立春の朝 by秋津さん
しまい忘れたCDをケースに戻していて、ふとコンポの隅に転がっている豆に目を留める。
昨夜帰って来て玄関を開けたとたん、部屋いっぱいに寿司酢の匂いが迎えた。
「お帰りーーっ、圭」ソラ君が跳び付くようにして駆けて来た。
後ろで悠季が笑っている。
「何事ですか?」
「豆まきだよ。マミーがね、してくれるっていうんだ。 ホラッ」
コートを脱ぎかけて覗いたキッチンのテーブルで、悠季は器用に巻きすを操っている。
スーパーででも貰ったのか紙製の赤鬼の面を頭にずり上げてソラ君がぎこちない手付きでそれを真似る。
「僕も初めてなんだけど新聞で見てね。
関西じゃ節分の夜に吉方向いて巻き寿司を丸かぶりし、いわし料理を食べるらしいんだ。
おもしろそうだから今年は関西バージョンでやってみようかと思ってさ」
見ればコンロで鍋がコトコト音をたてている。
「圭、子供の頃豆まきはした?」
「いえ、そういう事は・・・」
実家は宮中に沿った行事以外はしてしない。 むろん子供達の楽しみの為になど。
ムソルグスキーの「はげ山の一夜」までかけて、高嶺をまぜて豆まきは壮絶を極め
ラタンのシェードを越えてベッドへも飛んだのか・・・
深夜羽交い締めにした背の下でつぶれた豆に悠季がクスッと笑い、一瞬気をそがれて苦い顔をしたのを思い出す。
今悠季はこの部屋にいない。
ソラ君がひいらぎの葉の棘を指先に刺し、少し化膿しそうなのでに近くの外科医院に連れて行った。
「ソラ君の為・・・」と言いながら、もしかしたら悠季は僕や高嶺の為に豆まきなんて子供じみた事を計画したのかも知れないと思う。
FMラジオの女性アナウンサーが「暦の上ではもう春です」と告げている。
この穏やかな今朝・・・僕はもうすぐ悠季の誕生日だと思いながら豆を拾う。
何だかしんみりしちゃいました。いい話です。
圭のツボをつく悠季。イイです。イイとこ突いてます。