旅行byあやかさん


 「清冽たる音色は天使の調べ。若き秀才バイオリニスト 守村 悠季」
 「輝けるミューズの恩寵児。天才指揮者 桐ノ院 圭」
 フジミの名誉団員となり、欧州へ武者修行に出てから5年の月日が流れた。
 僕らはリサイタルやコンサートのたびに、そんなふうに音楽雑誌を飾るようになり、自分たちのスケジュール調整ができるようになった。むろん、日本へ帰国する機会も増えた。
 この旅行は、富士見町にある我が家のベットでのささやかな睦言の中で決まった。
 「たまには、国内旅行もいいですね」
 伝えきれない愛情を交わし合った後の、穏やかな時間。
 僕は、悠季の柔らかな漆黒の髪を梳きながら、そんなふうに話を切り出した。
 「そっか、そういえば、むこう(ヨーロッパね)では色んなところに行ったけど、日本に帰ってくると家でノンビリ過ごしちゃうから、旅行はあんまり行ってないよね」
 悠季は少し考えて、微笑みながらそう賛成の意志を示してくれた。
 「えぇ。ですから、京の都にでも行きませんか?」
 「京都かい?いいねぇ、綺麗な街ですごく好きだよ。高校の修学旅行で一度行ったきりだけど、あの町並みの綺麗さは、未だに覚えてるもんなぁ」
 僕はにこやかに笑いながら、ベッドサイドの弾き出しを開き、2枚の紙を取り出した。
 「実は、もう行こうと決めていましたので、チケットは取ってあります。
 もちろん、行っていただけますよね?悠季」
 悠季は、大きな瞳をさらに大きくして、チケットを凝視していた。それから、微苦笑に顔を歪めて、
 「ふぅ〜、君って、ホントにビックリ箱だよ・・・でも、君との旅行なら、喜んでどこへでも行くさ」
 と微笑んでくれた。
 その優しい言葉の嬉しさに、僕は力いっぱい悠季を抱きしめた。悠季は、気配だけでそうとわかるほどに照れながら、僕にすり寄った。そうして、僕らはまたキスから始めて・・・・・・

 その不愉快な出来事は、旅行三日目に起こった。

 僕らはその日、洛東と呼ばれる東山区の方をまわった。一般観光客らしく、清水寺から北上していこうかとも思ったのだが、悠季も僕も清水は学生時代に修学旅行の定番コースとして訪れていたので、やめることにした。『‘八坂’の塔』は名前の時点で却下(こう言うと、悠季に笑われてしまったが)。そのため僕らは南禅寺から見ていくことにした。 早い時間から活動を開始していればよかったのだが、なにぶん古都の旅館ともなれば布団に浴衣は当然用意されてあり、それはもっとも僕好みのシチュエーションで・・・コホンッ、まあ、そういうわけで動き始めるのが遅くなってしまった。
 「絶景かな、絶景かな」の名ゼリフで知られる南禅寺、洛東随一の紅葉の古寺といわれる永観堂。その凄絶さに悠季は心底感嘆し、とても喜んでくれた。僕自身、桐院家の争いから伝統や歴史というものを忌み嫌っていたが、精緻に手入れされ鯉が舞い踊る庭園や涼やかな風を湛えた竹林などには、心洗われるような思いがした。しかし、そういった文化財よりも、それらを凛とした眼差しで見つめる悠季の方がはるかに美しかった。静かな悠久の時の中にたたずむ悠季は、言葉などでは表せないほど清らかな清涼さに満みちていて・・・あぁ、どうやら今夜も君を抱きしめてしまいそうですね・・・・・・

陽が斜めに沈み始めた頃、僕らは哲学の道に向かうべく、鹿ヶ谷通りを歩いていた。
 「ねぇ、圭?喉乾かないかい?」
 癖である軽く小首を傾げる動作に、愛おしさを感じながら「そうですね」と頷いた。
 「ちょっと前に自販機があったから、お茶でも買ってくるよ」
 「いえ、僕が行きます。お茶でいいのですか?」
 君を‘パシリ’にするような真似はできません!
 「うん。僕も行こうか?」
 歩きどおしで疲れているにも関わらず、優しく気遣ってくれる悠季に微笑みをあたえ、「いいえ」と首を振った。
 「大丈夫ですよ。君はここで待っていて下さい」
 「うん・・・ごめんね、圭・・・」
 「そのように気を使わないで下さい。僕は体力が有り余っている身ですから」
 夜の行為のことを仄めかしながらそう囁くと、照れやの恋人は「ばか・・・」と艶っぽい口調で呟いた。まったく、君という人はっ・・・!無意識に僕を舞い上がらせる。僕は今すぐにでも抱きしめてしまいそうな動揺を悟られぬように、すぐさま背を向けて自販機にむかった。

