陽に溶けるチョコレート by秋津さん
「ゆうき、もう酔いは覚めましたか」
ベッドサイドまでやって来た彼は、肩にかけたタオルの右半分を使って洗い髪をゴシゴシ拭いている。
先に出て来てきちんと(そう、きちんと)パジャマを着込んだ僕の傍に腰を下ろし、顔を斜めにしながら首筋に唇を寄せてこようとする。
僕は目を閉じて胡座をかき腕を組んでそれを受ける。
「悠季」
「うん?」
「いや・・・あの」
訊いても無駄だと悟ったのか圭は実力行使、上手く自分の体重を利用して僕をベッドに貼り付ける。
肩口に這って来る唇の感触にぶんぶんと首を横に振り、一瞬の隙を見て再び起き上がりさっきの修行僧のような格好に戻る。
途中吹き出しそうになりながらも、何度か一連のおきあがりこぼしのような動作を繰り返した後
「悠季、このスタイルに何か意味でも?」
「いや、ない」
「はあ・・・」
「君に感じない我慢大会さ」
「それが・・・必要なのですか?」
「そう」
僕は今夜会った幼馴染のヤッ君の言った言葉を思い出す。
彼は新潟の父方の従兄で、地元のJAに勤めていてその出張で上京するから会おうと言ってきた。
懐かしい話しに華が咲き、僕はパブのこざっぱりしたトイレで少し戻した。
口をすすぎ顔を上げると、後ろに立ったヤッ君が鏡の中の僕に問う。
「大丈夫か?」
「うん、ごめん」
「ユキ、お前恋人できたんだな」
「えっ?」
「それ・・・襟の内側の・・・あれだろ?」
鏡の中の自分はシャツの第一と第二ボタンをはずしている。
「しかし、お前のその胸。
透き通ってまるで愛された後の女のようだなあ。
しっかりしろ!」とドンと背中をたたかれる。
「圭、僕最近外見が女性化してるってことないか?」
「全く・・・それが僕に感じてはいけないことにつながるんですか?
君は幼馴染というものに会えば必ず何か憂鬱を抱えて帰って来るだろうと思っていましたが・・・フム」
「ねえ圭、真夏に陽に当たったチョコレートがトロトロに溶けて
それに気付いて冷蔵庫に入れてももう元の形には戻らないだろう?
こうして君と、その・・・」
「何ですか? 言って」
長い指が額にかかった僕の前髪を殊更にゆっくりとかきあげ、先を促す。
「こうして圭と身体を合わせる度に、本来の男の部分が溶けていっちゃうかも・・・」
「僕は悠季を女性の恋人の代わりに扱ったことは一度もない。
君が男だから愛したんです」
「うん、そうだね」
「しいて言えば、マーブルチョコです。
何層にもコーティングされて、時には表面上いろいろな色を見せて楽しませてくれる。
しかし君の核はあくまでもプライドを持ったオスです」
「へッ? 君マーブルチョコ好きなの?」
「はあ、よく井沢にねだりましたが」
「君がねえ」
そう言えば僕も子供の頃、ヤッ君とあの菓子筒のそこを抜いて望遠鏡にして遊んだっけ・・・
なんだか笑えてきた。
「ところで悠季、感じない我慢大会とやら・・・まだ続けますか?
僕は望むところですが」
彼は左肩からタオルをスルリと引いて床に投げた。
おわりだよ〜〜ん。
マーブルチョコを握りしめて。
手がいろんな色になったことがある。
悠季をむさぼり、いろんな色を味わう圭。
うらやましい奴ですね。