の神に愛されるように
ベーゼンドルファーに向かい、僕の帰りを待つように
ピアノを弾く圭の姿があった。
 その圭の姿をみて、僕は息を呑んだ。
というのも、その姿が本当に綺麗で僕が愛した
惚れている男だったからだ。
 生島さんが弾くようなジャズ要素を含む月光とは
一味違う優しい音色が鼓膜を刺激する。
 ソファに座りこみ第1楽章を弾いている君を見て
自分がまだ彼に惚れていることがわかった。
 ずっと愛している、と互いに囁きながらも
心の中ではいつだって恋をしている。
 最初に惚れたのは、君の方からだったのに
次第に僕も君を愛するようになっていったんだ。
 第1楽章が終わりを告げる頃に僕は席を立ち、
圭が弾くピアノの傍に近寄った。
「…悠季、いたのですか」
 圭は音の中にダイブしていたせいで
僕のことが見えなかったらしい。
「うん…いたよ。君があまりに綺麗な音色を
出すからずっと聞いてた」
「僕は、ピアニストではありませんよ」
 僕だけにくれる優しい微笑み。
「そうだろうけど、僕は嬉しかったよ。
誕生日に間に合って良かった。もうすぐ9日だよ。
ごめんね、帰国が遅れちゃって」
「いいえ、僕のことをおもってくれる君がいるだけで
僕は幸せです」
「うん…愛してるよ、圭」
「えぇ…」
 その先の言葉はつげなくても互いにわかっている。
 甘いキスを交わしながら、ずっと触れたかった体に触れ
僕等はアトリエを後にした──。

大好きな人のお誕生日は、自分のよりも大事ですよね^^

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