今しがた買ってきたばかりの冷たいお茶が腕の中で蒸発するかと思った。

 おつかいから戻ってきた僕の目に映ったものは、見知らぬ男性と笑いながら会話する悠季の姿だった。

 「悠季!何をしているのですか!?この人は?」
 何をしている?この人は誰だ?なんて愚かな質問だ。格好から見て、彼は人力車の車夫で、悠季を観光者と見て声をかけただけなのだろう。
 しかし、それだけでも僕は気に入らない。如何なる事情であろうと、僕以外の人間が、僕の知らぬ人間が僕のいないところで僕の悠季に話しかけるなど!しかも、僕の悠季の笑みを見るなんてっ!
 君は、そんな僕の思いなど知らずに、
 「あっ、圭。人力車だよ。すごいねぇ、初めて本物を見たよ。格好いいねぇ」
 と、苛立ちすら感じてしまうほどの笑顔で言う。
 「えぇ。さぁ、悠季、陽が落ちてしまいますから行きましょう」
 一刻も早く、悠季を僕だけのものとして、この場から連れ去りたかった。なのに!
 「これから、哲学の道に向かうんでしょう?でしたら、是非、利用してくださいな。京都に来たなら人力車に乗らないけませんよ」
 悠季、行き先を話したのですか?
 「圭、乗りたくない?僕、乗ってみたいんだけど・・・駄目かな?」
 駄目です!と力一杯否定したかった。しかし、悠季を楽しませてあげたい気持ちも強かったのだ。
 「・・・わかりました。では、哲学の道までお願いします」
 悠季は目を輝かせて、喜んだ。が、僕は失念していたのだ。人力車の構造と僕の体格を。 「なら、えっと、悠季さんは僕の方に乗って下さい。それで、お客さんは、あちらの方にどうぞ」
 ―――――っ!悠季さん!?名前まで教えたのですかっ?
 「あっ、そっか。女性は二人で乗れるけど男性は無理だよね。それじゃあ、お願いします。ほら、圭も早く後ろのやつに乗んなよ」
 ・・・・・・子供のようにワクワクそわだっている悠季をこれほど憎いと思ったことはない。悠季を浚って走り去りたい衝動を押さえ込むために、僕はおとなしく後ろの停められていたもう一台の人力車に乗り込んだ。

 力車は、裏路地や石畳の狭い通路をスイスイと通っていった。
 楽しげな話し声が響く。笑い声が聞こえる。角を曲がるときに一瞬見えた、悠季の赤く染まった頬が意味するものは何か?
 僕の方の力車は、僕の怒りを表すように耳障りな音を立てながら激しく揺れ、車夫は無言で目的地まで走り続けた。 

 哲学の道の入り口についた頃。夕陽は眩いほどの朱色で古都の都を彩っていた。
 赤く染めた頬で「ありがとうございました」と礼を述べる悠季。車夫は「またのご利用、お待ちしてます」と、商売人の愛想笑顔とは明らかに違う、含みある笑みで悠季に笑いかけた。僕は、一つの言葉も発せずに金を渡した。
 胸の中の混沌とした醜色の渦を、ポーカーフェイスの下にねじ伏せる。
 僕を乗せてきてくれた方の車夫も、何やら不機嫌そうだったのはなぜか?そんな、普段は気にもとめないようなことを考えでもしていないと、僕は悠季を乗せてきた車夫を殴り飛ばしてしまいそうだった。

 歩き始めてまもなく陽は落ち、辺りは真っ暗な暗闇となった。
 「哲学の道」は、秋の紅葉よりも春の桜花の美しさで有名である。そのため暮秋の、しかも陽の暮れた小道を歩く物好きは、時折すれ違う愛犬の飼い主他は僕らくらいのものだった。
 沿いを流れる琵琶湖疏水の音のみが耳に響く。ふと悠季が、水洗橋の上で立ち止まった。橋の欄干に手をかけ、物憂げに橋下の闇色の水を眺める姿は、儚げな美しさに包まれていた。 
 僕は後ろから、そっと悠季を抱きしめた。
 「暗闇だと音が澄むね・・・水のせせらぎが気持ちいいよ」
 「えぇ・・・」
 闇の中でも艶やかに浮かび上がる白い首筋に唇を押しあてて、赤いキスマークを残す。感じやすい彼は、「んっ・・・」と背中を震わせる。
 あんな一期一会の相手を気にするなど、自分でも大人げないことだとはわかっている。しかし、悠季は僕だけのものです!僕以外の人間にあのような顔を晒して欲しくないっ! 「やっ、圭・・・だめだよ、こんなところで・・・」と、少しずつ抵抗し始める悠季。 そんな抗いをものともせず、後ろ抱きにしていることで触れやすくなっている乳首を悪戯に玩びながら、尋問を開始した。
 「人力車の彼とは、何を話していたのです?」
 「いやっ、あっ・・・何も話してな・・・あんっ」
 誤魔化そうとする悠季の欲望に手を伸ばして、揉みしごくように握り込んだ。
 隠し事は赦しませんよ、悠季。

