『Strawberry field』by とうみょうさん
湖に面した小さな村に待ち望んでいた春がやってきた。
日一日と暖かくなる日差し、若木や草の匂いをのせた風、鳥や虫もいっせいににぎやかになる。
そんな休日のある日、村人達がピクニックにくりだした。大人や老人達は敷物を広げ、春の野原を楽しむ。村の長老は真っ白な眉をぴくつかせて子供達に宣言する。
「さぁみんな、よくお聞き。これから子供達だけで苺摘みにいっておくれ。わしらはここで昼食の用意をしていおるから、デザートの苺をな。もし苺がとれんかったら、バターなしのパンしか食べれんぞ。気をつけていっといで。ひとりにはなるなよ」
子供達は金髪の頭を集めて、それぞれ苺のなっていそうな場所の情報を交わしている。そんななか、黒髪に切れ長の瞳、将来は男らしいハンサムになるだろう少年が、隣にいる栗色の髪の優しげな顔立ちの線の細い少年に囁きかけた。
「ユウキ、ぼくは秘密の場所を知っています。そこに二人だけで行きましょう」
「うん。あ、でもちょっと待ってて」
ユウキと呼ばれた少年は、面差しがそっくりな姉から麦わら帽子を借りてきた。帽子についている、顎で結ぶリボンを腕にかけて、摘んだ苺を入れる籠代わりにした。
「お待たせ、ケイ」
二人は他の子供達を尻目に、森の奥へと入っていった。
ケイは後に続くユウキのために、潅木の枝を折ったり、茂みをかきわけたりしながら歩いた。ユウキは、いつもながらのポーカーフェイスのケイの瞳だけが、生き生きと嬉しそうなのを見てとって、微笑んだ。
ふと気づくとユウキが遅れている。ケイが立ち止まっているユウキに近づくと、栗色の柔らかそうな髪の一房が、刺の多い枝に絡まってしまっていた。
「これはちょっと、、、」
「いいから強く引っ張ってみて」
不器用なケイには絡まった髪をほどくのは無理で、思いきって引っ張って髪を外した。刺にはユウキの髪が幾筋か巻きついている。
「、、、っ、、、」
「痛かったですか」
ケイが顔を曇らせてユウキの顔を覗きこむと、軽く顔を横にふって「ううん」と微笑ってみせた。だがその瞳は涙で潤んでいる。ケイは胸にこみあげる熱いものを感じた。ときどきユウキに対して自分の腕の中に閉じこめてしまいたいような優しくて残酷な衝動を感じることがあって、とまどっていた。
「えっと。秘密の場所ってまだ遠いの?」
「いいえ、すぐそこです。、、、ほら」
目をそらしたユウキの手をとって、開けた場所にでた。そこはケイが以前偶然見つけた場所で、野苺や木苺がいっぱいに花をつけていた。実がなる頃にユウキを連れてきて、驚かせてやろうと計画していたのだった。
しかし二人の目に映っているのは、一面の緑だった。たしかに野苺の葉がしげっているのだが、食べられそうな実をつけているものは一つもなかった。
「野鼠かなにかが食べてしまったんでしょうか」
ケイの瞳が落胆に曇っている。
「鳥かもしれないね。ここまできたんだから、もう少し先まで探してみようよ」
ユウキは明るい口調で沈んでしまったケイの気をひきたてようとした。
どちらからともなく手をつないで、歩き出した。
だが、しばらくすると正午を知らせる太鼓の音が遠くから響いてきた。
「時間切れ、かなぁ」
「すみません。きみに誰よりも一番多く苺を摘ませてあげるはずだったのに、、、」
プライドの高いケイがぽつりと言葉を漏らした。
「ありがとう。じゃあ約束して」
ユウキは笑顔でケイの手をにぎりしめた。
「何をです?」
「二人で摘みにこよう。来年はあの場所の苺をねずみたちにとられないうちに」
「ユウキ、、、」
ケイの手がユウキの肩にかかって、ぐっと引き寄せた。
あたりにはエリカの花の香りがたちこめていた。
二人は来た道をたどって帰った。それぞれに行きよりもお互いを思う気持ちを深めて。
山盛りの苺とご馳走を囲んだ村人にからかわれたが、ケイはいつものポーカーフェイスでだんまりを決め込み、ユウキは照れたりすねたりしながらバターなしのパンをほおばっていた。
春の風にざわめく森だけが二人の秘密のくちづけを知っている―
数年後―
首都を埋め尽くすこまごまとした建物が立ち並んでいる。その中の一部屋は深夜にもかかわらず、暖かい灯りがともっている。
大きな厚みのあるヘッドボードのベッドには、シルクのシーツが流れている。ケイは精悍な美貌の口元をゆるめながら、腕枕をしている恋人の顔を見つめた。小作りな輪郭に、くっきりとした二重の瞳は閉じられて、瞼の裏の血管さえ透けていそうな色の白さ。絶妙なラインの頬骨から視線は、誘うようにかるく開かれた赤く艶やかな唇へとたどる。柔らかな栗色の髪は濡れて額に貼りついている。
―この胸のなかに息づいている愛しい想い人―
ケイはそっと顔をよせた。
ぱしっと音がしそうな勢いで、ユウキが目を開けた。
「もぅ、、、だめだよ」
言葉だけは拒んでいるものの、表情はやわらかく咲んで、さきほどまでの満足感を確かに伝えている。
「ええ、じゅうぶんにきみをいただきました」
ぽうっと上気するユウキをみつめながら、ケイは言葉を重ねた。
「ですから、デザートにきみの苺を、、、」
え?と顔をあげたユウキの唇を親指でゆっくりとなぞる。
「こんなに紅くて、、、」
ふっと吐息を漏らした細い喉をたどって、舌を胸元に這わせる。
「こんなに可愛らしくて、、、」
こらえきれずに声をあげたユウキの後ろに指を差し入れた。
「こんなに美味しそうだ、、、」
「あ、あ、、、もうっ、、、ケイ」
一心に求めるユウキに応えてケイは甘いジャムの海に溺れていった。
(FIN)
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