 シャツの中にもぐりこんだ手は、紅色の色香をはなっている乳首を執拗に攻めたて、下に滑り降りた方の手は、ズボンの中に差し入れられてはいるものの直には触れず、下着ごしのもどかしい愛撫で悠季を喘がせていた。
「あっ、圭、もうっ・・・おねがい・・・・・・」
 普段はストイックな雰囲気を纏っているテノールは、もう甘美な艶声に変わっている。
「何ですか、悠季?僕に何を願うのです?」
 すまして答える僕に、悠季は瞑っていた瞳を開き、涙で潤んだ眼差しをまっすぐに向けてきた。
 その、なんと色っぽいこと・・・!
「んっ、あっ、圭っ・・・いじわるしないで・・・・・・触って・・・」
 ―――――っ!!
 君は・・・!なぜ、そんなに美しいのですか!
 あぁ、しかし、ここで悠季の‘おねがい’を聞いてしまっては、車夫との会話が聞けなくなってしまう。
 僕は心を鬼にして、悠季の耳殻を舌と唇でねぶった。
 悠季いわく「君のバリトンには、腰砕けにさせるほどの威力がある」だそうな声で、僕は悠季への取り調べを続けた。
「だめですよ・・・君は、まだ僕の‘おねがい’を聞いてくれていませんから。 さぁ、悠季、何を話していたのです?教えて下さい・・・そうすれば、ここに触れてあげますよ。もちろん、こちらの方も・・・」
 絶頂には駆け上がれない緩やかな快感によって甘い涙を流している‘ここ’を一瞬だけ5本の指でしごき、ヒクヒクと喘いでいる‘こちら’には慰めの指を差し入れた。
 その途端、悠季は細い躰を弓なりにそらせ、僕の肩に頭を擡げた。
 さぁ、悠季、話して下さい。彼との会話を・・・
 性感との戦いという本能的にもっとも辛い責め苦を味わいながらも、悠季は「いやいや」と首をふり、
「本当に・・・あっ、んっ・・・何も・・・君が心配するようなことは・はぁんっ ・・・話してないよ・んっ、あっ」
 と隠し立てるばかり。
 そうですか・・・ならば仕方ありませんね。
 僕は、後ろ抱きしていた悠季をクルっとこちらに向かせ、深いキスをおくった後、ゆっくりと唇を下へ下へおとしていった。
 喉仏をころがし、両乳首をかすめ、いたるところに僕の印を刻みながらスボンの前留部分にたどりついた。
「やっ!圭っ!だめっ・・・!」
 すっかり力の入らない悠季の形ばかりの抵抗を楽しみながら、フック、ジッパー、下着という防御壁を突破した。
 外気に晒され、羞恥と期待に脈うつユウキ。そんな自分の姿を浅ましいと感じ、気配まで赤らめて恥じる悠季。
 悠季の艶めかしくとろけさせてしまっている瞳を見つめながら、僕はユウキの根元を圧迫した。そして、止めどなく流れる密を唇ですくいとり、亀頭を舌で吸い上げると・・・
「あああっ!圭っ、圭っ!イカせてっ・・・もうっ、圭っ!」
「では、話していただけますか?」
「あっ、あっ、話す・・・話すからっ、イカせてっ・・・!」
 やっと、話すといってくれましたね、悠季。では、イカせてあげます。
 僕は、悠季を一気に絶頂の高みまで連れていった。

「今日、僕を乗せてくれた車夫さんと、君が乗った人力車の車夫さんってね・・・その、つまり・・・僕と君みたいな関係なんだって・・・・・・」
 赤らんだ顔で、一通りの後始末をし、そそくさと服を着込んだ悠季は、そんなふうに車夫との会話を話し始めた。
 なるほど。ということは、僕の方の車夫が不機嫌そうだったのは、僕と同じ理由だったわけですね。それにしても、
「なぜ僕と君がこういった関係である、とわかったのでしょう?」
「あぁ、それはね、君が悪いんだぞ。君、車夫さんのことをおもいっきり睨んだりしなかったかい?君に、恋人に手を出した男を睨むようなすごい形相で睨まれたからって言ってたよ。普通の友達が同姓の人間と話したからってあんな目で睨んでくる人はいないってね」
「はて、睨んだつもりはないのですが、自然とそういう顔つきになっていたのかもしれませんね。話のこしをおってしまってすみませんでした。続きをどうぞ」
「うん、それでね・・・僕が乗った方の人は、あぁ、川端さんって言うんだけど。
川端さんは、あの、セッ、セックスのときに・・・君みたいな役目になるほうで・・・」
 照れて真っ赤になりながら俯いて話す悠季の愛らしさに、僕はそっと悠季を引き寄せ、腰のあたりを撫でながら囁いた。
「それは、つまり僕が君の中に入るような、ということですか?」
「う、うん・・・」
 ただでさえ敏感な悠季が、快感を貪ったばかりの体となれば、そんなふうに腰を触られるだけでも感じてしまうらしく。「おねがいだから、今は・・・」と訴えるような目で見つめられた。その眼差しすら、僕にとっては誘惑以外の何ものでもないのですが・・・確かに、今日は君を苛めすぎてしまいましたね。
 僕は、おとなしく悠季を解放した。
「え、えっと、それで、そういうことだから、僕とは、やっ、役目が違うことになるだろ?僕の役目は・・・きっ、君を受けとめることだから。そっ、それで、つまり、その・・・」
「何を聞かれたのですか?照れずに話して下さい、悠季。僕以外には誰も聞いていないのですから」
「つっ、つまりね・・・いっ、入れられたら、本当に気持ちいいのか、とか・・・・・・」
「それで、君は何と答えたのです?」
 この質問も君にとっては意地悪になるのですかね?しかし、君がなんと答えたのか、僕は気になるんですよ。
 悠季は、僕の首に腕を巻きつけて答えてくれた。照れているということがありありとわかる口調で。
「それはっ・・・誰よりも愛してる君との、セッ、セックスなんだぞ・・・きっ、気持ちいいに決まってるだろっ」
「悠季・・・」
 この人の一言で、僕は天に昇れる。
 嘘偽りのない心で、まっさらな気持ちを語ってくれる愛しい人に、僕は深い口づけを贈った。
「んっ、もうっ!腰が砕けちゃって立てないじゃないか!どうやって旅館まで帰るんだよ!」
「僕が抱いて連れていってあげますよ。旅館と言わずベットまで」
「今日は、もうだめだからなっ!こんな外で、しかも、僕のことを疑ってっ!」
「疑ったのではありません。君が僕以外の男と何を話していたのか、もしかしたらあの男が君を口説いたのかもしれない、そう思ったら心配でたまらなかったのですよ」
「まったく、僕は、そんなにもてないよ。とにかく、今日はおあずけだからね!」
 君のあんな淫らな姿や、嬉しい言葉を聞かされて、‘おあずけ’とは。猫の前に鰹節をおくようなものですよ?
 僕は、悠季がまだ快感の余韻を引きずっていることを計算にいれ、言葉での愛撫を仕掛けた。
「君はイきましたが、僕はイってませんよ。やはり、ベターハーフなるもの、二人で何事もわかちあわなくては。それに、入れられて気持ちいいのか?‘とか’ということは、他にも聞かれたことがあるのでしょう?隠し事は許しませんよ、悠季 。じっくりと話していただきます。君のことは何でも知っておきたいんです・・・」

「はぁ〜、ほんとにもう・・・君には勝てないよ」  
 僕のバリトンが効く、というのは本当ですね。

  その後、僕達は2度と人力車に乗ることはなかった。悠季が僕以外の男と、二人きりで話すのを目の前で見るなどごめんですし、悠季も「あの次の日は一日立てなかったんだぞ。もう、あんなふうになるのはごめんだよ」ということで、人力車には懲りたようですし(正確には‘僕に’ですかね)。
 君は、「まったく、どうしてそんなに心配性なんだ?」と言いますが、決まっているではないですか。世界中の誰よりも愛しい君のことだから、ですよ。

「なぁ、今日乗せた客と何話してたん?」
「んっ、何が?」
「眼鏡かけてたお客さん!細くて色白で綺麗な男の人が乗ったやんか。何話してたん?」

愛すれば愛するほど。
『Love is blind』とは、よく言ったものですね。

ちゃんちゃん
でした(^^)いやぁ、ホントに長いですネェ。
自分で書いてて、ラスト長いなぁってしみじみ思いました。
たまきさんに、車夫の2人のことを見抜かれましたので、
(みなさん気づいていたと思いますが・笑)
掲示板に書くなら一気にラストまで書いてしまおうと思っていたんですよ。
ところが、指のことやら色々あって、なかなか書けずにこんな形となってしまいました(^^;
本当にすみませんでしたm(_ _)m(あやかさん・談)

あやかさん、ご苦労様でした。
この間、小指の骨が砕けちゃったり大変でしたよね。
山田的には、是非車夫のカップルの方のストーリーも読みたいと思うのでした。